ワタシとマウ、フジマルさんは、サバトから瓜亜探偵事務所へと戻ってきた。
「あれ、もう夜になってる」
真っ暗な事務所を見渡して、マウはまばたきを繰り返していた。
「サバトは現実の世界と時間が反転していたからな! たしかスイッチは……ああ、ここだ」
フジマルさんの声とともに、事務所は明かりに照らされる。
さっき朝日を見たばかりだから、ワタシの体に埋め込んだ紋章に違和感が……体内時計が狂うような違和感を感じている。
「さて……明日のことについてだが、ふたりは疲れていると思うし、明日にするか?」
「フジマルさん、ボクは今日聞いておきたいな。また昨日みたいに、情報が渡されないまま行方をくらまされたら困るもん」
こちらを見るマウに、ワタシもうなずく。
マウに賛成だよ。そう言うように。
「そうだな……よし! もう白状しよう!! ふたりとも、席についてくれ」
フジマルさんに促されて、ワタシたちはアームソファーに腰掛けた。
「先に言うと……この事件で暗躍している仮面の人物たちは、互いに正体を知らない……はずだ」
フジマルさんは、テーブルの上に仮面を置いた。
仮面の人間が被っていた、白い仮面だ。
「それって……仲間同士でも仮面をつけてるってこと? でも、テツヤさんは……」
「ああ。テツヤの場合、証拠を落としたことによって粛正されたと言ってもいい。仮面を脱いだ状態でジュンを襲わせたのは、最初からテツヤを処理するためだと考えられる」
テツヤさんが証拠を落とした……
それは、きっと紋章研究所の裏側の世界……時計塔の中での出来事かな。
あの場所で拾った、筆箱。
後日、スイホさんたちによってその持ち主が小学生のアンさんのものであったことが判明した。担当するクラスが違えど、同じ学校の人物までに絞り込まれてしまうことは十分想定できる。
「ただ、犯人側に潜り込んで、なにも手がかりが見つからなかった……ということはなかった」
次にフジマルさんは、スマホの紋章に文章を写した。
「今、わかっていることは……このふたつだ!」
・死体には、必ず1つの部位が失われている
・マンション・ヴェルケーロシニでの裏側の世界の出来事で、実行犯を絞りこむことができる
「まずはひとつめだ。これはふたりも、なんとなくわかるな?」
フジマルさんにたずねられて、ワタシは胸に手を当てて考えてみた。
3人目の犠牲者……テツヤさんは殺されてインパーソナルにされた時……
たしか、立つことができずに、飛びかかって襲いかかってきたはずだ。
その理由は……
「テツヤさん、たしか右足を切り落とされていたよね。だから立ち上がることができずに、飛びかかっていた」
「そうだ! それなら、2人目のテイはどうだった?」
マウは腕を組み、やがてゆっくりと首を傾けていく。
「テイさんは……あれ……インパーソナルになった時は五体満足だった……よね? イザホ」
たしかにマウの言う通り、裏側の世界の時計塔で襲ってきた時のテイさんは、体のパーツに欠損はない……
そう決めつけようとした考えを、胸の中から振り落とすように首を振る。
そしてすぐに自分のスマホの紋章を起動させ、文字を入力する。
今日の朝、サバトに向かう前にワタシたちは鳥羽差署に向かった。
テイさんの死体が、鳥羽差署の前で見つかったことでだ。
そこで見た、テイさんの死体は……
“今日のテイさんの死体には、左足がなかった”
「! そういえばそうだった……あ!!」
ワタシがマウにスマホの紋章を見せると、マウはなにか思い出したように耳を立ち上げた。
「ねえイザホ、廃虚になっている旧紋章研究所……そこからつながっている裏側の世界でさ……テイさん、義足していなかった!?」
胸に手を当てて、思い出してみる。
ワタシにも、心辺りがあった。
炎に囲まれて、パニックになっていたけど……あの時襲ってきたテイさんのインパーソナルの左足は、銀色と赤色が混じったような色をしていた……ような気がする。
「正解だ! イザホ!! マウ!! ちなみに、あの後死体は黒魔術団で回収して少しだけ調べさせてもらった。その際、義足はサバトで作られた物を使っていたから、死体を帰す前に回収させてもらったがな!」
「それで鳥羽差署の前では義足がなかったんだ……って!! それじゃあなんで鳥羽差署の前なんかに捨てるの!?」
マウの指摘に、フジマルさんはウインクした。
「サバトにイザホとマウを連れて行ってもらう際、刑事であるスイホたちと一緒に来られては困るからな! 距離を離す必要があったんだ!」
そして……1人目の犠牲者である、ウアさん。
初めて出会った時、ホウリさんと同じように五体満足だったけど……
ワタシが頭部を蹴っ飛ばした後、次に裏側の世界で遭遇した時は頭部がなくなったままだった。
「……なんだか、10年前の事件みたい」
マウが吐き出すように、声を出す。
「今までも10年前の事件のような感じだったけど……死体から部位がなくなっていることを考えると、それがより濃く感じる……」
「ああ。10年前の事件と違う点は……」
ワタシとマウは、フジマルさんとしっかり目を合わせた。
10年前の事件は、被害者のそれぞれのひとつの部位だけを残して、消えてしまった。
