柱時計の開かれた文字盤には、前と同じようにサバトの紋章が埋め込まれていた。
その紋章に触れて、ワタシたちは鳥羽差市の裏側……サバトへと向かう。
入り口であるレンガのドームに降り立つ。
その建物の出口に立っている守衛のマネキンとの手続きを済ますと、ワタシたちは出口の扉を開いて、市街地へと出た……
!!!
ワタシは外の景色を見て、思わず身構えた。
建物に……たくさんの……小さな……炎が……!!!
「あれ? ……クリスマス?」
隣のマウの一言で、それはただの飾り付けであることに気づいた。
炎の形をしたオーナメントボールが、赤、青、黄色、緑、紫……と、さまざまな色で建物を飾り付けていたんだ。
「マウちゃん……普段のサバトは……違うの……?」
クライさんからたずねられて、マウはうなずく。
そういえば、クライさんは実際にサバトの市街地に踏み込むのは初めてだったっけ。
「最初に来た時は……まさに中世にタイムスリップしたような錯覚に陥ったみたいだったけど……なにか祭りでもしているの?」
マウに目線を移されたシープルさんは、「めんどくせえ……」とため息をつく。
「前にも言っただろ……2度も同じこと言わせるな」
その横で、ホウリさんはバックパックの紋章から1枚のチラシを取り出した。
「ほら……これ、見覚えありませんか?」
ワタシはマウと一緒にそのチラシを見て……一緒にうなずいた。
見覚えがある。たしか……
「“魔女の祝祭”かあ……そういえばあったね。盆踊り」
「……その声の紋章、首ごと削り取ってやろうか?」
なんだかマウ、すっかりシープルさんにも物怖じしなくなったなあ……
たしか魔女の祝祭って、いろんな店が構えられ、一定の時間になれば花火が上がり、楽器の音とともにみんなで踊り会うお祭りだったよね。
その前夜祭が、今日だったんだ。
「ったく……今年ばかりは開催が危ぶまれたこともしらずに……」
シープルさんの一言に、クライさんは眉をひそめた。
「やっぱり……今回の事件で……?」
「たしかにウワサはサバトにまで響き渡っているが、大したことではない。祝祭の開催に大きな影響を与えたことと比べてな」
続いて、ホウリさんがワタシたちに顔を向ける。
「じつはイザホさんたちが訪れた後、このサバトの一部で、水道から奇麗な水が流れなくなっていたんです。下水道に、なにものかが細工したようで……」
マウは辺りのオーナメントホールを改めて見渡し、不思議そうにホウリさんを見る。
「それにしては、すぐに立て直したよね……あれから数日しかたっていないんじゃない?」
「ええ。一時だけサバトの入り口を封鎖させて……我々黒魔術団が総力を挙げて対応を行ったことで、持ち直すことができました。一部の地域に限っていたのが幸いして、アタイはスイホさんの確保に向かうことができたのですよ」
そういえば……ワタシがマウを失った直後、冷静さを失って1日中鳥羽差市を駆け回っていた時……紋章が反応していなくてサバトに入れなかったことがあった。
「それで……一体なにが原因で」「秘密事項です」
クライさんの質問を、ホウリさんはその一言で受け流した。
その後、ワタシたちはバス停に向かうために、市場を通っていく。
前夜祭というだけあって、以前来たときよりも店舗の数は多く、そしてより多くのにぎわう声であふれていた。
「ねえイザホ。もし時間が余ったらさ、ここでなにか食べていかない?」
マウが屋台を見ながら、ワタシに手を差し伸べてきた。
ワタシもうなずいて、マウの手を握ってあげよう。
「……なんだか……すごい慣れてるね……」
「ふたりでいるから怖い物知らず……って感じがしますね。以前ここに来た時よりも、何十倍ほど……」
クライさんとホウリさんの声とともに、シープルさんににらまれたような気がするけど、気にしない。
だって、マウと一緒だから。
バス亭にたどり着いたワタシたちはそこで自動運転のバスに乗り込んだ。
窓の景色が、街並みから森の中へと変わる。
その木の間には、サバトの元締めであるリズさんと再開した塔も見える。
ただ、今回バスが止まったのは塔の前ではなく……
大きなトンネルの前だった。
「……なんだか、山奥の心霊スポットって感じだね」
トンネルの中を、ワタシたち5人は進み、
エレベーターの前へとたどり着いた。
「この下が、俺たちが所属する黒魔術団のアジトだ」
小さなエレベーターに乗り込むと、シープルさんが数字の書かれていないボタンのひとつを押しながら説明をしてくれる。
「このアジトって、結構広いの?」
