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第14話 母親への手紙


「……友達って、ウアさんのこと?」


 喫茶店セイラムの中、マウはリズさんにたずねた。


「うん。ウアは小さいころからの友達。ずっと同じ学校で、中学校も同じなんだ」


 ということは、リズさんはウアさんと同じ、瑠渡絵るりえ中学校に通っているのかな……


「君たちも、もしかして小さいころからの友達?」


 リズさんはカウンターに肘をついて笑みを浮かべている。

 それに対してマウは、鼻を2回ほど動かした。


「“小さいころからの友達”じゃあ、低く見過ぎだね。ボクたちは相思相愛なんだよ?」


 そう言って、マウはワタシの細い右腕に腕を回した。


 確かに、“小さいころからの友達”じゃない。

 ワタシたちは、相思相愛って言うほどとっても仲良しなのだから。


「相思相愛? それじゃあ……つき合っているってこと?」


 つき合っているっていっても、友達だから当たり前なのに……

 どうして珍しそうな目で見るんだろう?


「ねえリズさん、早くメニューを見せてよ」

「あ、うん、ちょっと待ってね……」




 ワタシとマウは昼食のサンドイッチ、そして野菜ジュースを頼んだ。


 本当は、昨日飲むことができなかったコーヒーを頼みたかったんだけど……


 どうやら今日の午前中に、コーヒーマシンが故障したみたいで頼めなかった。

 今日、店長のイビルさんが別の部屋にいたのも、コーヒーマシンを修理するためだったらしい。




「昨日に続いて、今日も飲めないなんてなあ……」


 マウはちょっぴり不機嫌。

 鼻をブッブッと鳴らしながら野菜ジュースをストローで吸い上げている。


「でも、ウサギってニンジン、好きなんでしょ? その野菜ジュースにはニンジンが多く入ってるよ」

「それは偏見だね。ウサギが好きなのはニンジンの“葉っぱ”。オレンジ色の“根っこ”が好きなのは絵本の世界だけだよ。この野菜ジュースは美味しいけど」


 ふとワタシは、口の中にハムサラダのサンドイッチを入れて気づいた。


 リズさんなら、きっと……


 マヨネーズの風味が強いハムサラダのサンドイッチを皿の上に置こう。

 そしてスマホの紋章を開き、チャットで文章を入力してマウに見せなくちゃ。




「……イザホ、マウ、ふたりともどうしたの?」


 いきなりスマホの紋章をふたりで見ていることに疑問を抱いたのか、リズさんが首をかしげてたずねてきた。


「ん、ちょっとね。イザホは声を出せないから、伝えたいことがあったらスマホの紋章に文字を入力してもらうようにしているんだ。まあ、ボクはだいたいのことならイザホの顔を見るだけで伝わるけどね」

