「ア……アア……!!? ア……!!?」
ワタシは、床に座り込むことしかできなかった。
炎に包まれた、バフォメットの目の前で。
「私は……」
バフォメットの義眼の片方に、細い何かが刺さっている。
その何かを突き立てて逆立ちをしていたフジマルさんのインパーソナルは、その状態のままワタシに顔を向ける……!!
「この鳥羽差市を愛しているッ!!」
ああ……!!
動かなきゃ……!!!
動かなきゃ!!!
逃げるためじゃない……!!
バフォメットを……助けないと……!!
フジマルさんのインパーソナルを……止めないと……!!
だけど……!! 体が動かない……!!!
知能の紋章……勝手に再生しないで!!
お願い……だから……!!
「イザホ!! しっかりして!!!」
マウの言葉で、ワタシはバフォメットから目を離すことができた!
インパーソナルは、いつの間にか飛び上がっていた!!
先ほどよりははるかに低く、だけどワタシから4mほどの高さまで飛び上がり……
その勢いのまま……ワタシの方へと……!!!
「フジマルさんッ……!!」
1発の銃声とともに、インパーソナルはバランスを崩し、ワタシの上を通過していく!!
ワタシの横に、インパーソナルの義眼がピンポン球のようにはねた。
「!!!」
ワタシを通り過ぎたインパーソナルは、そのままクライさんの元に飛んでいき……!!
「ぶっ!!」
クライさんの顔面に、膝蹴りをたたき込んだ!!
すぐにインパーソナルは、こちらに顔を向ける……!
死体だから、銃弾を撃ち込まれても痛覚がないんだ!!
!!
「私は……この鳥羽差市を愛しているッ!!」
インパーソナルがこっちに向かって走ってきた……!
「イザホに手を出したら容赦しないって、言ったよね!?」
それとともに、ワタシの前に宙を舞う白いもの……
マウがスタンロットの紋章を起動させながら、飛び出した!!
インパーソナルはそれに立ち向かうように走り出し……!!
「ッ!!」
マウをつかみ……大きく振りかぶって……!!
「あうっ!!」「だあっ!!?」
起き上がって再び拳銃を握ろうとしたクライさんの腹に、命中させた!!
おなかにマウが激突したクライさんは腹を抱えて苦しんでいて、マウも頭を押さえて立ち上がろうとしない……
ゆっくりと、フジマルさんのインパーソナルが、見下ろすようにこちらを向いた……
そのインパーソナルの体が、大きく震えた。
ワタシがスタンロットの紋章で、インパーソナルのつま先に触れたからだ!
すぐさまワタシはインパーソナルの足に抱きつき、体制を崩す!
仰向けになったインパーソナルの上に、すがさず馬乗りになる!
後ろでなにかが地面につく音とともに、バチバチと燃える音を、聴覚の機能を持つ紋章が読み取った。
……今は……!!
今だけは、震えている暇なんてない!!
目の前にいるフジマルさんのインパーソナルを、止めないと!!
この事件を引き起こした……ウアさんを……止めないと!!!
我に返ると、インパーソナルは手にバタフライナイフを手に構えていた。
ワタシはすぐにナイフを構える手に対して、盾の紋章を起動させていた左手の甲で叩く!
落としたナイフにすぐに右手を伸ばし、抵抗しないようにインパーソナルの両腕をワタシの左手で重ねて押さえつける!
右手に握ったバタフライナイフで……フジマルさんのインパーソナルの……左胸に……!!
知能の紋章が埋め込まれている左胸に、刃を振り下ろした!
その刃は、胸に刺さる手前で止まった。
ワタシの左腕に……違和感を感じたから……
……フジマルさんのインパーソナルの手にあったのは、
着火道具。
いつの間に持ってたんだろう?
きっと、バックパックの紋章から取り出したんだ。
その着火道具でなにをしたんだろう?
火を付けるためだ。
ワタシの左手、どうなっているんだろう?
今、焦げ臭い匂いを、匂いを感じる紋章が読み取った。
ワタシの左手、燃えている。
ちょうど、人差し指の第1関節まで燃え広がっている。
ワタシの左手、燃えている―――――――――――――――――――――
今、近くではっきりと、その音が聞こえている。
ワタシの左手、燃えている――――――――――――――――――――――
ワタシの左手、燃えている――――――――――――――――――――――
ワタシの左手、燃えている――――――――――――――――――――――
ワタシの左手、燃えている――――――――――――――――――――――
ワタシの左手、燃えている――――――――――――――――――――――
ワタシの左手、燃えている――――――――――――――――――――――
ワタシの左手、燃えている――――――――――――――――――――――
ワタシの左手、燃えている――――――――――――――――――――――
ワタシの左手、燃えている――――――――――――――――――――
ワタシの左手、燃えている――――――――――――――――
ワタシの左手、燃えている――――――――――――――
ワタシの左手、燃えている――――――――――――!
ワタシの左手、燃えている――――――――――!!!
ワタシの左手、燃えている―――――――――!!!!
ワタシの左手、燃えている―――――――!!!!!!
ワタシの左手、燃えている―――――!!!!!!!!
