「先日、テツヤさんの検視がようやく終わったっす!! そのテツヤさんの体内に……手がかりがあったんっすよ!!!」
アグスさんの言葉を聞くと、人格の紋章がじっとしていられない感情であふれそうになる。
エレベーターの扉がなかなか開かれないことに、じっとしていられないような気分になるのは初めて。
10年前の事件で生き残った女の子が、ウアさんだった……そのことも重要だけど、やっぱり1番なのはアグスさんの言っていた手がかりだ。
マウを助けられる、手がかりになるかも知れないから……!!
「早く行くっすよ!! イザホさん!!」
扉が開かれるとともに、アグスさんが飛び出して行く。
置いて行かれるわけにはいかない!!
ワタシも後に続く……
「イザホさん」
ロビーを走り抜ける途中で、ワタシは立ち止まった。
そして、扉の開かれた管理人室に目を向けた。
「……もうだいじょうぶ……なんですね」
マンション・ヴェルケーロシニの管理人さんが、安心した声で語りかけてくる。
「頑張ってください。いつでも、ワタクシはお待ちしておりますから」
……紋章が、安心感を感じた。
同じ紋章で作られた物という存在に励まされた……からかな。
「イザホさん!! 置いて行くっすよ!!」
玄関の窓ガラスの前で叫ぶアグスさんの元に、ワタシは急いで駆けつけた。
阿比咲クレストコーポレーションの本社であるビルの駐車場で、ワタシはアグスさんの車から降りる。
「……!? イザホちゃん……?」
先に来ていたであろうクライさんが、目を見開いてワタシを見ていた。
なんだか、初めてクライさんたちとともに紋章研究所に来た時を思い出しちゃうな。
「あ! クライさん!! お待たせしたっす!!」
「いや……アグスさん……どうして……イザホちゃんを……?」
心配そうな顔をするクライさんに、「イザホちゃんに来てもらわないで、どうするんっすか!」と気にすることもなく笑う。
「で、でも……イザホちゃんはフジマルさんも失って……それに……マウちゃんも……」
「あ……」
そこで初めて、アグスさんは心配そうな目でワタシを見る。
思わず、義眼を逸らしてしまう。胸の中に、またあの映像が再生されたから……
「だからこそ、来たんじゃねえか」
聞き覚えのある声とともに、入り口から現われたのは……
「愛する人のために、必死に悩み、助けることを決意する……その思いは誰にも止められないんですよ」
「ああ。ミス・コーウィンの言う通りだ」
ウェーブロングの整った顔つきで、ニットのセータとGパンの上に白衣というカジュアルなのか正装なのかよくわからない服装の男性。
その隣には、ナース服を着た二足歩行のトイプードル。
「!? ジュンさんにコーウィンさん!? 来ちゃったんっすか!?」
「どうも俺様は、たとえ病院のナースでなかろうと、愛し合うカップルの中をひきさぐヤツが大っ嫌いみたいなもんでね。マウの彼女さんなら、なおさらだ」
腕を組むジュンさんの隣で、コーウィンさんはクスクスと口に両手を当てて笑った。
「先生、昨日は1日中落ち着かなかったそうですよ。患者さんの前や他のナースの前でもボーッとしている先生、久しぶりに見ました」
「あ、いや、その……あのな……」
ジュンさんは頬をさくらんぼ色にして、頭をかき始めた。
「……すみませんっす。マウさんのこと……考えてあげられなくて。俺っちも、テイ先生を失ったというのに……不謹慎っすよね……」
申し訳なさそうにお辞儀をするアグスさんに、ワタシは首を振る。
もうだいじょうぶ。マウとは二度と会えない……そんなことは、決まってない。そのことに気がついたから。
「イザホちゃん……もうだいじょうぶ……なんだね?」
クライさんに対しても、うなずく。
それよりも、今は一刻も早く手がかりを知りたい。
ワタシは思わず、紋章研究所に向かって足を踏み出していた。
もう、走ってしまいたい……
「おっと。愛する者のために走り出そうとするやつは、マウの彼女さんだけじゃないぜ?」
ジュンさんの言葉とともに、入り口からもうひとり、人影がやって来た。
Tシャツとハーフパンツを身にまとった、目をボサボサの前髪で隠した服装の男性……
「えっと……どちらさまっすか……」
「彼は……ナルサさん……ですよ……」
クライさんの説明に、アグスさんは「フォア!?」とナルサさんの姿を3度見した。姿の紋章を使っていない状態のナルサさんを見るの……アグスさんは初めてなのかな?
それに答えるように、コーウィンさんは手の平でナルサさんを指す。
「ナルサさん……昨日からひとりで、アタシたちやクライさんの元で聞き回っていたんですよ」
「まったく、しつこいやつだったぜ。スイホとかいう刑事が本当に犯人だったのかを、何度も聞いてくるんだからな」
紋章ファッションデザイナーの……そして、マウをさらっていったスイホさんの恋人である……ナルサさん。
ナルサさんは、まっすぐワタシの目の前までやって来た。
「イザホさん……オレも行かせてくれ」