「へえ……それじゃあ、難しいことなの?」

「まあ、君にとっては単純明快だと思うよ」


 マウは一呼吸つくと、リズさんの顔をまっすぐ見つめた。


「ウアさんについて……何か知ってることとか、ある?」


「ウアについて……知っていること……」


 リズさんは一瞬だけ目を丸くして、すぐに頬に手を当てる。


 しばらく考えるようにまぶたを閉じて、「うーん」とうなって……




 ……だんだんとウトウトし始めた。


「ちょっと? リズさん?」

「え? あ、ごめんごめん。あたしって、ねぼすけなんだよね。ちょっと考えただけですぐ眠たくなっちゃう」


 手のひらで頬をたたくと、リズさんはじっとワタシたちを見つめた。


「これってさ、ほんのささいなことでもいいってやつだよね?」


 もちろん、マウと一緒にうなずく。今はとにかく情報が欲しい。




「あたし、昨日はウアの家で泊まっていたんだよね」




 昨日……それはワタシたちがこの喫茶店セイラムでウアさんを目撃した日だ。


 店長のイビルさんは友達の家に泊まりに行っているって言っていたけど……それが、ウアさんの家だったんだ。

 ウアさんの家にわざわざ泊まりにいった理由は、母親のハナさんを励ますため……らしい




「あのハナさんに?」


 会話の中で、マウが口を挟む。


「マウ、会ったことがあるの?」

「うん。依頼の途中報告で事務所に来てもらったんだ。あの時は、娘のことなんて気にも留めていないような様子だったけど……」


 腕を組むマウに対して、リズさんはなぜか納得したようにうなずいていた。


「それはね、会社の社長っていう紋章があるからだよ」

「会社の社長の……紋章?」


 そんな紋章があるの? 思わずマウと顔を合わせちゃう。


「ちがうちがう、あたしたちが体に埋め込んでいる紋章じゃなくて……いわゆるたとえ話。あたしが言っているのは、“会社の社長であるから”ってこと」


 ……言っている意味はぼんやりとわかってきた。

 言葉にするのはちょっと難しそう。かといって紋章で表すのも紛らわしいけど……


「えっと……つまり、会社の社長であるから、ああいうふうにどうどうとしているの?」

「そうそう、自分は社長なんだって意識するから、しっかりしないとって思う。そうすることで意識が仕事に向くから、他のことは忘れられる」

「……それじゃあ、会社の外は?」


 遠慮がちにマウがたずねる。

 リズさんはゆっくりとうなずき、昨日の様子を語り始めた。




 ウアさんの家の中でリズさんが見たのは、リビングのソファーに腰掛け、スケッチブックを眺めているハナさんだった。

 そのスケッチブックは、ウアさんが描いた絵の作品が載っていた。

 自分の娘の絵を眺めて、時々、なんどもウアさんの名前を呼んでいたという。


 リズさんの存在に気がつき、顔を上げたハナさんの目元には、深いクマと涙の跡があった。


 リズさんは、何日も手をつけていなかった部屋の掃除や洗濯物などの家事をハナさんと一緒に行った。

 ハナさんの様子はまだ立ち直ったとはいえないものの、ウアさんが行方をくらました初期のころと比べると少しだけ落ち着きを取り戻していた。


 その理由について、ハナさんはこう述べていた。




「あの子から、手紙がきたの。会いに来てって」




「手紙……ウアさんから!?」


 思わず声が大きくなったマウの言葉に、リズさんは「うん」とうなずく。


「内容は教えてくれなかったけど……とにかく、ウアに会えるんだって。でも、手紙の内容について聞いてみても、急に怒り出して見せてくれなかった」


 ウアさんに会えるって……

 そう考えただけで、昨日の裏側の世界の出来事が胸の中で思い浮かんでしまう。


「いつ会えるとか、どこで会えるとかは言ってなかった?」

「どこで会えるかは聞いてないけど……たしか、今日の夜中に……」


 ワタシはもう一度、マウと顔を合わせた。

 もしかしたら、今夜ハナさんが行こうとしているのは……




 その時、カウンター奥の扉が開いた。


「本当にあんな内容でよかったのか?」


 フジマルさんと、店長のイビルさんだ。


「ああ! 昨日の出来事の動かぬ証拠と、ハナについての様子が聞けただけでも大収穫だ!」


 フジマルさんは画用紙のようなものを持っていた。

 どうやらあっちでも情報が聞けたみたい。


 そう思っていると、フジマルさんがマウに目線を向けた。


「それに、私の優秀な助手たちがリズから情報を得たらしいからな!」

「あ……聞いてた?」


 きっと、さっきのウアさんからの手紙に対してマウが大声を出したことだろう。


「ああ! しっかり聞こえたぞ! 私に負けないぐらいの声がな!」

「……声の大きさでは勝たなくてもいいんだけど」


 なぜかわからないけど、この喫茶店セイラムにいるみんなと一緒に笑っちゃった。

 ワタシは声がないけど、それだけは自覚できる。




「ねえイザホ、マウ、また君たちにあえるような気がするってあたしは思うの」


 料金を払って店から立ち去る際、リズさんがカウンターから飛び出してきた。


「またあえるような気がするって……なんだか、不思議なことを言うね」

「いや、あながち間違ってはいないだろう。君たちはすでにここを気に入っている! 何度も足を運ぶことになるのだから、永遠に別れる可能性は極めて少ないはずだ!」


 まばたきをするマウに対して、フジマルさんはもっと不思議なことを叫んだ。

 その様子を見てリズさんは小さく笑う。


「だから、きっと友達になれるよね。ウアの次に仲良しな、友達に」


 ウアさんの次に仲良しな友達……

 それってワタシにとったら、マウの次に仲良しな友達がリズさんになるってことなのかな。

 そんな先のこと……よくわからないけど。


 戸惑っていると、ワタシとマウの肩に誰かが手を置いた。


「きっと慣れるさ! ふたりはリズからウアの手がかりを引き出せた、優秀な助手だからな!」

「いや、探偵の仕事とは関係ないと思うんだけど……」


 マウが戸惑っていると、リズさんの後ろのイビルさんが存在感を示すようにせき払いをした。


「なにか思い出したら、事務所に連絡をしておく。連絡することを忘れなかったらな」

「ああ、頼んだぞ! さて、我々は事務所に帰って情報を整理しよう!!」




 ワタシとマウは、フジマルさんと一緒に喫茶店セイラムの扉を開けた。


 ふと振り返ると、リズさんが手を振っていたので、マウと一緒に手を振って返してあげた。


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