「それに対して、この事件では……!!」
「“被害者のひとつの部位だけが消えて”、後は残っている……そうだよね、フジマルさん?」
真剣な表情だったフジマルさんは、顔の筋肉を緩めた。
「その通りだ! そしてその考えでいくと、ヤツはあと3人殺そうとしている!!」
「頭部、左足、右足と来て……あとは胴体、右手、左手ってことだね。もう折り返し地点まで来ていたなんて……」
頭を抱えるマウに対して、「いや! まだ間に合う!!」とフジマルさんは叫ぶ。
「これ以上、紋章を永遠に埋め込まれるような苦痛を他者に与えるわけにはいかない! このフジマルが生きている限りな!! だからイザホにマウ! これからも私に力を貸してくれ!!」
ワタシはマウと一緒に、うなずいた。
マウは一息ついて、手を挙げる。
「ねえ、それじゃあもうひとつの……“マンション・ヴェルケーロシニでの裏側の世界の出来事で、実行犯を絞りこむことができる”。これどういうこと?」
マウがたずねると、フジマルさんは「ああ」とうなずく。
「ふたりとも、我々がハナを尾行し、ヴェルケーロシニに部外者だと引っ捕らえられたことは覚えているか?」
たしか、ワタシたちが引っ越してきてから初日の出来事だ。
あの時はみんなで変装したままマンションに足を踏み入れたせいで、管理人さんに捕まったんだっけ……
「それが、どうしたの?」
「マンション・ヴェルケーロシニは、紋章によって人格を与えられた本人自身によって管理されている。それによって、住民の部屋以外の場所は自由に見ることができるんだ」
マウはしばらくの間、まだたきを繰り返す様子をフジマルさんに見せた。
「マウ、もしも仮に、君があのマンションに泥棒として侵入するなら、どうやって侵入できる?」
「侵入!? そんなの、できるわけないよ! だってどこから入ったって、管理人さんに見つかるってこと……」
そこまで言って、マウは目を見開きながらのど元の紋章に手を当てた。
「そう! 不可能だ!! 住民の部屋に潜り込まない限りな!!」
ワタシは、ハナさんの住む1002号室から裏側の世界に引きずり込まれたことを思い出す。
あの時の裏側の世界の入り口は……部屋の隅に置かれた、画用紙。
その画用紙さえ部屋に送り込むことができれば、ハナさんを裏側の世界に誘うことだって簡単だ。
「そして……実は前から勘づいていたのだが……イザホたちが疑心暗鬼で新生活を送ることを懸念して、話せなかったのだが……」
フジマルさんは首筋を人差し指でなでて、ワタシたちの目を見る。
「その人物は、マンション・ヴェルケーロシニの住民の可能性が大きい」
マンション・ヴェルケーロシニの住民……
その中の誰かが、1002号室に画用紙を送ったってことなの?
「ハナさんのポストに、画用紙を送るってことはないの?」
「いや、ヴェルケーロシニはポストに入ったものを確認することができる。さすがにプライバシーの都合上中身を見ることはないが……スイホに聞いたところ、あの画用紙にシワはひとつもなかった。たとえ包装紙で包んだとしても紋章の光で異変に気づくだろう」
マウはニヤリと笑うように、鼻をぷすぷすと動かす。
「それに、管理人さんも黒魔術団のひとりだもんね」
「ああ! 鋭い勘だぞ! マウ!!」
今朝、ワタシたちがサバトに向かう際、管理人さんからもサバトについての注意点を話されていた。リズさん――管理人さんにとっては、“あのお方”――のことも知っていたから、黒魔術団の一員であると考えられる。
黒魔術団の一員である管理人さんなら、羊の紋章のことも聞いているだろう。
「それじゃあ……まだその人物が誰なのかはわからないの?」
「いや! 実はほとんど絞り込めている!! あとは確実にその人物であるという証拠を見つけるだけだ! そこは私に任せてくれ!!」
立ち上がったフジマルさんに、マウは「ちょ、ちょっと!?」と驚いてソファーから飛び降りる。
「フジマルさん! 休んだほうがいいって!! 相手にバレているんでしょ!?」
「問題ない! その証拠は、サバトにあるはずだ! それに、他の黒魔術団の一員とともに調査を行うことになっている!」
たしかに、黒魔術団と一緒なら襲われにくそうだけど……
「イザホとマウ! 明日、この事務所で落ち合おう!! そして、その人物に問い詰めるぞ!!」
自信満々に言っているフジマルさんを見ていると……
なんだか……
「……なんだか、フジマルさんならだいじょうぶなような気がするね。イザホ」
ワタシは、マウと一緒にうなずいた。
ワタシたちが事務所から出る際に、念のためにと、フジマルさんから事務所の鍵をもらった。
その後、ワタシとマウは移動用ホウキでマンション・ヴェルケーロシニにたどり着いた。
このマンション・ヴェルケーロシニに、仮面の人間が住んでいるのかもしれない。
引っ越して来たばかりのころにそのことを聞くと、誰かを仮面の人間として見ていたかもしれない。
ホウリさんの父親に詰め寄りすぎた、クライさんの父親のように。
だけど、今はその心配はない。
心構えは、もうできているのだから。
1004号室の寝室で、ワタシはマウとともに、眠りに落ちた。