「!!?」
勢いよく階段を降りたナルサさんは、うずくまるスイホさんをすり抜け、バランスを崩し……
「ばぐっ!!」
踊り場に顔面を強打した。
「いっつ……」
「おい、だいじょうぶか!?」
イビルさんの声に、ナルサさんは赤い血液が出ている鼻を押さえながらうなずく。
「! もしかして、これ……」
ナルサさんはスイホさんの肩に手を伸ばす。
その手は、スイホさんの体をすり抜けた。
「やっぱり……ビデオの紋章による、ホログラムだ……」
顔を上げているスイホさんは、隣のナルサさんに見向きもしていない。
あらかじめ取っていた映像を、ビデオの紋章によるホログラムで再現したものだった。
「……ねえ、君は私を見捨てるの?」
顔を上げたスイホさんは、ワタシとイビルさんに向かって……
いや、ワタシたちの後ろの壁に向かって、話しかけてきた。
「ちゃんと、約束を守ってきたのに……この10年間……ずっと……」
……スイホさんは10年前、ワタシの胴体の持ち主だった、ナルサさんの姉を殺してしまったんだっけ……
その弱みを……ずっと握られていたんだ。
その弱みを……あの氷の川で、暴露されたんだ。
「……ねえ、本当に……ナルくんだけには……言わないのよね……私を……まだ……利用するために……」
ゆっくりと、スイホさんは立ち上がる。
スイホさんはじっとワタシたちの後ろを見つめて、
涙を流しながら、笑った。
「……そうよね……やっぱりそうよね……私もどうせ……“君の作品”になってしまうのよね……」
スイホさんは、1歩ずつ……階段を上がり始める。
「テツヤさんが……瑠渡絵小中一貫校に……私たちのアジトを示唆する証拠……あれがあの場所にあるとわかっていても……黒魔術団の一員が……今までテツヤさんを尾行し続けていた時も……君はそのままにしてって……言っていた。今までも……あえて真相に誘導するように……君の指示に従って飾ってきた……」
ワタシとイビルさんの横を、通っていく。
「もう、どうでもいい」
上へ続く階段を上り始めたスイホさんに、
下の踊り場にいたナルサさんは、追いかけようと立ち上がる。
「ナルくんにバラされないのなら……どんな作品にされたって……私は受け入れるわ……だけど……これだけは……これだけは、約束して」
階段を駆け上がり、ワタシたちの前に立つナルサさん。
そのナルサさんを見るように、スイホさんは振り返った。
「私を抽象的に表現して。ナルくんに気づかれないほど、抽象的に……」
「待って!! スイちゃん!!!」
ナルサさんが手を伸ばした瞬間、
スイホさんのホログラムは、跡形もなく消え去った……
「ナルサさん……どうしましたか……!!?」
それとともに、後ろの扉が開く音がする。
振り返ると、開かれた扉の前でクライさんとホウリさんが立っており、
階段の手すりに触れて呆然とする、ナルサさんを見ていた。
ワタシたち5人はスイホさんの消えた、上の階層の踊り場に移動した。
「……天井に……ビデオの紋章が……」
手に持つ懐中電灯の明かりを天井に向けて、クライさんはつぶやく。
そこには、たしかにビデオの紋章が緑色に輝いている。あの紋章で、スイホさんのホログラムを映し出していたんだ。
「あんな高いところに、どうやって埋め込んだんでしょう……?」
「おそらく……スイッチの紋章で……遠くから起動させたと思う……」
ホウリさんとクライさんがビデオの紋章について話している間、イビルさんはおでこに頭を触れて眉をひそめていた。
「……私の記憶にはないな。あのビデオの紋章は。先ほどのスイッチの紋章を触れても、ビデオの紋章が起動することはなかったはずだ」
「ということは、やはりスイちゃんなんですね!」
その言葉に反応したナルサさんに、イビルさんは体は背伸びをする。
「イビルさん!! 行きましょう!! オレが知らない……スイちゃんが隠していたことを……知る必要があるんです!!」
「あ、ああ……ちょっと待っててくれ……」
…… 「……」「……」
「……? どうしたんですか? 3人とも」
……何も知らないナルサさんにたずねられて、思わずワタシは首を振った。
「あ……うん……」「な、なんでも、ないですっ」
ナルサさんはワタシたちの反応を見て首をかしげていたけど、イビルさんが「たしか、地下だったはずだ」と階段を下りだすと、イビルさんについていった。
「……気づいていないのですね」
「うん……スイホちゃんが……隠していることを……」
スイホさんは、10年前にナルサさんの姉を殺害している。
イビルさんはともかく……ナルサさんはそのことに……気づいていないんだ。
