10年前の事件で現場に残された犠牲者たちの死体のパーツ。
お母さまの要望でこれらの死体は街の病院に運ばれ、死体をつなぎ合わせられた。
そこに紋章を埋め込み、ワタシが作られた……
その時に担当していた医師がどんな名前をしていたのかは、ワタシは知らない。
ただ、お母さまが教えてくれた、ワタシが作られた病院の名前……それが不笠木総合病院。
だから、病院長さんの名字に聞き覚えがあったんだ。
ワタシが生まれた場所……
そこに今いると思うと、本当にワタシの体は全身骨折だけで済んでいたのか不安になってくる。
本当はあの時に体を燃やし尽くされて、記憶だけ作り直した体に引き継いだんじゃないかって。
「よお、さっきは俺様のナースを泣かせたそうじゃないか、ウサ公」
その時、入り口の扉から誰かが入ってきた。
「だからその言い方はやめてくれない!? ジュンさん!!」
ムキになって両手を挙げるマウに対して、その人は鼻で笑った。
その人は白衣を着た男性。
ウェーブロングの整った顔つきで、ニットのセータとGパンの上に白衣というカジュアルなのか正装なのかよくわからない服装。
男性だけど、性別に関係なくどんな人でも感じられる色気を持っていた。
あの人は……見たことがある。
10年前じゃなくて、ごく最近に……
裏側の世界に飾られていた人物画の6人。
そのひとりだ……
「俺様の顔に見とれている死体さんよ、話してもらうぜ。どうしてこんなところに帰ってきているんだ?」
ジュンさんに顔を詰められて、ワタシは義眼をあちらこちらに動かすことしかできなかった。
「ジュンさん、イザホのお母さんは余命わずかなんだ。それまでに独り立ちできなきゃ、イザホのお母さん、心配しちゃうんだよ」
「ふーん、自立のために引っ越して来たわけか。ならわざわざここにした理由は……自分探しのためで、事件が起きたこの街にわざわざ戻ってきた……どうせそうだろ?」
ぶっきらぼうな声だけど、その解釈で間違いはなかった。
ワタシはなにげなくうなずいたけど、隣でマウはブッブッと鼻を鳴らしている。
「だからやめときゃよかったんだ……たとえ記憶を引き継がなくても、わざわざ声を入れなくても、思い入れのあるものは失う時、心に傷を負う」
……なんだか、お母さまのこと、よく知っていそう。
それも、ワタシが作られた当時のことを……
よかったら、その時のことを聞いてみようかな――
「んあ?」
と思ったら、どこからか着信音が鳴った。
ワタシやマウのスマホの紋章ではなく、ジュンさんの左腕からだった。
「はいもしもし……ああ、“ミス・コーウィン”。そんなに慌ててどうしたんだい……なるほど、それじゃあその患者には……ああ、だいじょうぶだ。気にするな」
なんだかワタシやマウの時と違って、ジュンさんの声がすごく優しい……というより、甘い声だ。
スマホの紋章を埋め込んだ左手を下ろすと、こちらをにらむ分、そのギャップが強い。
「悪いが話はまた今度だ。俺様の大切なナースが、患者の落とし物で困っているのだからな」
そそくさと退散しようとするジュンさんに対して、マウが「ちょっと、イザホの診断は!?」と飛び出した。
「首と胴体以外全身複雑骨折! さっきまた折った左手以外はあと1時間経てば治っている! あとは受付で退院手続きを行ってくれ! 以上!!」
扉から出て行ったジュンさんの背中を見て、マウはあきれるように両手を挙げた。
ジュンさんが言ったとおり1時間待っていると、さっきの犬のナースさんが戻ってきた。
「先生、ああ見えて優しいんですよ」
ワタシの右手の包帯を取りながら、犬のナースさんがつぶやいた。
その横でスマホの紋章をつついていたマウはまた鼻息を荒くしちゃった。
「いやナースさん、あれは特定の人だけいい顔するタイプだよ。あの電話の内容で感じ――」
「ええ。先生、アタシたち院内の人にだけやさしくするんですよ」
マウはナースさんの即答に、瞬きをなんども繰り返す。
「アタシもさっき患者さんが大切な証明書を落としたって言ってて、慌てていたんですけど……先生はやさしく落ち着かせてくれたんです」
「……えっと、じゃあ“ミス・コーウィン”って」
「はい、アタシです。コーウィンでいいですよ」
犬のナースことコーウィンさんは、包帯を取り終えて一息つくように、舌を出して深呼吸を始めた。
ワタシの右手は、傷はすっかり見当たらなくなっていた。
その後、ワタシの左腕だけ包帯を残して、コーウィンさんは詳しい症状について教えてくれた。
ワタシの左腕もほとんど治っており、あとは手首の骨だけだという。さっきマウが落ちそうになった時に折れた部分は左の手首だったんだ。
「それでは、おだいじに……あ、ちょっと!」
ワタシとマウが病室の扉に手をかけようとすると、後ろからコーウィンさんに呼び止められた。
「あの……失礼かもしれないですけど……イザホさんって、もしかして10年前の事件……」
マウが言ってもいいのかを確認するためにワタシに顔を向けたので、うなずいてあげた。
「うん。イザホは10年前の事件の死体を組み合わせた存在だよ」
「やっぱり、そうですか……アタシの勘の通りですね」
勘ということは、誰かから聞いたのではなくて自分の予想ということだ。
10年前の事件について……知っているのかな?
「先生は……10年前に自分の息子さんを亡くされています」
!! 「!!」
「なので、先生から嫌なことを言われても、嫌いにならないでくださいね」
ワタシが部屋から出て行くまで、コーウィンさんは丁寧にお辞儀をしていた。
今いる場所は5階らしい。
ワタシはマウとともに廊下を歩いて、エレベーターを探していた。
「イザホ、だんだんそろってきたよね」
歩きながらマウに話しかけられて、ワタシは首をかしげる。
そろってきた?
「10年前の事件と、関係がある人。イザホの体になった被害者と関係がある人も、もう4人と会えたよね?」
たしかに。
コーウィンさんの言っていることが本当なら、ジュンさんの息子はワタシの体のパーツのひとつだ。息子と言っていたから、考えられるのは男性のパーツ……長さの足りない部分を義足で補った、小さな少年の右足と考えられる。
小さな少女の右手は、お母さまのひとり娘。
大きな男性の左手は、阿比咲クレストコーポレーションの社長であるハナさんの夫。
左足の女性は、紋章研究所の所長であるテイさんの母親。
そして、右足は不笠木総合病院の病院長であるジュンさんの息子……
あとわかっていないのは、胴体と身元不明の頭部だけ……
その前に、まだ調べなければならないことがある。
「イザホ……正直いってあのジュンさんは好きになれないけど……この病院にして正解だったよね」
ワタシはマウに向いてうなずいた。
今日は探偵の仕事は有給休暇だけど、おかげで予定は立つことができた。
ジュンさんにもっと、10年前の事件のことを――
――っ!? 「ど!?」
曲がり角で曲った瞬間、誰かにぶつかって尻餅をついちゃった。
マウに顔を向けていたから、前が見えなかったんだ。
「ど……どうもすみません……あれ?」
聞き覚えのある声に話しかけられて、この光景が前にも見たことがあることに気づいた。
場所はぜんぜんちがうけど。
「……ねえテツヤさん、学校は?」
顔を上げると、四角いメガネをかけた瑠璃絵中高一貫校の教師であるテツヤさんが、ワタシを見て1歩下がっていた。