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第110話 手足の噴水






 路地裏から出ると、バスが目に入った。


「こっちだ!! 早く乗れ!!」


 バスの入り口で手招きをするシープルさんに向かって走り、ワタシとマウはバスに乗り込んだ。




 先に乗り込んでいたクライさんとバフォメットの横に座ると、シープルさんはバスの扉を閉める。


 それとともに、バスは発進していった。




 屋台の周りにいた人たちの、視線を集めながら……










「……」


 窓の景色が、市街地から森へと変わった。

 ワタシの隣に座っているバフォメットは、自身の左手に埋め込まれたバックパックの紋章を見つめていた。


「シープル……オ守リ……被ッテ……イイカ?」


 前の席に座っていたシープルは「めんどくせえ……」とため息をついた。


「勝手につけてろ。もうイザホの親という演義は、しなくていいんだからな」


 その言葉に、バフォメットは一瞬だけうつむいたけど、すぐにバックパックの紋章に手を伸ばした。




 現われたのは、羊の顔をしたヘルメット。


 塔の会議室で、バフォメットが脱いでいたものだ。




「前から気になっていたけどさ……バフォメット、どうして羊の頭をつけているの?」


 ワタシの膝の上で、マウはバフォメットにたずねた。


「コレハ……ハハ……カラ……モラッタ……オ守リ……」


 バフォメットは、その羊の頭を両手の上に乗せて眺めていた。

 バフォメットの母親……つまり、ワタシの右腕の人物が、与えたってことかな?


「ハハ……羊ノ悪魔ノ力ヲ与エルッテ……言ッテイタ……」

「羊の悪魔……それで、バフォメット?」


 マウの質問に、バフォメットは首を振る。

 一瞬だけ固まったその仕草は、不思議に思っている気持ちが含まれているみたい。


「ワレ……ヨクワカラナイ……ハハ……言ッテイタ……羊ノ仮面ヲ被ッタ者……巨大ナ力ヲ持チ……中世ノ魔女タチニ……チカラ……与エタ……ワレヲ……見タモノニモ……力ガ与エラレマスヨウニ……ハハ……ワレニ言ッテイタ……」


 つぶやきながら、バフォメットは羊の頭を被った。


 もともとマネキンであるため、表情が動かないバフォメット。

 それでも、バフォメットはどこか自信を持っているように、ワタシは読み取ることができた。




 その時、クライさんが窓の景色を指さした。


「!! あの建物……」

「ああ、目的の場所だ」










 三角屋根の古びた木製の大きな建物。

 あそこが……フジマルさんたちが育った場所……


 その周りに、ローブを着たマネキンたちが集まっていた。




 マネキンの集団の手前でバスが止まると、集団の中に紛れていたホウリさんが振り向いた。


 扉が開き、シープルさんを先頭にワタシたちはバスから降りる。


「!! シープルさん!!」

「ホウリ、インパーソナルは!?」


 シープルさんにたずねられて、ホウリさんは建物の2階の窓を指さした。




 その窓には開かれたカーテンが存在し、


 中にはフジマルさんの顔が、こっちをじっと見ていた。




「……なぜ……なにもしないんだろう……?」


 そのフジマルさんの顔を眺めて、クライさんは不思議そうにつぶやく。


「さっきインパーソナルは……羊の紋章で遠くに移動していたはずなのに……」


 羊の紋章を利用して、遠くに移動できるなら……とっくに移動してマネキンの包囲網から逃げられるはずだ。


 だけど、インパーソナルはこちらを見ているだけで、なにもしていない。

 どこにも逃げるつもりはない。そう言っているかのように。


「まさか……身代わりをおかれて逃げられたわけではないよな!?」

「わかりません……建物の中にマネキンを何体か送りましたが、戻ってこないのです……」




「!!」




 その時、マウの耳がピンと立った。




「誰かいる!!?」


 マウが振り向いて、ワタシたちも一斉に振り向く。




 後ろには……誰もいない。




 ただ、ワタシたちの乗ってきたバスがあるだけ……




 今は無人の、バスがあるだけ……







「!!! ハンドルが……横向きになってる!!?」


 !? 「え!?」「……!!」「なにっ!?」「うそ!!?」






 クライさんの言葉通り、ガラス張りであるバスの入り口から見えるハンドルが、横に向けられていた!!







「まずい!! あいつは、このバスが来るのを待っていたんだ!!!」







 シープルさんの声とともに、バスは大きく迂回うかいして……!!!











 ワタシたちの後ろに立つマネキンたちを、なぎ払い、




 手足のパーツを、噴水のようにまき散らす!!!








「あぅ!!」「がっ!!」




 そのパーツが、シープルさんとホウリさんに命中した!!


「ホウリさん!! シープルさん!!」


 倒れたふたりに、マウがが駆け寄ろうとする!!


「マウちゃん……!! 前……!!」




 クライさんが叫んだころには、もうバスはこっちに近づいていた!!!








「ワガ娘ノ……大切ナ……!!」








 その時、バフォメットが飛び上がり、バックパックの紋章からオノを取り出し……!!





「ヌイグルミニ……近ヅクナァ……!!!」







 2本のオノを、片手で同時に投げた!!




 オノは右側をブーメランのように描き……




 バスからみて、左側のタイヤに……前輪後輪ともども命中した!!






 それとともに、バスは大きくバランスを崩し……!!!





「……!!」




 横に倒れ込み……




 あともう少しでマウたちにぶつかる場所で、止まった。











「やっぱり……本来のハンドルの紋章が削られていて、別のハンドルの紋章がついていたよ。きっと、別のインパーソナルの仕業だよ」


 横転したバスを調べてきてくれたマウが、戻ってくる。


「それよりも……シープルさん……だいじょうぶ……?」


 ワタシの横で、クライさんは地面に倒れているシープルさんに話しかける。


「ああ……めんどくせえ……生きていりゃあなんとかなるのに、なぜ聞いてくるんだ……」


 シープルさんは両足を押さえてうずくまっていた。

 まるで骨が折れたように、苦しそうに呼吸をしている。


 そして、ホウリさんは先ほどから目を覚まさない。気を失っているみたい。


「そんなことよりも……インパーソナルの方が……先だろうが……」




 その言葉に、ワタシは児童養護施設の2階の窓に再び目を向ける。


 まるで、ワタシが見るのを待っていたように、


 フジマルさんのインパーソナルは、窓から離れていった……!!




「早く行け!! こんなところで逃がすんじゃない!!!」




 ワタシはマウ、バフォメット、クライさんとともに、




 足元に散らばるマネキンの残骸につまずかないように、




 フジマルさんたちが育った、児童養護施設へと向かっていった。







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