ワタシとマウは移動用ホウキに乗って、鳥羽差署まで駆けつけた。
鳥羽差署の玄関の前では黄色いテープが張り巡らされ、その外と中では警察の人たちがせわしなく動いている。
そのテープの外側で、内側にあるものを見ているふたりの背中。
見覚えがある背中だ。
「あ……」
ワタシたちが近づくと、クライさんが振り向いた。
同時に、スイホさんも振り向く。
「イザホちゃんにマウくん、来てくれてありがとう……」
スイホさんの顔を見て、マウはちょっと心配そうに鼻を動かした。
「スイホさん、だいじょうぶ?」
「え!? あ、うん……だいじょうぶだいじょうぶ。あまりにも予想外だったから……」
よく見てみると、スイホさんの顔……かなり疲れているみたい。
でも、昨日までいろいろあったから、無理もないと思うけど。
「それで、この状況は?」
「ええ、順を追って説明するわ」
発見されたのは、今朝の5時。
ここを通りかかった住民が発見したらしい。
テイさんの死体は入り口の前に、指先とつま先をそろえて放置されていたという。
死体は腐敗しておらず、左胸には穴が空いており、さらに左足がなくなっていた……
そこまで聞いた時、ふとクライさんは思い出したように眉を上げた。
「そういえば……イザホちゃん……おとといバフォメットに……襲われた……だっけ……?」
そうだ。テイさんのインパーソナルは廃虚から飛び込んだ裏側の世界で、ワタシとマウ、クライさんを襲ったはずだ。スイホさんたちにも、昨日マウが動画を送っている。
あの後、テイさんのインパーソナルは胸に穴を空けられ、活動を停止した。その後、ワタシを抱きしめたのがバフォメットだから……
「それなら、これもバフォメットのしわざ……ということになるのかしら」
スイホさんは黄色いテープの内側に目を向けた。
テープの内側に、白線で人の形が描かれている。
いつものスイホさんに戻った。
髪の毛に人差し指を巻き付けているスイホさんを見て、ワタシはそう考えた。
結局、詳しい取り調べはまた後日に行われることになった。
そっちの方がワタシたちが動ける時間も増えるからありがたいけど……本当にいいのかなって罪悪感は感じてしまう。
去り際に、マウは「あっ」とスイホさんとクライさんに振り返った。
「あ、一応聞くけど……フジマルさん、そっちにかかってこなかった?」
マウが確認するとスイホさんはこちらを向いて、申し訳なさそうに首を振る。
「そっちの方も、フジマルさんの手がかりがつかめていないのね……」
「うん……いや? そうでもないかも」
その言葉に、スイホさんとクライさんはマウを凝視した。
「まさか……」「手がかり、あるの!?」
「……いや! な、なんでもないよ。と、とにかく今日はボクとイザホでフジマルさんの行方を調べてみるから」
これ以上聞かれないために、ワタシとマウは鳥羽差署から退散した。
一応、マンション・ヴェルケーロシニの管理人さんに口止めされているからね。
移動用ホウキで、商店街のはずれにある雑居ビルの前に立つ。
「たしか……ホウリさんの言う通りなら、もうすぐ約束の時間だよね」
――今日の12時……フジマルさんの事務所に来てください――
――鍵は空いているはずなので――
ホウリさんは確か、そう言っていた。
そして、スマホの紋章で確認すると、今は11時30分。瓜亜探偵事務所は雑居ビルの2階にあるから、階段を上る時間を含めても普通に間に合いそう。
「イザホ……ちょっと早いけど、突入しちゃおっか」
マウと顔を合わせて、うなずく。
正直にいって、ワタシは待てない。フジマルさんがどこにいるのかわからない状況で、フジマルさんの事務所である瓜亜探偵事務所に行けと指定されたら、嫌でも結び付けてしまう。
その本物の裏側の世界と、フジマルさんが、どこかでつながっているのではないかと。
階段を上がり、2階を訪れる……
「!!」
瓜亜探偵事務所の扉が開いて、誰かが出てきた!
「……」「……なにみてんのー?」
……猫のシープルさんだ。
たしか、建物に埋め込んだ紋章が機能しているのかを確かめる紋章整備士なんだよね。
だけど……フジマルさんの事務所に、紋章なんてあったかな?
「ねえシープルさん。仕事?」
「そうだけどー、なにー?」
マウがたずねても、相変わらず面倒くさそうにあくびをしている。
「そっか……フジマルさんから、なにか……」
「聞いてないよー。次の仕事があるから、また後で会おうねー」
マウが次の質問に移る前に、シープルさんはワタシたちの横を通り過ぎていく。
「ちょっと待って! 紋章の整備って、誰かに頼まれたの!?」
「面倒くさいよー。オイラ、時間ぴったりに目的地に行くからー」
シープルさんの姿は、あっと言う間に消えてしまった。
「……とりあえず、事務所の中に入ってみようよ。鍵が空いていることはわかったんだしさ」
マウの言う通り、今は事務所の中に入ってみるしかない。
ワタシは事務所の扉に手をかけた。
「ねえ、何時だと思ってるの」
入る直前、後ろからシープルさんの声が聞こえてきた。
思わず振り返ると、シープルさんはマウに目を向けている。
「? シープルさ――」
シープルさんはその手で、
「――ッ!!?」
マウの胸ぐらを、つかんだ。
「ねえ――」
シープルさんの額が、影で黒く染まる。
「――マヌケ面で指定時間より早く来るんじゃねえよ。カタギのウサギが」