「……イザホ?」
マウの言葉に、ワタシは我に返った。
これからのことを意気込んでいたら……鳥羽差市に引っ越す前のことを、知能の紋章が再生していた。
まるで、夢みたいに……
ワタシは、つながっているマウの手に、少しだけ力強く握ってあげた。
「それにしても……この場所は……?」
クライさんの言葉に、ワタシは改めて今いる場所を見渡してみた。
他の裏側の世界と同じように、辺りは一面雪景色。
その奥に見えるのは……巨大な石造りの建物。
「!!」
その手前には……直立したまま、地面に刺さっていたヤリの真ん中で宙に浮かぶシルエットがあった。
あれは……
「ナル……サ……さん……」
さっきまでインパーソナルとして操られていたナルサさんは、
しっかり左胸を串座しにされ、
奥に見える……石造りの建物を指さしていた。
「あそこに……いけ……と言っているみたいだ……」
「……行くしかないね。クライさん、イザホ」
ワタシたちはうなずいて、その建物に向かって歩き始めた。
雪の上を歩くのは、これで何度目だろう。
雪を踏みしめる1歩1歩の音が、存在しないワタシの心臓の音だ。
「まさに、ファンタジー世界に出てくる、お城だね」
城の全体が見えてくると、マウがつぶやいた。
「それにしても……あの光はなんだろう……」
クライさんの言う通り、中世の雰囲気を持つその城の周りは、なぜか緑色に輝いていた。
まるで、昼間なのに……星のように、思えてくる。
その城まで近づいて、その緑色の正体がわかった。
「これは……」「紋章!?」
城の城壁、扉、そしてその前の雪にまで、たくさんの紋章が輝いていた。
よく見てみると、直接壁や地面に埋め込まれているのではなく、それぞれ小さな石に埋め込まれている。
その石に埋め込まれていた紋章は……本とペンの形と、口の形……!
「どこだぁあぁあぁあ!!?」
!! 「なんだ!?」「イザホ……!!」
ふたつの紋章が青色に光り輝いたと思ったら、声の紋章から叫び声が聞こえてきた!!
「ここはどこだあああ!!? 教えろおおぉぉぉ!!?」
「うああああ!!?」
「誰だあああああ!!?」
「なにが起きているんだあああああ!!?」
それに共鳴するように、周りの紋章たちが緑色から青色へと変わり、叫ぶ。
「い……いったいなんなんだ……」
クライさんはこの光景に、困惑していた様子だけど、マウは察したようにワタシを見つめてくる。
「イザホ、これは……サバトの下水道だよ!」
!!
サバトの元締め……リズさんに呼ばれて、下水道を通った時の記憶が再生される!
「サバトの……下水道……? マウちゃん、知ってるの?」
「うん。サバトの黒魔術団に処理された人間は、記憶の紋章に記憶を移植されて、下水の底に埋め込まれる……それが、他の生きている人間に対する見せしめにもなっていたんだ……」
ワタシは、今朝のホウリさんの言葉を思い出した。
――じつはイザホさんたちが訪れた後、このサバトの一部で、水道から奇麗な水が流れなくなっていたんです。下水道に、なにものかが細工したようで……――
「サバトの下水道で細工していたのって……まさかこの紋章を切り取って持ってくることだったんんて……」
「……なんてやつだ……」
周りの状況がわからず、わめき散らす紋章たちを見て、ワタシはこの意図に気づいた。
ウアの目的は、作品を作り上げること。
これも、作品のひとつなんだ。
「イザホ、クライさん、中に入ろう」「……」
マウの言葉に、ワタシとクライさんはうなずく。
この扉が……ウアの元まで続いているはずだ。
扉の先は、大きなホール。
天井に飾り付けられたシャンデリアのLEDライトが、この空間にほのかな明かりを照らしている。
足元には赤いじゅうたんが敷かれ、正面の吹き抜けになっている大きな階段まで敷かれていた。
扉は複数あったけど……そのほとんどが、木製の板で打ち付けられていて、まるで入ることを拒んでいるみたい。
「入れそうなのは、あの扉だけだね」
マウが指さした方向の扉……階段の上にあがってすぐの扉には……板は打ち付けられていなかった。
その扉の先には……
天井の高い大きな通路だった。
さまざまな装飾が飾られている。中世の城らしい内装……
「イザホ、ここ、来たことあるよ!?」
ここは……ワタシとマウが訪れた、裏側の世界だ。
この鳥羽差市に来てから……2回目の裏側の世界。ハナさんの元に届けられた羊の紋章から向かえる、ウアのインパーソナルに襲われた裏側の世界だ。
「……いや、そんなはずはない……」
そんなワタシたちの考えを、クライさんは否定した。
「あの裏側の世界は……警察で保管している……それに……あの場所は警察の捜査も入っていて……こんなところに扉なんてなかったはずだ」
クライさんは振り返り、ワタシたちが入ってきた扉を見た。
「それじゃあ……あの裏側の世界と、そっくりな場所ってこと?」
「それが1番……しっくりくるかな……」
その時、廊下の奥から鈴の音が鳴った。
「……呼ばれてるね」「……」
見せたいものは、まだあるよ。
鈴の余韻が、ウアがそう言っているように響いている。
廊下の奥に存在する、1枚の大きな扉。
この先は……記憶が正しければ、ワタシの姿が描かれた人物画が飾られているはずだけど……
「……どうやら、クライさんの推測は当たっていたみたいだね」
その部屋は、横に続く通路だった。
石造りの壁に、水彩画が通路にそって飾られている。
1番最初に目に入った……扉の前の水彩画には……
「これは……10年前を……表わしているのか……?」
それは、クレヨンで描かれた絵。
それは、女の子の絵。
それは、白髪の少女の頭を持った、女の子の絵。
女の子は、笑顔だった。
頭だけの少女も、笑顔だった。
心なしか、彼女たちの足元にある被害者のパーツたちも、生き生きと描かれている。
「イザホ……もしかして、見たことあるの?」
マウの言葉に、ワタシはうなずいた。
ウアの母親……ハナさんが見せてくれた、ウアの絵。
10年前の事件の後、ウアはこの絵を描いて、ハナさんに見せた。その絵が、ハナさんの支えとなっていた……
「この先にある絵も……ウアちゃんのものか……」
その横にある絵を見て……ワタシは確信した。
どの絵も、事件の後のウアを描いたものだ。
どの絵も……幼いウアが描かれているのだから。