目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第76話 都市伝説の真実




 塔の最上階。


 ワタシとマウ、そしてリズさんは、仰向けになって天井の星々を眺めていた。




 リズさんは、ゆっくりと体を起こした。


「そういえば、もうだいじょうぶ? シープルからの連絡で、背骨を折ったって聞いていたけど……」


 ワタシが試しに体を起こしてみると、いつも通りに起きることができた。もう背骨は治っているみたい。


「よかった……よいしょっと」


 リズさんが立ち上がるとともに、マウが起き上がってリズさんに顔を向ける。


「それにしても、リズさん……今回は眠らなかったんだね」

「えへへ。鳥羽差市でのアタシなら、横になった時点で眠っちゃうもんね」


 自信満々にリズさんはマウに体を向けて、自分の下の唇をめくった。


 そこには、太陽の形をした紋章が、青色に光っていた。


「この“覚醒の紋章”を埋め込んだ人間は、まったく眠れなくなるの。サバトのみんなをまとめる仕事は、眠る暇がないほど忙しいからね」

「でもそれじゃあ、体が持たないよね?」

「だから、鳥羽差市ではこの紋章の効果は切っているんだ」

「……リズさんがよく眠るのって、サバトではまったく眠っていない反動……ってこと?」


 リズさんは人差し指を立てて「ぴんぽーん」とウインクをする。




「イザホたちのことは、フジマルさんやホウリから聞いているから、話さなくてもだいじょうぶだよ。ただ、アタシの話を聞いたふたりの反応が見たいだけだから」

「それって、なにかの面接?」

「ううん。どうしてイザホたちを狙っているのか……少しでも、知りたいから。それじゃあ、話しやすいようにテーブルだそっか」



 リズさんは「こっちにいないと危ないよ」とワタシたちに手招きをしながらカーペットの外に足を出す。

 ワタシとマウ、バフォメットもリズさんの側に移動する。







 次にリズさんは、壁に埋め込んだスイッチの紋章に触れる。


 すると、赤いカーペットが真ん中に吸い込まれていき、


 青い床の上に、バックパックの紋章が現われた。

 床に埋め込まれていたのが、カーペットで隠されていたんだ。


「このバックパックの紋章……なんだか、人の大きさなんだけど……」

「こんど、阿比咲クレストコーポレーションから発表があると思うよ。バックパックの紋章の改良品。今までの数倍の大きさの物も入れられるようになるってね」


 リズさんは「バフォメット、手伝って」とつぶやきながら、バフォメットとともに紋章の前に移動し、


 そのバックパックの紋章から、ダイニングテーブルを取り出した。


 その後、バフォメットはその改良品バックパックの紋章からイスを、リズさんは壁に埋め込んだバックパックの紋章から食器を乗せたワゴンを取り出して、配置を行った。


 ……料理の匂いがし始めて、ワタシは朝食以降なにも食べていないことに気づいた。

 ワタシは食事で紋章の魔力を補っている。もしも忘れていたら、埋め込んだ紋章が消えて元の死体になるところだった。










「リズさんって、ビーフストロガノフも作れたの? それも、本場の白いクリームの」


 スプーンを手に首をかしげるマウに対して、リズさんは「ううん!? 違う違う!!」とびっくりして首を振っていた。


「これ、昨日ホウリが張り切って作ってくれたものだよ」

「張り切ってって……本当に、鳥羽差市のホウリさんはなんだったんだろう……」


 ワタシ的には、バックパックの紋章に一晩中入れても、できたての熱さになっていることに驚くけどね。ワタシの右手に埋め込んでいるバックパックの紋章も、もとからそんな機能はあるかな? あとでマウに聞いてみよう。


 それにしても、白いビーフストロガノフか……なんだか、カレーライスのカレーをシチューに変えたみたいな見た目をしている。

 ワタシはマッシュポテトにホワイトソースがかかったビーフストロガノフのひとかけらを、スプーンですくって、口に入れる……うん、おいしい!


 ……と、味わっている場合ではない。マウも同じように口にしているけど、油断しないようにリズさんを見ているのだから。


 リズさんはまったく気にしない様子で笑顔でビーフストロガノフをほおばっている。一方、バフォメットはイスに腰掛けることもなく、ワタシの横で立っている。

 ……そこはリズさんの隣じゃないんだ。


「ねえリズさん。ちゃんと、話してくれるよね?」


 マウに言われて、「うんうん、わかっているよ」とリズさんは口の中のビーフストロガノフを喉に流し込んだ。




「アタシが勝手に姿を消したのは、相手……つまり、この事件の犯人に狙われている可能性が大きくなったから」




 リズさんが失踪する前日……ワタシたちが、リズさんからの依頼で瑠渡絵るりえ小中一貫校に訪れていた時だ。


 リズさんの絵とは……ワタシが初めてバフォメットと出会った場所。

 ブリキのネズミに追いかけられた先の部屋にあった、ドールハウス。黒いローブを着た人形が女性の人形を刺している光景を眺めているように、リズさんの絵が飾られていた。


「確実的とはほど遠い抽象的なものでも、アタシを狙っているという可能性は0ではない。アタシを知っている黒魔術団のみんなも、隠れた方がいいって言うほどだったもん」


 そして、リズさんは姿を消した。

 相手に命を……もしくは、サバトの元締めの情報が広がることを防ぐために。




「ふう……結構話したなあ……ねえ、他に聞きたいことはある?」




 ワタシは、マウを見た。

 マウはワタシの隣にいるバフォメットに目を向けて鼻を動かしていたけど、ワタシを見てその鼻の動きを止めた。


「ねえイザホ……そろそろ切り込んでいい?」


 もちろん、いいよ。

 ワタシがうなずくと、マウは深呼吸をして、


 もう一度バフォメットを見てから、


 リズさんと目を合わせた。




「ねえリズさん。どうして、10年前の事件を引き起こしたバフォメットが、ここにいるの?」




 いい質問だねと言うように、リズさんはスプーンを置いて拍手をする。


「10年前の事件……あの事件は、いろんな人に見えない紋章を埋め込んだ。深い傷となる紋章となった人もいれば、自分が豊かになるという欲望としての紋章になった人もいたの」









