ワタシとマウ、そしてテツヤさんが乗り込み、エレベーターの扉は閉まる。
テツヤさんは1と書かれたボタンを押すと、こちらに振り向いた。
「それにしても、だいじょうぶですか? その手首……」
心配そうにワタシの手首に巻かれた包帯を見つめるテツヤさんに対して、マウはうなずく。
「だいじょうぶ。イザホは複雑骨折からここまで回復したんだから」
「それは災難でしたね……とにかく、すぐによくなってよかった」
……
「あれ? イザホ、首をかしげてどうしたの?」
すぐに答えられる言葉がなかったので、首をふった。
答えるとしても、口じゃなくてスマホの紋章を通して答えるんだけどね。
「ああ、そういえばまだイザホさんたちには説明していませんでしたね。私がここに来た理由を」
たしかに、そっちも気になっていた。
ちょうど1階にたどり着き、扉が開かれる。
その扉をくぐりながら、テツヤさんは説明を始めた。
テツヤさんも、今日は有給休暇をとっていた。
今、瑠璃絵小中一貫校では、ウアさんに続いてリズさんも行方不明となっていたことで大騒ぎになっている。だけどそれ以前から、テツヤさんは休暇届けを出していたため、今日は休みを取らざるを得なかったという。
「こんな時に休みをとるなんて、不謹慎ですよね……」
受付の前に設置されているイスに腰掛け、テツヤさんはため息をついていた。
その顔は笑みを浮かべているものの、どこか後ろめたいような感じだ。
「まあ、お互いさまだよ。ボクたちだって、こんな時にフジマルさんに休暇を与えられたんだから」
マウはテツヤさんの隣のイスに飛び乗った。
ワタシもその隣に座ろう。
「えっと……それじゃあ、フジマルさんは?」
「今はひとりで行動中。イザホがしっかり休めたら、得た情報を明日教えてもらうことになってるよ」
休むといっても、さっきまでふたりで独自に動こうとしていたけどね。
マウの言葉に顔を上げたテツヤさんは、じっとワタシを見つめた後、天井を見上げてうなっていた。
なにか、悩み事があるのかな……
「……あの、せっかくの休暇ですが……相談してもいいですか?」
ワタシはマウと顔を合わせてうなずくと、テツヤさんは辺りの様子を見渡して、口に手を当てて顔を近づけた。
「私は最近……ストーカーに狙われているんです」
テツヤさんは最近、自宅に帰宅すると、毎回視線を感じるという。
最初は気のせいかと感じていたのだが、ある日誰かが部屋に入ったような形跡があった。
そのことから、テツヤさんはストーカーに狙われていると気づき、友人に相談するための時間を取るために、有給休暇を取ったという。
「……警察に相談はしないの?」
マウがたずねると、「とんでもない!」と思わず大声を上げてしまい、テツヤさんは口をふさいだ。
「いきなり警察に通報するのは抵抗があるんですよ……! 勘違いだったら迷惑になるので……」
ひそひそと小さな声で話すテツヤさんに対して、最初はマウは理解しようと腕を組んでいたけど、すぐに「あっ」と納得したように手をたたいた。
「そういえば……テツヤさんの家、お金持ちだったよね。公園を買い取れるほどの」
小さな声で話したけど……テツヤさんの顔がみるみる真っ赤に染まっていく。
「――お金持ちって言わないでくださいよおっっ!! 恥ずかしいいっ!!」
テツヤさんの大声に、受付周りの人たちは一斉にテツヤさんを注目した。
「えっと……ごめん。まさかそこまで嫌がるとは思わなかったから」
騒ぎになってしまったので、ワタシたちは病院の外来客用の食堂までやって来た。
周りを見渡すと、食器の乗ったお盆を持って歩く人やふたりで食事を楽しむ男女……中には、お祝いのように話に盛り上がっている家族連れもいる。
「いえ、思わず大声を出した私が悪いので……」
食堂の席に一緒に座ると、テツヤさんは恥ずかしそうに顔を両手で覆っていた。
続けて、「お金持ちって言われると、なぜか恥ずかしいんですよね……」と顔から手を離す。
「それはそうと、その友人ってこの院内にいるの?」
「はい。友人はここで働いているのですが……今日のお昼に、相談に乗ってくれることになっているんです。ちょっと遅れることになってしまいましたが」
テツヤさんの言葉に、ワタシは近くに飾ってある時計を目にした。
時計は14時を指している。てっきり今は朝だと思っていたけど、そういえばマウは丸1日起きなかったって言っていたっけ。
「あの……イザホさんにマウさん、せっかくの有給を台無しにしてしまうかもしれませんが……」
テツヤさんは、一度まぶたを閉じて大きく息をはいた。
「……よろしければ、一緒に私の家に来てくれませんか?」
ワタシは思わず、マウと顔を合わせる。
「本当はフジマルさんに頼もうかと考えたのですが……ここ最近の事件で忙しそうで……でも、その最近の事件を思えば、もしかしたら関係があるような……心理的な考え過ぎかもしれませんが、ぜひ協力してほしいんです」
たしかに、現在起きている事件との関連性は少ないけど……
迷っているように鼻を動かすマウの手に触れて、ワタシはうなずいた。
「……うん、いいよ。ボクもイザホも、少しの手がかりでもほしいから」
「本当ですか!」
テツヤさんは、目から涙を流した……
「これで……本当に……あの子のために……」
「ね、ねえ? テツヤさん?」
戸惑っているマウに気づいたテツヤさんは、「まだ早かったですよね……」と頭をかいた。
早すぎもなにも、まだ事件につながっているかもわからないけど……
「それでは、私は友人に会ってくるまでの時間つぶしを行ってきます。16時ごろになったら、地下駐車場まで来てください。私の家まで送りますよ」
そう言って、テツヤさんは席から立ち上がった。
「あれ? テツヤさん、食事しないの?」
「私は別のレストランで食事を取っているので結構ですよ。おふたりは、しっかり食事を取ってくださいね」
立ち去って行くテツヤさんの背中は、どこか嬉しげだった。
「……?」
食堂から出てくると、マウが横を振り向いた。
食堂の近くの部屋の隅で、小さなナースが壁に手を当てていた。
「ねえコーウィンさん、どうしたの?」
「!!」
犬のコーウィンさんは飛び上がってこちらを見ると、恥ずかしそうに地面を見た。
「な……なんでもないですよ」
そそくさと食堂から離れて言っちゃった。
さっきの様子だと、食堂の中をのぞいていたような気がするけど……
「あれ? イザホ、これって……」
マウはさっきコーウィンさんがいた場所でしゃがんで、なにかを拾った。
それは、なにかの証明をするようなカード。
そのカードの表側には、“紋章蘇生意思表示カード”と書かれていた。
「……これがジュンさんが言っていた、患者の落とし物かな?」