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第74話 存在しない血液





 シープルさんは、移動用のバスを確保してくれていた。

 これに乗って、目的地……“あの方”と呼ばれる人物の元に向かうらしい。




「わーい、貸し切りだー! なーんてね」


 バスの中に飛び乗ったマウは、鼻をプウプウと動かして冗談を言う。


 バスの中はワタシたちをのぞいて、誰もいなかった。

 運転手がいないことは、自動運転の車を普段からよく見るワタシにとっては驚くことはなかったけど……やっぱり、乗客がひとりもいない貸し切り状態って、新鮮な気持ちだ。


 フジマルさんは抱えていたワタシを1番後ろの席に座らせてくれた。


「よし! イザホ、具合はどうだ?」


 小さな右手を上げて、フジマルさんに問題ないことを伝えよう。


「フジマル、なるべく早く目的の場所に向かいたいが……移動中に治療を行っても、問題はないな?」

「ああ! 普通の人間なら、動いている車内での治療は危険な場合があるが……イザホの場合は問題ないだろう!」


 フジマルさんから説明を聞いたシープルさんは「わかった」と答え、前の席に向かった。ハンドルの紋章に、目的地を設定してきてくれるのかな?




 シープルさんが戻ってくるとともに、ホウリさん、マウ、フジマルさんも1番後ろの席に座る。


 1番後ろの席の1番右にワタシは座っていて、その後マウ、ホウリさん、フジマルさん、シープルさんと続く。




 男性を背負ったバフォメットだけは、ワタシたちから離れていて、


 運転席に近い、前の席に座っていた。





「それでは、包帯を巻きますね」

「あ! ボクも手伝う!!」


 ホウリさんとマウがバックパックの紋章から包帯を取り出したころ、バスが動き出す。


「それじゃあ、イザホさん。服を……」「……」


 ……?

 ホウリさんとマウ、包帯を持ったまま固まって、どうしたの?


 よく見ると、ふたりは左側の席に座っているフジマルさんとシープルさんに顔を向けていた。

 フジマルさんとシープルさんは、なにも意識していないようにワタシを見ているだけだけど……




「フジマルさん、シープルさん」「失礼だよ!!」

「「ハッ!!」」




 なぜかフジマルさんとシープルさんは、反対側の窓側に顔を向けた。


 ……どうしてワタシを見ることが、失礼になるんだろう?











