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第80話 追跡


 ワタシは、どうすればいいのか……わからなかった。


 フジマルさんの耳を、なぜナルサさんが?


 いやな予感が、胸の中で駆け巡る。




 ナルサさんの手の中にある、フジマルさんの耳。


 その付け根は、縁取りの形のように赤く染まっていた。




 耳を切り取られたのなら、人間の場合、そこから血液があふれ出す。


 人間は、一定の量の血液が失われることで死に至る。


 死に至る……




 そんなはずがない!


 フジマルさんは死ぬはずがない!!

 フジマルさんはずっとワタシたちとともに事件を追いかけていた!!

 フジマルさんはこれからも一緒に事件を追いかける!!

 フジマルさんは事件が終わった後も、また一緒に依頼を受ける!!

 フジマルさんは、これからもワタシたちに教えてくれる!!

 フジマルさんは……




「ねえ、ナルサさん……本当に、箱で渡されたんだね?」


 マウの言葉に、ワタシはわれに返った。


「……」


 ナルサさんは黙ったまま、慌ててうなずく。


「その黒いローブの人、どこかの方向に立ち去ったとか、わかる?」

「……たしか、オレと同じこのマンションの方向に……でも、足が異様に速くて……」


 マウは、冷静になってナルサさんに質問していた。

 こんなにもヒゲが震えていて、動揺しているのに……


「出会った場所は?」

「マンションから出て……右に曲った先の大通りに出るところ……」


 ……落ち着かなきゃ。

 マウだって動揺しているけど、自分を落ち着かせてナルサさんに当時のことを聞いている。


 ワタシは、胸に手を当てて、心を落ち着かせる。


 フジマルさんが死んだわけじゃない。フジマルさんが死ぬわけがない。




「イザホ、フジマルさんを探しに行こう!!」




 ワタシはうなずくと、スマホの紋章を取り出し、そこに文字を入力した。


「“まずは管理人さんに”? そっか! ナルサさんがマンションに帰る方向に向かったわけだから、マンションの前を通りかかった可能性があるんだ!」


 混乱してあちこちに眼球を動かしているナルサさんに、マウは向き合う。


「ナルサさん、今すぐスイホさんたちを呼んで! あと、渡された箱もすぐに取り出せるように準備をして!!」

「……わ……わかった!!」


 ナルサさんが立ち去る前に、ワタシは目の紋章とスマホの紋章でフジマルさんの耳を写真に撮っておいた。


 その後、ナルサさんは1003号室に、ワタシとマウはエレベーターへと駆けだした。














「たしかに、ワタクシはマンションの玄関の前も見ることはできますが……」


 1階の管理人室、管理人さんはワタシたちの話を、取り乱さずに聞いてくれた。


「先ほどまで、人影は見ませんでした」

「そっか……ありがとう」


 ワタシとマウは管理人室から立ち去ろうと出口の扉に手をかけた際、「イザホさんにマウさん」と管理人さんに呼び止められた。


「なにかわかったら、すぐに連絡ください。フジマルさんが無事であることを……」

「管理人さん……」


 マウが、思わず壁に埋め込んでいる管理人さんの人格の紋章に顔を向けた。




「そして……おふたりやナルサさんという、ワタクシの大切な住民を心配させた不届き者が、地獄に落ちることを、願っております」

「……そうだね。こんな目に合わせたやつらなんて、地獄に落ちてしまえばいい」


 ふたりとも、物騒なこと言っているけど……

 たしかに、フジマルさんの耳を千切り、届けてきた人物が許せない。なんだかワタシの胸の中で、さっきまでの混乱が感情的行動源へと姿を変えた。

 ……さすがにそんな言葉使いには、ならないけど。




「!! イザホさん!! マウさん!!」


 突然、ヴェルケーロシニさんが叫んだ。


「黒いローブの人影が……コインランドリーの前にッ!!」




 ワタシとマウは、答える暇もなかった。











 エントランスから飛び出すと、人影が左方向に走り去っているのが見えた。


「!! 待てっ!!」


 ワタシとマウは、人影を追いかけて駆け出す。




 曲がり角を曲りながら追跡をまこうとする人影を、見失うわけにはいかない。


 ワタシたちは足を止めるわけには、いかない。


 頼れる明かりは、ところどころにあるわずかな街灯のみ。


 それでも、懐中電灯を取り出す暇はなかった。


 夜目が聞くマウがワタシよりも先行して、奥へと走り去ろうとする人影の姿を捉え続けている。


 あの人影の正体を、知らなければならない。


 ワタシの胸の中では、まるでその言葉が支配しているようだった。




 ふと気がつくと、ワタシたちの後ろから、誰かが来ている気がした。


 ワタシたちを追いかけているの?


 いや、違う。その誰かは、ワタシの横に並んだ。




 前方の人影がまだいることを確認してから、横を見てみる。


 スイホさんだ。刑事のスイホさんだ!


 ワタシたちは、スイホさんとともに人影を追いかけて走り続けた……










「はあ……はあ……こ……こんなところで……見失うなんて……!」


 人影を見失って、スイホさんは地面に膝をつき、肩で息をしていた。


「スイホさん、だいじょうぶ?」

「ううん……ごめんなさい。こんな時に息切れしちゃって……」


 別にスイホさんのせいではない。その意味を込めて首を振る。

 最後の曲がり角を曲った後、突然人影が見えなくなったのだから。それまではスイホさんは、休む暇もなく一緒に人影を追いかけてくれた。


「ねえ、ここって……鳥羽差署だよね?」


 マウの言う通り、目の前には鳥羽差警察署が立っている。

 中に人はいないようで、窓はまっくらだった。


 顔を上げたスイホさんは、髪の毛に人差し指を巻き付けながら、立ち上がる。


「もしかして、中に入っているんじゃないかしら……?」











 中に入る必要はなかった。


 裏口から入ろうと建物を回り込んだ時、裏口の側に画用紙が置かれていたからだ。




「……きっと、相手はこの先ね」


 スイホさんは羊の紋章が埋め込まれた画用紙を見つめ、確信したようにうなずく。


「ねえスイホさん。他の警官たちは、マンション・ヴェルケーロシニに行っている感じ?」


 マウの問に、スイホさんは振り向く。


 瞬きを繰り返しながら。


「マンションで、なにかあったの?」

「聞いてないの!? ナルサさんが、通報したはずだけど……」




 マウがこれまでのことを話すと、スイホさんは髪の毛に人差し指を巻き付け、首をかしげた。


「通報は受けてないわよ? 私はたまたま黒いローブを着た人影を見つけて、追いかけただけ。他の警官は呼んでいないし……それに、ナルくんならまっさきに私に電話をかけるはずよ」


 思わず、マウと顔を合わせてしまった。


 もしかしてナルサさん……通報をしなかった?

 まだ動揺しているのかな……


「……そんなことよりも! 早くアイツを追いかけよう!!」

「フジマルさんの身が危ないのよね? わかったわ!! 私も一緒に行く!!」




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