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第77話 川をまたぐ処刑台





「戻ってきたか! イザホ!! マウ!!」


 マウと一緒に塔から出てくると、フジマルさんが出迎えてくれた。

 着替えたのか、服装はいつも通りの黄色のタンクトップの上に緑色のモッズコートになっている。


 ……そういえば、ホウリさんとシープルさんの姿が見えない。

 ワタシがふたりを探して見渡すと、フジマルさんは「心配する必要はない!」と白い歯を見せた。


「シープルとホウリは例の彼……下水道でイザホたちを襲った彼を連行している! シープルの気遣いで、我々は先に帰っていいそうだ!」


 なんだか、元気なフジマルさんを見るの……久しぶりな気がする。再会したばかりの時は、今まで犠牲になってしまったウアさんたちのことで、落ち込んでいたから……

 そんなフジマルさんと会話ができると思うと……どうしてだろう。こんなに嬉しい気持ちになるなんて。


 だけど、マウは笑顔を見せなかった。


「……マウ、どうしたんだ?」


 まばたきを繰り返すフジマルさんにたずねられて、マウは「ううん、なんでもない!」と首を振った。


 そういえば……塔を降りるまで、ずっとマウは元気がなくなっていた。

 まるで、自分が言っていた言葉に対して後悔しているみたいに……たしかにリズさんの言葉通りだけど、マウは間違ったことは言っていないと思うのに……


「それよりもさ、フジマルさん。明日、どうすればいいか聞かせてよ」

「マウ、慌てなくてもいい! まずはゆっくりと、帰り道のサバトの光景を目に焼き付けるんだ!」


 そう言いながら、フジマルさんは近くのバスに目を向けた。












 ワタシたちを乗せたバスは、市街地のバス亭で止まった。


 フジマルさんは「ここから少し移動するぞ」とバックパックの紋章から移動用ホウキを取り出した。


「どこにいくの? フジマルさん」

「サバトに来たら、やはりあの場所には行くべきだ! 時間がないから、早めに行くぞ!」




 レンガの立ち並ぶ中世の街並みを、ワタシたちは移動用ホウキで疾走していく。


 ふと、向こう側から同じように移動用ホウキで通過する人影が現われる。


 その人影は、フジマルさんの顔を見ると、まるで緊張するように肩を上げた。


 それに対して、フジマルさんは気さくに手を挙げた。




「フジマルさん、顔、広いの?」

「ああ! 先ほどの彼は私が10代のころからの付き合いだ! お店に迷惑をかけたから、少しばかり説教をしたのが初めての出会いだったな!」


 マウは、チラリと先ほどの人影を見た。


「……にしては、ずいぶんなおびえようだけど」


 フジマルさんは変わらない笑顔で、笑った。




「イザホにマウ! どうだこのサバトは!! 最初は戸惑うが、いいところだろう!!」


 民家が少なくなってきたころ、フジマルさんが聞いてきた。


「うん。法律が通用しないところや下水道で見た景色とか……ちょっとおっかないところはあるけど、独特な雰囲気は悪くないかも」


 ワタシも、マウと同じ意見だった。

 リズさんのいる塔に向かう途中で見た市場の活気は……本物だと、ワタシは思う。まるで、縛りの違いのおかげで、鳥羽差市とは違った発展を遂げたように。


 それに、ホウリさんに教えてもらった“魔女の祝祭”と呼ばれる祭りには……興味がある。


 紋章で生み出された、死体という名フランケンシュタイン作り物かいぶつであるワタシ。だからこそ、紋章の技術を活用していたと言われている“魔女”に興味を持っているのかもしれない。