エレベーターで降りる中、マウは並べられたボタンを眺めながらシープルさんにたずねる。
ボタンの数は……10個ぐらいかな。さっき押されたのは下から2番目のボタンだ。
「まあ、あのお方直属の黒魔術団だからな。と言っても、観光案内するつもりはないから、他の階層に関しては教えるつもりはない」
エレベーターが開かれた先は……
無数の鉄格子が、並んでいた。
3階分の吹き抜けの広い空間。
その壁沿いに、鉄格子が並べられている。
中央の広い空間の向こう側にある大きな扉に向かって歩くシープルさんとホウリさん。それについていくワタシとマウ、クライさん。
横を見てみると、鉄格子の向こう側にいる囚人たちが、ワタシたちを興味深そうに見ていた。
「……この前来たばかりの黒魔術団の親分じゃないか?」
「いや、あの親分は姿の紋章で顔を変えていたからな」
「でも元の女は既に殺されているだろ?」
「最近、ウワサになってるだろ。10年前の事件の死体。その死体が、このサバトに来ていたってウワサ」
「へー、よくしってんなあ……」
囚人たちの声を、ワタシの耳の中に埋め込んだ紋章が拾う。
まるで、作品の感想を聞いているように……
「……イザホちゃん……ここに顔が聞くの……?」
「クライさん、ボクたちは有名人になったっぽいけど、面識は全然ないよ……」
扉の先に存在する細い通路を通り、
ワタシたちは“面会室”と書かれた部屋の前に立った。
面会室と呼ばれる部屋は、小さな部屋をガラス窓で区切ったような部屋。
そのガラス窓の向こうには……
「スイホちゃん……」
手足を器具で拘束された、スイホさんだった。
……まるで死体のように、首を下に向けている。
窓ガラスをのぞこうとマウが背伸びをしていたから、マウを持ち上げてあげよっか。
「……なんだか電気イスみたいだけど、まさか拷問とかしたわけじゃないよね?」
「黒魔術団の取り調べでは、拷問もそのひとつだ。と言っても、この女の場合は1回しか電流を流していないが」
マウの質問に答えるシープルさんも、同じようにホウリさんに持ち上げられていた。こうしないと窓ガラスの向こうがのぞけないから、仕方ないよね。
「……?」
マウとシープルさんの会話を聞いたスイホさんは、ゆっくりと顔を上げた。
昨日の時と比べて、目元のクマが濃く現われており、痩せて見えるような気がする。
ガラス窓の近くにあるマイクに向かって、ホウリさんは口を開いた。
「スイホさん。さっそくで恐縮ですが……彼らの質問で答えてください。昨日行った、我々の質問と内容が同じでも……否定せずに、かつ言葉を濁さずに、すべて話すこと。いいですね?」
「……」
そして、クライさんに尋問権を渡した。
マイクを握るクライさんの手は、震えていた。
これからクライさんは、スイホさんから聞き出すんだ。
この現代の事件の、犯人の名を。
「スイホちゃん、教えて……この事件の……犯人は……?」
「……」
ガラス窓の向こうで、スイホさんは静かにため息をはいた。
もうわかっているでしょ?
そう、言っているかのように……
「ウア」
ワタシはマウと顔を合わせると、一緒にうなずいた。
やっぱり……そうだった。
裏側の世界でよく見てきた……ウアさんのものと思われる絵画。
担任教師であるテツヤさんが、尊敬するほどの人物……
スイホさんが、わざわざ【あの“子”】と表現する年代……
昨日、ナルサさんが殺害される直前に現われた、ウアさん自身の人物画。
ハナさんが自ら命を断つ前に、ワタシに教えてくれた事実……
――10年前……死体を見つけた子……?――
――もちろん、ウアよ。あの子はお父さんと一緒にキャンプに参加して、あの事件を自分の目で見たの――
ワタシとマウが鳥羽差市に引っ越して早々、初めて裏側の世界に来た時に……
雪の降る小屋の中で見つけた、ホワイトボードに描かれていた文字……
――10年ぶりだね――
たしかに、ワタシは10年前、ウアさんと出会っていた。
ワタシが作られる元になった、10年前の事件の遺体たちは……ウアさんと出会っていた。
そして……自ら命を絶ったハナさんが、最後に残した……遺書……
――ウアを、止めてください――
この現代の事件……
10年前の事件をきっかけに、心を傷つけられた人間を殺害し、
その死体を紋章で動かし、ワタシを裏側の世界に引きずり込み、襲いかかる……
その死体、インパーソナルと……生きた人間である仮面の人間……
彼らに指示を与えた、この事件の黒幕は……
最初の犠牲者……
ワタシたちがそう思い込んできた……人物……!!!
「
もう一度、スイホさんはため息をついた。
「