 その後、ホウリさんとマウが協力して、ワタシの体に治療の紋章が埋め込まれた包帯を巻いてくれた。

 あとは折れた骨が元通りになるまで、安静にすればいいかな。数分で治るとは思えないけど。


 ワタシが脱いだ服を着て、しばらくするとフジマルさんが大きくため息をついた。

 膝に手を当てて、まぶたを閉じているその姿は、胸の底にたまったものを吐き出そうとしているようだ。

 ……フジマルさんは人間だから、脳の底にたまったものかもしれない。


「……そろそろ、話さないとな」

「うん。ボクはまず、フジマルさんがそのローブを着ている理由を教えてほしいな」


 マウの言葉に、フジマルさんは天井に顔を向ける。




「ああ……このサバトでの私は、シープルやホウリと同じ、黒魔術団の一員だ。そして、我々はイザホたちが鳥羽差市に来る前から、この事件を追っていたのだ」











 事の始まりは、サバトの元締めが管理していた紋章だった。




 研究を重ね、ようやく実用化まで駆けつけた紋章。

 その紋章を埋め込む際に使う焼き印が、何者かによって盗まれた。


 フジマルさんたちは、その紋章の行方を捜し、サバトを駆け巡った。

 しかし、そこからわかったことは……元締め直属の黒魔術団と敵対する黒魔術団が怪しい。ただそれだけだった。




「そこにやってきたのが、イザホとマウだ」




 フジマルさんは、最初はワタシとマウに、この件とは関わりのない事件を任すつもりだった。任せている間に、自分はサバトでの件を片付ける……そういう計画だったみたい。


 ワタシたちが喫茶店セイラムで裏側の世界に引きずり込まれ、ウアさんのインパーソナルに襲われた話を聞くまでは……




「フジマルさんたち黒魔術団が探していた紋章……ボク、わかるよ。ボクたちが今まで羊の紋章と呼んでいた、サバトの紋章の偽物でしょ?」


 マウの言葉に、フジマルさんは「その通りだ」と答える。


「その紋章については、“あのお方”から聞くのが1番だろう!」

「ボク的には、“あのお方”も気になるんだけどなあ……」


 フジマルさんは1度深呼吸をすると、ワタシたちに顔を向ける。


「そして……これが重要なのだが……」


 ワタシとマウが振り向くと、フジマルさんは静かにまぶたを閉じた。




「……私は、今回の事件の犯人に加担していた。そのことは、間違いない。」




 スマホの紋章によるモニターをワタシたちに見せる。


 それは、ローブを着た人形がイスに座っている写真。

 その人形は左手を耳に当てていて、右手で目元を隠している。まるで、見たくないものを見てしまい、それでもなお誰かに知らせているように。

 昨日、裏側の世界の病院……その地下室の牢獄ろうごくで、ワタシたちが見た人形のひとつだ。


「……この人形が表わしている、仮面の人間……それが、フジマルさんだったの?」


 フジマルさんは、ゆっくりとうなずいた。














 ワタシたちが引っ越してくる前……

 サバトでの捜索の中で、フジマルさんは紋章を大量に買い取ったという男性のウワサを聞き、その男性の尾行を始めた。

 その時は仮面を被っていたから正体はわからなかったけど、その人物がテツヤさんで間違いないと思う。


 その男性が持っていた黒い本から、羊の紋章で裏側の世界に向かったのを目撃したフジマルさんは、後を追いかける。




 ところが、その男性の仲間に見つかってしまった。男性とその仲間は、黒いローブを来て仮面をつけていた。

 死を覚悟するフジマルさんだったけど、男性は黒いローブと仮面、そして1枚のメモ用紙を渡してきた。


 “我々の仲間として、この景色を撮れ”。


 その景色は……真っ黒に塗られた人形。

 男性とその仲間はナイフを取り出し、胸にナイフを突き立てた。


 その様子を、フジマルさんはスマホの紋章で動画を撮った。

 そして、仲間になることを条件に命を助けてもらう……そう仮面の人間から提案された。




 フジマルさんはこの仮面の人間の提案に乗った。


 相手に利用されるためではなく、盗まれた紋章の行方を探るために。




 裏側の世界に小物やワナを飾る際に、フジマルさんは誰にも見つからない場所にサバトの紋章を埋め込んだ。

 仲間の黒魔術団が、調査できるように。


「……まさかあのバフォメットが、黒魔術団の隠された一員だったとは思わなかったけどな」


 今まで裏側の世界で現われた、バフォメット……

 彼は開通したサバトの紋章を介して、フジマルさんとは別行動で調査を行っていた。学校の裏側の世界でフジマルさんを襲ったのは、それまで話を聞いていなかったフジマルさんが先に攻撃したことからの勘違いらしい。








「……おふたりに言っておきます。フジマルさんは、この事件の殺人にはほとんど関与していません」


 話が一段落ついたころ、ホウリさんとシープルさんが口を挟んだ。


「フジマルさんが関与できた裏側の世界は、学校と病院、そして10年前の事件を再現した森だけです」

「それ以外の裏側の世界は、担当外……しかも、ウアという女子中学生が既に殺されていたこと、紋章研究所の所長の殺害計画はまったく聞かされていなかった……」


 それなら、ウアさんと紋章研究所の所長のテイさんが殺されたことには、まったく関与できなかったってことかな?


「……らしいな? フジマル」


 シープルさんが腕を組みながら顔を向けると、フジマルさんは首を振りながらうつむいた。


「……それでも、私が彼らを救えなかったことには間違いない。特にテツヤは……私が裏側の世界へと引き込んだ後に、すぐに助けに行くことができれば……引きずられる前に……もうひとりの仮面の人間が来る前に、テツヤを救って手当てができれば……」




 背中を曲げるフジマルさんの姿は、後悔を表わしていた。


 両手で目と頬を多い、ゆっくりとアゴまで動かす。

 まるで、血液を顔へと塗りつけるように。


 だけど、実際に血液はついていない。

 本来存在しない、罪という名の血液を、フジマルさんはそれが存在していると思い込んでいる。

 真剣に、だけど、悲しむような眉間のシワが、そう主張しているようだった。




 ワタシからは……マウからは……きっと、ホウリさんやシープルさんも、言えないはずだ。


 フジマルさんのせいだ……とは言えないはずだ。


 ウアさんは既に殺害されていたから、手の施しようがない。

 紋章研究所のテイさんについては、フジマルさんには知らされていない、想定外の出来事だった。


 テツヤさんに関しては……

 テツヤさんを置いて車を発進させると見せかけて、テツヤさんを裏側の世界に引きずり込んだ仮面の人間……その正体がフジマルさんだとしたら、間に合う可能性は低い。どこかに車を置いた後、裏側の世界に向かう必要があったからだ。


 いくらでも、間に合わなかった理由は思いつくのに。

 逆に、ここからテツヤさんを救うことなんて、奇跡に近いのに。


 それでも、フジマルさんは……存在しない血液を顔に塗りつけていた。




 ワタシには、理解できなかった。





 その時、シープルさんは窓に顔を向け、「近づいてきたぞ」と声を出す。




「フジマル、自分自身の傷をなめるのは後にしろ。このふたり……“イザホ”と“マウ”を、あのお方の元まで案内するぞ」











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