なにも知らず……ただ、スイホさんに会いたがっている。
イビルさんとナルサさんを追いかけて、ワタシたちは階段を1歩ずつ下る。
「ところで……イビルさん……喫茶店の店主をする前は……ここの職員だったの……ですか……?」
クライさんからたずねられたイビルさんは、「いや、覚えていない」とあっさり答える。
「職員ではなかったとは思うが……それに、そのころから病で亡くなった妻の喫茶店で店主を務めていたような気がするな。兼業で喫茶店の店主と……」
そう話している内に、ワタシの持つ懐中電灯はB1の標識を映し出した。
扉から非常階段を出ると……
「ここは……展示室?」「この部屋に、スイちゃんが?」「まだ慌てるな」
“展示室入り口”と書かれた標識の前でホウリさん、ナルサさん、イビルさんが会話する。
その横にいるクライさんが、ワタシに顔を向けた。
「たしか……イザホちゃんは前にもここに来たことがあるよね……」
リズさんが姿をくらました日だ。
たしか……その時はマウもいたけど……
……さっきはナルサさんのスイホさんに対する思いについて胸の中で考えていたけど、ワタシも人のことが言えない。
ああ……マウ……早く会いたい。
展示室の中を進み、
ワタシたちは、展示室の出口の近くまでやって来た。
「……ここだ」
イビルさんが立っているのは、テレビのようなモニターの前。
横には文字の書かれたパネルが飾られている。
紋章と魔女について解説されている、パネルだ。
イビルさんは、モニターが飾られている壁に手を当てた。
すると、モニターの周辺に線が入り……
その場で、回転を始めた。
「……まるで忍者屋敷のからくり扉みたいだ!」
ナルサさんの言い方がしっくりくるかも。
そのからくり扉は、奥を見せてくれた。
その奥には……長い通路。
「普段はビクともしないが……上でスイッチの紋章を触れていれば、開くようになっている。そのための紋章だったのだ」
「それで……この奥の部屋は……なんのために……?」
イビルさんはその通路の中に足を踏み入れ、おでこに手を当てた。
「……私が覚えているのは、そこまでだ。ここの職員でもない私が、どのような経緯で……写真の子とここを訪れたのかは……覚えていない」
細い通路を通り、ワタシたちは1枚の扉を前に立った。
その扉の先にあったのは……ホコリの舞う、子供部屋。
昨日のサバトで見た、幼稚園のような場所ではなく、
まるでひとりの子供が暮らしていたような……
小さな、そしてひとりしか使えなさそうな、おもちゃであふれていた。
その中心には……
「……こんなところに……持ち運ばれていたなんて……」
黒い本が、床に放置されていた。
瑠渡絵小中一貫校で……アンさんが持っていた……
中に羊の紋章が埋め込まれた、黒い本だ。
どろぼー
!! 「誰だ……!?」「この声は……」「ホウリさん!?」「ア、アタイじゃないです!!」
この鳴き声……
ワタシには、聞き覚えがあった。
どろぼー
どろぼー
どろぼー
「まずい!! ここのセキュリティシステムだッ!!!」
イビルさんはいち早く、扉に飛びつき、抑える。
それとともに、扉になにかが激突する音がして、扉が少しだけ開く。
どろぼー どろぼー
どろぼー どろぼー
どろぼー どろぼー
隙間から、1匹のネズミが顔を出す。
その後ろにも、大量のネズミが……!!
学校の裏側の世界で見た……知能の紋章が埋め込まれた、ブリキのネズミだ!!
「先に行ってえぇぇッッ!!!」
ホウリさんが叫び、イビルさんの隣で扉に力をかける。
隙間から部屋に侵入しようとしていたブリキのネズミ。
扉が閉まることで、その首だけが部屋の中へと招かれる。
それでも、扉を開けようとする勢いは止まらなかった。
「……!!」「!! クライさん!!」
クライさんが、さらに扉を押さえてくれた!!
相変わらず、ドアはその動きを止めない……
だけど、3人のおかげで、ブリキのネズミは入ってこないみたい……!!
「ナルサさん!! イザホちゃんとともに……向かってください……!! ナルサさんも行けば……もしかしたら……スイホちゃんの心を……動かせるかも……!!」
クライさんの叫びに……ナルサさんは戸惑うようにワタシを見る。
ワタシは……ただうなずいた。
これだけしかできないのなら、これだけで思いを伝えるしかない。
「……わかった。行こう!! スイちゃんと……マウさんに、会いに行くために!!」
ワタシは黒い本のページをめくり、羊の紋章が埋め込まれたページを開く。
羊の紋章に吸い込まれていく中、後ろでは大きく扉が開く音が聞こえてきた。