路地裏から出ると、バスが目に入った。
「こっちだ!! 早く乗れ!!」
バスの入り口で手招きをするシープルさんに向かって走り、ワタシとマウはバスに乗り込んだ。
先に乗り込んでいたクライさんとバフォメットの横に座ると、シープルさんはバスの扉を閉める。
それとともに、バスは発進していった。
屋台の周りにいた人たちの、視線を集めながら……
「……」
窓の景色が、市街地から森へと変わった。
ワタシの隣に座っているバフォメットは、自身の左手に埋め込まれたバックパックの紋章を見つめていた。
「シープル……オ守リ……被ッテ……イイカ?」
前の席に座っていたシープルは「めんどくせえ……」とため息をついた。
「勝手につけてろ。もうイザホの親という演義は、しなくていいんだからな」
その言葉に、バフォメットは一瞬だけうつむいたけど、すぐにバックパックの紋章に手を伸ばした。
現われたのは、羊の顔をしたヘルメット。
塔の会議室で、バフォメットが脱いでいたものだ。
「前から気になっていたけどさ……バフォメット、どうして羊の頭をつけているの?」
ワタシの膝の上で、マウはバフォメットにたずねた。
「コレハ……ハハ……カラ……モラッタ……オ守リ……」
バフォメットは、その羊の頭を両手の上に乗せて眺めていた。
バフォメットの母親……つまり、ワタシの右腕の人物が、与えたってことかな?
「ハハ……羊ノ悪魔ノ力ヲ与エルッテ……言ッテイタ……」
「羊の悪魔……それで、バフォメット?」
マウの質問に、バフォメットは首を振る。
一瞬だけ固まったその仕草は、不思議に思っている気持ちが含まれているみたい。
「ワレ……ヨクワカラナイ……ハハ……言ッテイタ……羊ノ仮面ヲ被ッタ者……巨大ナ力ヲ持チ……中世ノ魔女タチニ……チカラ……与エタ……ワレヲ……見タモノニモ……力ガ与エラレマスヨウニ……ハハ……ワレニ言ッテイタ……」
つぶやきながら、バフォメットは羊の頭を被った。
もともとマネキンであるため、表情が動かないバフォメット。
それでも、バフォメットはどこか自信を持っているように、ワタシは読み取ることができた。
その時、クライさんが窓の景色を指さした。
「!! あの建物……」
「ああ、目的の場所だ」
三角屋根の古びた木製の大きな建物。
あそこが……フジマルさんたちが育った場所……
その周りに、ローブを着たマネキンたちが集まっていた。
マネキンの集団の手前でバスが止まると、集団の中に紛れていたホウリさんが振り向いた。
扉が開き、シープルさんを先頭にワタシたちはバスから降りる。
「!! シープルさん!!」
「ホウリ、インパーソナルは!?」
シープルさんにたずねられて、ホウリさんは建物の2階の窓を指さした。
その窓には開かれたカーテンが存在し、
中にはフジマルさんの顔が、こっちをじっと見ていた。
「……なぜ……なにもしないんだろう……?」
そのフジマルさんの顔を眺めて、クライさんは不思議そうにつぶやく。
「さっきインパーソナルは……羊の紋章で遠くに移動していたはずなのに……」
羊の紋章を利用して、遠くに移動できるなら……とっくに移動してマネキンの包囲網から逃げられるはずだ。
だけど、インパーソナルはこちらを見ているだけで、なにもしていない。
どこにも逃げるつもりはない。そう言っているかのように。
「まさか……身代わりをおかれて逃げられたわけではないよな!?」
「わかりません……建物の中にマネキンを何体か送りましたが、戻ってこないのです……」
「!!」
その時、マウの耳がピンと立った。
「誰かいる!!?」
マウが振り向いて、ワタシたちも一斉に振り向く。
後ろには……誰もいない。
ただ、ワタシたちの乗ってきたバスがあるだけ……
今は無人の、バスがあるだけ……
「!!! ハンドルが……横向きになってる!!?」
!? 「え!?」「……!!」「なにっ!?」「うそ!!?」
クライさんの言葉通り、ガラス張りであるバスの入り口から見えるハンドルが、横に向けられていた!!
「まずい!! あいつは、このバスが来るのを待っていたんだ!!!」
シープルさんの声とともに、バスは大きく
ワタシたちの後ろに立つマネキンたちを、なぎ払い、
手足のパーツを、噴水のようにまき散らす!!!
「あぅ!!」「がっ!!」
そのパーツが、シープルさんとホウリさんに命中した!!
「ホウリさん!! シープルさん!!」
倒れたふたりに、マウがが駆け寄ろうとする!!
「マウちゃん……!! 前……!!」
クライさんが叫んだころには、もうバスはこっちに近づいていた!!!
「ワガ娘ノ……大切ナ……!!」
その時、バフォメットが飛び上がり、バックパックの紋章からオノを取り出し……!!
「ヌイグルミニ……近ヅクナァ……!!!」
2本のオノを、片手で同時に投げた!!
オノは右側をブーメランのように描き……
バスからみて、左側のタイヤに……前輪後輪ともども命中した!!
それとともに、バスは大きくバランスを崩し……!!!
「……!!」
横に倒れ込み……
あともう少しでマウたちにぶつかる場所で、止まった。
「やっぱり……本来のハンドルの紋章が削られていて、別のハンドルの紋章がついていたよ。きっと、別のインパーソナルの仕業だよ」
横転したバスを調べてきてくれたマウが、戻ってくる。
「それよりも……シープルさん……だいじょうぶ……?」
ワタシの横で、クライさんは地面に倒れているシープルさんに話しかける。
「ああ……めんどくせえ……生きていりゃあなんとかなるのに、なぜ聞いてくるんだ……」
シープルさんは両足を押さえてうずくまっていた。
まるで骨が折れたように、苦しそうに呼吸をしている。
そして、ホウリさんは先ほどから目を覚まさない。気を失っているみたい。
「そんなことよりも……インパーソナルの方が……先だろうが……」
その言葉に、ワタシは児童養護施設の2階の窓に再び目を向ける。
まるで、ワタシが見るのを待っていたように、
フジマルさんのインパーソナルは、窓から離れていった……!!
「早く行け!! こんなところで逃がすんじゃない!!!」
ワタシはマウ、バフォメット、クライさんとともに、
足元に散らばるマネキンの残骸につまずかないように、
フジマルさんたちが育った、児童養護施設へと向かっていった。