目が覚めても、まだ1004号室の寝室はまっくらだった。
時計を確認すると、今は0時半。30分前に日付が変わったばかりだ。
窓を見てみると、あの日と同じ、満月が浮かんでいた。
きっと、あの満月の光に当たっていたから、あの時の夢を見たのかな。それとも、昨日まで見ていた夢の続きかな。
この街に来てから……初めて見る夢は……
すべて、ワタシの記憶から作られた、再現だ。
まるで、今までの出来事を確認しているかのように……
これから起こる出来事を受け入れられるために、過去を振り返っているように。
「ううん……イザホ……」
ワタシの隣では、パジャマ姿のマウが寝返りを打っていた。
マウも、ワタシの夢を見てくれているのかな……
そんなマウの体が、震え始めた。
「……助けて」
マウ……?
「助けて……ごめんなさい……許して……お願い……」
まるで、夢そのものにおびえているように……
マウは頭をかかえて、震えていた。
「もう何も言わない……全部……あなたが正しいから……ッ!!」
急にマウに振り向かれて、思わず背伸びをしちゃった。
「……イ……イザホ?」
マウは驚いているワタシの顔を見たのか、恥ずかしそうに顔を背けた。
「ご、ごめん……つい寝ぼけちゃって……」
マウ……どうしたの?
その意味をこめて首をかしげてみる。
「……」
マウはその答えを言葉で伝えようとしたけど、うまく言葉にできないみたいに黙っている。
怖い夢でも見たのかな。マウの頭をなでて、安心させてあげよう。
マウの頭をなでても、いつものマウとは違っていた。
目を細めてリラックスはしているけど……まるで、今までの出来事を振り返っているみたい。
「イザホ……本当に、あの時が懐かしいよね」
ふいに、マウが呟いた。
「ボクがイザホと出会った2年前……あの時はこんなにも、前に進もうって気持ちがわかなかったんだ」
……?
「あはは……いきなりどうしたのって話だよね……でも、本当に……ここまでふたりで危機を乗りこえてさ……成長……したんだって思っちゃって」
マウはその場で伸びをすると、上半身を起こした。
「ふーっ。サバトでリズさんに反論されたのがショックだったのかなあ……さっきは夢の中とはいえ、心配をかけてごめんね」
……そっか。それなら、だいじょうぶだよね。
「だいじょうぶ。ボクには、イザホがいるもんね!」
本当のことは、言っていない。
マウは、ウソをついている。
マウの目は、いつもと変わらない、ウサギの目。
そんな目の奥に、曇りを感じた。マウがワタシの顔から感情を読み取るように、ワタシはマウの戸惑いを感じ取ることができた。
その時、耳元からピピッと音が響いた。
「あれ? こんな時に無線の紋章?」
マウは耳の付け根に埋め込んだ無線の紋章に触れて、応答できるように準備をする。
ワタシも右耳の耳たぶに触れて、無線の紋章を起動させよう。
無線の紋章に触れても、しばらくはなにも聞こえてこなかった。
「ねえ……フジマルさん?」
マウが問いかけて、ようやく相手の息づかいが聞こえてきた。
「どうしたの?」
「……」
相手は息を整えて、ようやく言葉を発した。
「イザホさんに……マウさん……?」
その声は、隣の1003号室の住民、ナルサさんだった。
「……もしかして、ナルサさん?」
「……あ……ああ……」
ナルサさんは、恐れているような声を出した後、そのまま無線を切ってしまった。
「どうしたんだろう……こんな時期にかけてくるなんて……ナルサさん……」
マウは首をかしげながら、耳から手を離した。
「……ナルサさん!?」
そして、違和感を感じたように、ワタシの顔を見た。
「ね……ねえ、イザホ。ナルサさんとは、電話番号とか一切交換してないよね!?」
たしかにそのはずだと、マウに向かってうなずく。
そして、無線の紋章はアプリに登録した対象だけにしかつながらないため、電話したことのない相手からかかってくることは、まれだけど……
!
そんな中、ワタシは思わず無線の紋章が埋め込まれている耳たぶに触れ直した。
ナルサさんの荒い息づかいが、聞こえてくる。
この無線の紋章は……耳付近に埋め込むはずなのでは……!?
玄関から、チャイムの音が聞こえてきた。
「あ……ああ……イザホさん……マウさん……」
玄関の扉を開くと、Tシャツとハーフパンツを身にまとった、目をボサボサの前髪で隠した男性が立っていた。
「……」
マウは、その男性……ナルサさんが持っているものを見て、後ずさりをする。
「外出から帰る途中……黒いローブの人に箱を渡されて……」
ワタシは、認めたくなかった。
いや、決して認めない。
「その箱を開けると……これが……」
だけど、ナルサさんが持っているものは、認めざるを得なかった。
「オレ……どうすれば……いい……!?」
ナルサさんの手にあったのは、フジマルさんの耳。
その親指が触れるフジマルさんの耳たぶには、無線の紋章が青く光っていた。