 リズさんが、サバトの元締めに選ばれる前……10年前の事件が起きた直後の話。


 その事件は、サバトの中まで広がっていた。

 そして……その事件に便乗して、人をさらって紋章の実験に使おうとする悪質な黒魔術団も現われた。


 今なら、すべてバフォメットの仕業にできる。


 人々がサバトへと連れさられた。このことが黒魔術団の思惑通り、10年前事件と結び付けられるようになり……

 当時の鳥羽差市では、こう認識されるようになった。




 真夜中の森を歩くと、羊の頭を持った悪魔“バフォメット”に襲われる。


 もしも捕まってしまうと、体の部位をひとつ切り落とされ、


 裏側の世界に連れて行かれる……




 それが、バフォメットの都市伝説の真相だった。




「アタシの前の元締めは、相当頭を悩ませていたんだよ。他の黒魔術団がいきなり強くなることで、元締め直属の黒魔術団の権力が弱くなったら手がつけられなくなって。最悪、サバトの中で大きな争いになる可能性だってあったのだから」




 それを大きく変えたのが……バフォメット本人だった。




 バフォメットは10年前の事件の後、どういう経緯かは不明だが、このサバトに迷い込んだという。

 殺人鬼とは思えないおびえようから、大勢の人間……つまり鳥羽差市の警察から逃げていることを、元締めは見抜いた。


 そこで元締めはバフォメットに交渉した。

 身を隠せる場所を紹介する代わりに、この問題の解決に協力するようにと。




「というわけで、バフォメットの活躍によって他の黒魔術団はビビっておとなしくなりましたとさ。めでたしめでたし」

「うん。こっちの問題はぜんぜん解決していないけどね」


 あきれるマウは肩を下ろして、さらに質問を続ける。




「それで……結局、バフォメットは10年前、被害者たちを殺したの?」


 バフォメットは、ワタシから顔を背けた。


「うん。ちゃんと6人、殺したんだって」




 ……マウの耳が、立った。

 それは、リズさんに……しっかりと向けられていた。




「バフォメットは、その時の元締めと初めて出会った時に話したんだって。自分の娘を、作るためにって」




 ……マウのヒゲが……毛が……震えている……?




「バフォメット、ずっとイザホのことを気にしているみたいだよ。なんだか、以外と人間臭いよね。殺人鬼とは、思えないよね」




 ぶうっ! とマウがイスの上に立った!




「でも……そのせいで……10年も苦しみ続けている人がいるんだよ!?」




 マウは前のめりになる。

 イスの上に立って、ピンと耳を立たせて、ヒゲを震わせながら。


 今まで出会ってきた人たちのことで、頭がいっぱいみたいに。




「ハナさんだって……! テイさんだって……! ジュンさんだって……!! 被害者の関係者だけじゃない。犯人と間違えられて自殺した父親をもつホウリさんだって!! そこまで追い込んでしまった父親をもつクライさんだって!!! みんな……苦しんでいたんだよ!?」




「たしかにそうだね」




 リズさんは、魔女のような笑みを浮かべていた。




「でも、そのおかげで……マウはイザホと出会えた」




「ッ!!」




 マウはピンと立っていた耳を下ろし、言葉が出てこないように黙り混んでしまった。


 その様子を、バフォメットはじっと見ていた。


 罪悪感を、背中に抱えているように。




「……気にしなくてもだいじょうぶ。あともう少しだから……イザホとマウ」




 その様子を、リズさんは面白がるように口に手を当てて笑った。




「君たちが、見えない紋章を埋められて……自分自身を作り上げるまで……ね」









 食事を終え、リズさんとバフォメットによってテーブルが片付けられた。




「今日はありがとう。明日のことはフジマルさんから話を聞いてね」

「……」


 マウ……なんだか、落ち込んでいるみたいだけど……




「……?」「どうしたの? イザホ」


 ……ワタシの胸に埋め込まれた紋章が、ある可能性に気づいた。


 ワタシはスマホの紋章に文字を入力して、リズさんに見せた。




「!!」




 リズさんの顔が、変わった。


 今まで、人なつっこいような……それでいて、どこか不思議な表情を見せていたリズさんが……




 人間らしい、動揺した顔をしていた。




「……」


 マウのように黙ってしまったリズさんの代わりに、バフォメットはうなずいた。


「……リズハ……ソノコトニツイテ……本当ニシラナイ……タダ……リズモ……イマダ1歩踏ミ出セテ……イナイダケダ……」


 これ以上、リズさんはしゃべってくれなさそうだ。

 ワタシはふたりにお辞儀をすると、マウとともに扉に向かって行った。










「ねえイザホ……なんて書いたの?」


 エレベーターに向かう廊下で、マウが聞いてきた。

 マウに見せてあげよう。リズさんに見せた、文字を。




“リズさんは、この事件の犯人が誰か、知っているの?”




 そのことに気づいたのは、リズさんの言葉だ。




――ううん。どうしてイザホたちを狙っているのか……少しでも、知りたいから――




 犯人がどのような人物なのか……よりも、ワタシがどうして狙われているのか……だった。


 “誰”ではなく、“どうして”だった。




コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?