お屋敷の窓から見える星を、ワタシは動かしていた手を止めて見つめてみた。
「イザホ……いよいよ明日だね」
ベッドの上でマウは、姿の紋章を埋め込んだ服を折りたたみながらつぶやいていた。
髪をとかすくしをバックパックの紋章に入れて、マウに向かってうなずこう。
「なんだかドキドキしちゃうな……愛するイザホと、ふたり暮らし。なんだか、恋人同士の同棲みたいだよね」
ワタシも、これから起きることに期待という感情を膨らませている。
明日は、鳥羽差市に向かうのだから。
家具は鳥羽差市に住んでいるフジマルさんが紹介してくれたマンションで、もう用意されているんだって。
だからワタシたちは、小物や持って行く衣服とかの持ち物の準備をしているけど……本当に、期待という感情が途切れない。まるで、踊っているみたい。
「それにしても……」
マウがぽそりと、ワタシたちの寝室の扉を見てつぶやいた。
「まさかイザホのお母さんが、あんなにあっさり認めるなんてね……」
お母さまは夕方から、部屋の中で寝込んでいる。
お母さまが駄菓子屋の前で倒れたあの日……
救急車によって運ばれていった病院に、ワタシとマウも向かった。
その病室でお母さまは、ワタシにとって紋章の整理ができない言葉を口にした。
――お母さまはね……もうすぐ、死んじゃうの――
あんなに元気だったお母さまが……死ぬ?
ワタシに存在している理由を与えてくれた……お母さまが……?
――だいじょうぶよ……イザホがいたから、お母さまは悲しんでいないから――
お母さまは、そう、慰めていたけど……
お母さまの病室の、ベッドの側のイスで眠っていた時……
――私がいなくても……私が……いなくても……――
お母さまの寝言を、聞いてしまった。
まるで自分に言い聞かせているような言葉から、お母さまは心配しているんだ。
お母さまがいなくなった後の、ワタシのことを。
「紋章によって発展した街にして、バラバラ殺人事件の起きた街……“
ふと我に返ると、マウがまぶたを閉じて感情深そうに語り始めた。
「キミは、自分が存在する理由を知るためにそこに行くんだね……そうでしょ? イザホ」
……ワタシは、左胸に手を当てて、うなずいた。
ワタシは、お母さまのひとり娘の代わりとして作られた、
お母さまが死んでしまうと、ワタシは存在している理由がなくなってしまう。
そのことを、お母さまは心配しているのだ。
だから、ワタシは鳥羽差市に向かう。
ワタシが作られるきっかけとなった……鳥羽差市に。
お母さまがいなくても生きていけるようになって……
お母さまが死ぬ前に、自立したワタシを見れば、安心するはず。
お母さまが安心したまま、安らかに眠ってくれたら……
ワタシとお母さまという存在理由を満たし、新たな存在理由を持って、ワタシは存在し続けることができる。
もう2度と、存在理由を見失って……自ら消えようと、考えないように。
このことを、マウと一緒にお母さまにお願いした。
するとお母さまは、快く承諾してくれて、お母さまの親戚であるフジマルさんに、面倒を見てもらうように話をしてくれた。
「イザホ、安心して」
寝間着姿のマウが、窓の前で自信満々に胸を張る。
「ボクも、一緒だから! ボクも……イザホと一緒で……ボクを変えられるような……」
だんだん声が小さくなったかと思うと、マウは首を振った。
「……とにかく! ボクがついているから、きっとイザホのお母さんを安心させられるよ! だって、ボクたちは相思相愛だもんね!」
マウの差し伸べた両手に、ワタシは小さな右手で握ってあげた。
ワタシとマウは、相思相愛。
ずっと、一緒。
たとえ、離ればなれになったとしても、ずっと一緒だよね……
窓の外の星は、ワタシとマウになにかを訴えているように、輝いていた。