ワタシの左手、燃えている――――!!!!!!!!!
ワタシの左手、燃えている――!!!!!!!!!!!
――ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!
ワタシの体が、燃えている!!!
血が通っていないワタシの左腕を……燃やして……!!
ワタシの胴体に向かって……進んでいく!!
消えて!! 消えて!! 消えて!!!!
右手で燃える火になんども押し当てても、火は消えない!!
それどころか、パーカーの右腕の裾に、炎が燃え移った!!!
!!
そのワタシの両手首を……
「私は……」
インパーソナルが掴んで……立ち上がって……
「この鳥羽差市を愛しているッ!!」
聖火のように、ワタシを掲げた……!!
いやだ!! ワタシは……まだ消えたくない!!!
炎に包まれながら……その恐怖を最後の景色として残したくない!!
その地面から拾い上げたバタフライナイフで……ワタシの紋章を削り取られたくない!!
もう……燃やされるのも……刃物で削り取られるのも……どうでもいい!!
ワタシの人格が消える事実が……もっとも恐ろしいこと!!
マウと話せなくなることが……思い出せることが……
考えることをできなくなるのが……
この思いを表現できないことが……
絶対に……いや!!!
たとえ別の人格の紋章に……記憶が引き継がれても……納得しない……!!
なりたくないッッッッッッ!!
「――ァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」
ワタシは、宙で背を逸らした。
炎に包まれたワタシの両腕は、赤い軌道を描いて宙を舞う。
「イジ……メル……ナ……!!」
床に倒れたワタシの前に現われたのは……巨大な炎……
その炎の頂点から……鋭く光る刃……オノが現われる。
炎の中に写る、羊の頭をしたシルエット。
「ワガ……娘……ヲ……!!!」
そのシルエットは、インパーソナルにつかみかかり……!!
「イジメルナ……!!」
背負い投げで、ワタシのそばの床に押し倒して……!!
「イジメルナ……!!」
オノを振り下ろして……右手を切り飛ばして……!!
「イジメルナ……!!」
オノを振り下ろして……左腕を切り飛ばして……!!
「イジメルナ!!」
オノを振り下ろして! 右足を切り飛ばして!
「イジメルナ!!」
オノを振り下ろして!! 左足を切り飛ばして!
「イジメルナ!!!」
「イジメルナ!!!」
腰を切り飛ばして!!
「イジメルナ!!!」
義眼を押しつぶして!!
「イジメルナ!!!」
顔面をたたき割って!!
「イジメルナ!!!」
首を切り落として!!
「イジメルナ!!!」
はらわたをえぐり取って!!
「イジメ……ルナアアアアァァァァッッッッッ!!!!!!」
フジマルさんのインパーソナルの胸に……オノを振り下ろして!!!
「私は……」
……インパーソナルの知能の紋章に……オノが突き刺さった。
「この鳥羽差市を……あイッ……シテ……イ……ル……ッ……」
胴体に付いたままの喉に埋め込んだ声の紋章が、フジマルさんの声で再生され、
胴体だけとなったインパーソナルは、機能を停止した。
「……!! イザホ!!」
ワタシがその巨大な炎……バフォメットを見つめていると、横からマウがやって来た。
きっと、横のベンチの方を通って、こっち側にこれたんだ。
「!! 手が!!!」
マウはワタシの横に転がっている左腕と右腕に近寄って、バックパックの紋章から大きな布を取り出した。
その布で、ワタシの両腕を思いっきりはたく……
「よかった……! イザホはあまり灯油に触れてなかったから、すぐに消せたよ!!」
マウは、焦げ臭い匂いのするワタシの両腕を見せてくれた。
左手の人差し指の骨が見える点以外は……色が変わっているぐらいで済んでいた。
……その時、マウの後ろに大きな影が伸びた。
「!!」
マウは慌てて、ワタシの側まで駆け寄る。
「ワガ……ムス……メ……」
炎に包まれた、バフォメットだ。
途中でローブを脱いだのか、胸に埋め込まれている知能の紋章、動作の紋章、知能の紋章が、青色に輝いている。
その3つの紋章に向かって、炎が近づいている。
「モウ……ダイ……ジョ……ウ……ブ……」
燃えているその大きな手を、ワタシに差し出してくる……
ワタシは、その手を握ることはできない。
両腕がないから……というわけじゃない。
その手が、炎に包まれているからだ。
「モウ……シンパ……イ……ナ……イ……」
きっと、バフォメットは……安心させるために……手を差し伸べている。
父親の……ように……
だけど……ワタシは……
ワタシは……
「ア……!」「イザホ!!?」
ワタシは、ベンチがある横を通り、壁まで走り、
そこから出口の扉へと、逃げた。
「っつ……!? イザホちゃん!!?」
おなかを押さえて立ち上がったクライさんに背を向けて、ワタシは教会の入り口である扉を開いた。
どうして、バフォメットから逃げるの?
どうして、ワタシを娘と呼んでくれる、バフォメットを怖がるの?
炎が……怖かったから?
葬儀場の出来事のトラウマが、いまだに忘れられることができないから?
……本当に、それだけ……?
ワタシが……逃げて……いるのは……!?