 このサバトには、魔女の歴史が感じられる。


 紋章に埋め込まれた魔力が、本能的にそう訴えているようだった。




 目の前に、大きな橋が現われた。

 その橋は川を横切っており、ワタシたちはその橋の上を通っていく。


「でも1番驚いたのが、シープルさんやホウリさんの性格が急変したことかなあ……」


 マウが思い返すように、目を細めながらつぶやく。

 それに対してフジマルさんは豪快に笑う。


「このサバトでは、性格が大きく変わる者も珍しくないな! 私のちょっとダークな正体も、意外と思うだろう!!」

「いや、思ったよりいつものフジマルさんだったよ?」

「……」


 しょんぼりと顔を下に向けるフジマルさん。


 それを見たマウは……笑った。


 ワタシも、デニムマスクの下で笑みを浮かべていた。


 フジマルさんからも次第に笑い声が聞こえ始め、顔を上に向けて大きな口で笑った。




 鳥羽差市の裏側であるサバトの中で、


 ワタシたちは思いっきり、笑った。










「ついたぞ! ここだ!!」


 ワタシたちがたどり着いた場所は……墓地。


 懐中電灯を取り出して見えたものは、大きな十字架が刺された墓。それが一面に並んでいる。


 ただ、おかしいのは……

 どの十字架も、どこかに傾いていることだ。


「フジマルさん、この墓……荒らされているんじゃない?」


 マウが墓を見渡しながら首をかしげるのに対して、フジマルさんは「いや! もともとからこの傾きだ!!」と墓から別の物に目を向けた。




 それは、台に乗った、ひとつの柱。


 墓よりも高く伸びたその柱には、縄が巻かれていた。


 まるで、その縄は人間を巻き付けるためにあるように。


 足元には、燃えやすそうな枯れ草が集められていた。



「なんだか……魔女狩りの処刑場みたいだ」


 つぶやくマウにワタシが顔を向けていると、


 誰かの手が、ワタシの肩に乗せられた。


「イザホ、あの柱の側に立ってみてくれ」


 いつの間にか後ろに立っていたフジマルさんに促されて、ワタシは台の上に上がることにした。




 柱を背にすると、目の前に広がったのは……川。

 夜なのに、まるで星のような輝きが複数見えている。


 向こうには、レンガ造りの建物、森、


 そして、高くそびえ立つ塔が目に入っている。


 こんな真夜中であるというのに、明かりはまったく消える気配はなかった。

 まるで、夜更かしをしているように。




「そろそろだ! ふたりとも、川を見るんだ!」




 フジマルさんの声とともに、川の上にワタシたちは目を向けた。




 川の色が、赤く染まっていく。




 それとともに、1本の柱の影が現われ、


 向こう岸まで、伸びていく。




 しばらくすると、柱の影の根元から、なにかが生えてきた。




「!! お墓の……影が!!」




 十字架だ。


 方向の違う十字架が、影の柱に集まるように伸びているんだ。




 やがて、柱の影は向こう岸まで届いた。




 ワタシは、試しに両手を横に伸ばしてみた。

 左右で長さの違う、ワタシの両手を。




 すると柱は、片方だけかけた、いびつな十字架になった。




 それでも、しっかり向こう岸に届いている。




 十字架たちに支えられて、決して折れることはなさそうだ。




「……この景色、幼いころ……アイツとよく見た物だ」




 フジマルさんが、懐かしそうにその影を眺めていた。




「物心がついた時に親がおらず、サバトの児童養護施設で暮らしていた私は……彼女とよく遊んでいた。サバトから鳥羽差市へ居住する女性に養子として引き取られた後も、よく残された彼女の元に戻っていた」


 川の前にある手すりに歩み寄り、フジマルさんはその手すりをつかむ。


「彼女はこの景色が好きだった……その柱のそばに立っていると、多くの墓……多くの人たちから影響を受けて、向こう岸まで成長できる……と……」


 顔を上げ、「ふふっ」と笑うフジマルさん。




「そんな彼女は、サバトを愛し、見たことのない鳥羽差市も愛していた」




 川では、ほんのわずかに波紋が広がったような気がする。


「イザホ……私の義母の葬式で初めて会った時……その顔を見た私は、思わず彼女と重ね合わせてしまった。10年前、軽い気持ちで誘ったせいで、命を落とした彼女に……」


 くるりと、フジマルさんはこちらを見た。


 そして、急いで目元を腕でぬくう。


「この景色……イザホは気に入ってくれたか?」




 ワタシは、うなずいた。


 あの日、燃やされる遺体に自分を重ね合わせてしまったように、


 ワタシの影に自分を重ねて、まるで向こう岸まで届いたような実感……


 そんな不思議で、だけど不快ではない感覚が、感じられるからだ。




「そしてマウ! 一度の失敗でへこたれるな!! その失敗はこの十字架となり、柱を支えているのだからな!!」




 フジマルさんに人差し指を向けられたマウはほっぺを赤くした。


「……どうしてわかったの?」

「勘だ!! どんな失敗をしたのかは知らないが、あの時の顔は失敗で落ち込んでいた表情だったからな!!」




 マウは恥ずかしそうに、顔を背けて。




 プウプウと、鼻を鳴らした。











 このサバトから瓜亜探偵事務所に戻った後も、


 処刑台から伸びた影が、胸の中に残っていた。



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