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第69話 下水道で見た紋章の使い道



 地下へと続く民家の階段を下りて、ワタシたちは鉄の扉の前に立った。


 ホウリさんが扉を開くと、ワタシの鼻の中に埋め込んだ紋章が、異臭を感じ取る。




 扉の先にあったのは、下水道。


 レンガでできた壁は緑のコケで覆われており、


 中央の溝を流れる下水は、緑色に光っている。




 その下水の中から、人の声が聞こえてきたような……




 いや、たぶん聞き間違いだよね。











「……ひとまず、この服を汚さずに済んだのはありがたかったね」


 溝の横にある通路を、ワタシたちは1列になって進んでいる。

 通路はちょっと横に倒れただけで、下水に落ちてしまいそうな細さだ。


 右手は壁、左手には下水。

 明かりはなく、先頭のシープルさんが持つ懐中電灯の明かりだけが頼りだった。


「それにしても、ここはよく通るの? シープルさん」


 ワタシの前にいるマウは辺りを見渡しながら、その前を歩くシープルさんにたずねる。この下水道はいくつか分かれ道があったけど……シープルさんは迷うこともなく進んでいた。


「このサバトではなんども面倒くさいことがおきるからな。誰にも見つからずに行動したい場合は、よくこの通路を使っている」

「ふーん。でもさ、さっき下水道の入り口で――」




「たあすけえてえ……」




 !? 「わわわ!?」




 どこからか、知らない誰かの声が聞こえてきた!!




「あっ! っとととととととと……ッ!?」


 声に驚いたマウが、バランスを崩し、片足になり――!!


「あわっ!!」


 下水に向かって、倒れた!!





「――ふう、危なかった……ありがとう、イザホ」


 ……なんとか、マウが下水に落ちるのを阻止できた。

 ワタシの両腕と胸に包まれたマウの胴体は、心臓の鼓動を鳴らしている。


「気をつけろよ。ホウリとイザホはともかく、おまえの場合は溺れかねない水位だからな」

「それって、シープルさんも同じじゃない?」


 いつものペースを取り戻したマウがプスプスと鼻を鳴らすと、シープルさんは「早くいくぞ」と歩き始めた。




「誰かあ……」




 また、知らないだれかの声が聞こえてきた。

 今度は驚かず、マウもバランスを崩さなかったけど……この声の正体を確かめずにはいられない。


 マウも同じように考えていたみたい。


「ねえ……さっきから聞こえてくるこの声、なんなの?」


 先頭を歩くシープルさんは、無視を決め込んだ。

 説明するのが、面倒くさいのかな?


「マウさん、下水の下をよく見てみてください。落ちないように気をつけて」


 1番後ろに立っていたホウリさんに言われて、マウは下水に目を向ける。

 ワタシもちょっと見てみよう。足元に、気をつけて……




 光を照らす懐中電灯を持つシープルさんは、以前として前に向けたまま。


 それでも、ワタシたちは下水の下にあるものを、確認することができた。


 底が、緑色に光っているから。




「ねえ……これって、紋章だよね? それも……」




 底に埋め込められた紋章の形は、3種類ある。


 ひとつ目は、唇の形……声の紋章。


 ふたつ目は、脳みその形……知能の紋章。


 3つ目は、本とペンが重なった形……記憶の紋章だ。


 本来は、人間の死体に、知能の紋章とともに埋め込み、類似的に蘇生させるために使われる……記憶の紋章。

 それが、下水の底に、埋め込められている。




 3つの紋章はそれぞれ三角になるように配置され、あちこちに設置されている。


 ある1組の紋章が、眠っていた紋章が起きるように、緑から青へと変わる。


「誰かあ……」


 疲れているような……震えた声が響き、眠りにつくように緑へと戻る。


「たあすけてえ……」

「許してくれ……」

「あへへへへ……」

「なにが起きてるのお……」


 まるで亡霊が住み着いているかのように、次々と声が聞こえてきた。




「……どうして、底に紋章が?」


 不安そうにマウがたずねると、ホウリさんがそれに答えてくれた。


「底に埋め込まれている記憶の紋章……彼らは、黒魔術団によって処理された人間の記憶を紋章に移植したものです」


 事務的に説明を行うホウリさんに、シープルさんがうなずく。


「多いのが、借金が返せなくなったやつらだ。借金を残して死んだ場合は、家族に払ってもらう必要がある。その家族に催促する際、ここに埋め込んだ人格の紋章からの声を録音し、家族に聞かせる……そうすることで、ようやく事の重大さに自覚する家族もいるからな」


 マウはブッブッと鼻を鳴らす。


「素晴らしく悪質な方法だね!」

「褒め言葉として受け取らせてもらう。このサバトでは、恐怖を与える力を持たない者は利益という神にささげるイケニエだからな」




 下水から響く叫びを聞きながら、ワタシは胸に手を当てる。



 記憶の紋章によって、死んだ人間の死体に記憶を移植して生き返らせることができるようになった。

 その一方で……死んだ人間の関係者に、恐怖を与えるものとしても利用されていた。


 記憶の紋章が活用されている場面を見るのは、これが初めてになる。


 その記憶の紋章にいいイメージは、もうわかないかも。

 たとえ記憶の紋章がいいことに使われているのを見ても、最初に見たこの景色が先に再生されてしまうからだ。

 サバトでは落ち着いているホウリさんを見ても、時々鳥羽差市での臆病なホウリさんが思い出せるように……




――本当は最初から俺もわかっていたんだよな……それで生き返ったのはアイツではなく、それを再現したものだって――




 昨日のジュンさんの言葉が、胸の中で再生される。


 記憶の紋章による蘇生は、あくまでも再現したものに過ぎない。

 それでも……昨日の紋章蘇生意思表示カードがあるように、人々に求められているのは……残された関係者を安心させるためだと、気づいた。


 記憶の紋章で関係者を怖がらせることができるように、使い方次第では安心させることが、できるから――




バアァン!!




 ――!! 「!?」 「なにっ!?」「……」




 この音は……銃声!!




「……」




 後ろを振り返ると、ホウリさんは力なく横に倒れ、




 下水に大きな水しぶきを上げた。




 下水の底の紋章は青に染まり、彼らによる悲鳴の合唱が始まる。




 下水が、赤く染まるとともに。





 顔を上げた先の、分かれ道の通路に立っていたのは……











 ワタシだ。




 ワタシの頭部と同じ顔をした少女が、煙を出す猟銃をこちらに向けていた。









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