目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第70話 下水の中の一室






 猟銃をこちらに向け、ワタシの頭部と同じ顔を持つ少女は弾を込めた!!


「ボーッとするな!! 逃げるぞ!!」

「!!」


 下水に沈んだホウリさんを見ていたマウは、シープルさんの声を聞いて耳を立てた。




 前へと走り出したシープルさんを追いかけて、ワタシたちも遅れないように走る!


 対して少女は……下水を挟んだ向こう側の通路を、こちらに猟銃を向け続けながら走っている!




 ワタシの後ろから、壁に銃弾が撃ち込まれる音……ッ!


「ああああああ」

「もうやめてくれええ!!」

「なにが起きているんだ!?」

「へへあへはへへえへあ」


 下水の底の紋章たちは、おびえて悲鳴を上げる。

 きっと、音を聞き取る紋章もどこかに埋め込まれているんだ。それが答えかどうかは、考えている暇はない。




 向こう側の通路を走る少女を見てみる。


 肩まで伸びた白髪のストレートロング。その前髪は、右目を隠す。目の中には、紋章は埋め込まれていない。義眼ではなく、生きた眼球だ。

 そして小柄な体形と細い手足に見合わない……大きな黒いコート。


 あれが、ワタシの頭部の持ち主であった、身元不明の少女の姿なのかな?

 だけど……その少女は死んでいるはず。だから、ワタシの頭部になっている。


 シープルさんが民家で推測していたとおり、姿の紋章を使っているのかな。

 その動かぬ証拠が……右の頬に埋め込まれている、Tシャツの形をした紋章だ。




「! しまった!!」




 前方の通路は、途中でふさがれていた。


 下水を食い止める、レンガの壁によって。


 そばにあるのは、壁際に設置された二重丸の形をした紋章だけだ。




「……!? 待って! 後ろもヤバイ!!」


 マウの叫びを聞いて、振り返る。


「あいつら、いつの間に増えたの!?」


 そこにいたのは、白髪の少女……その後ろに、黒いローブを着た人影が3人立っていた!!

 ローブの人物はみんなフードを下ろしており、髪の毛の生えていない、マネキンの頭部を出している。


 全員、ワタシに向けて猟銃を構えている……!!




 その時、ブザーの音が鳴り響いた。




 壁を見てみると、シープルさんが飛び上がって、壁に埋め込まれていた紋章に触れた!

 その二重丸の形をした紋章は、スイッチの紋章。その紋章に触れると、近くに埋め込まれた紋章の効果が発動する……




 目の前のレンガの壁が、崩れ初めて……




 奥の暗闇に向かって、下水が流れていく!!




「いちかばちかだ!!」

「え!?」


 シープルさんはマウの胸倉をつかむと……!




「――わああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」




 暗闇に向かって流れていく、下水に投げ飛ばした!!




「イザホ!! おまえも飛べっ!!」




 シープルさんの叫ぶころには、ワタシも下水に飛び込んでいた!


 空中でくるくる回るマウを受け止めて、下水に入水する!




 ワタシたちの体は、音を立てて下水に沈んだ。


 同じ音が、後ろから聞こえる。




 濁った下水の中でも、その状況を把握はできた。




 滑り台のように、ワタシたちは滑り落ちているんだ。












「げほっ……げほっ……まったく、ひどい目にあったよ……」


 落ちた先で、マウを抱えたまま足場をよじ登り、今は一息ついている。


 バックパックの紋章から懐中電灯を取り出してみると、相変わらず見えるのは下水。

 だけど下水の幅が広がっていて、ワタシたちがいる足場以外には、通路は存在しない。それに、多くのゴミが見えている。


 ワタシたちのいる足場にあるのは、照明と1枚の扉だけ。

 この足場は、この扉に出入りするためだけにあるようだ。


「ほんと、しっけ、いやー」


 下水でぬれたマウはタキシードに付着したゴミを取りながら、ボサボサになった毛を振るわせていた。




「……あれ? そういえば、シープルさんは?」




 マウの言葉に、ワタシは下水のより広い範囲に懐中電灯を照らしてみた。


 ……シープルさんの姿は、どこにもなかった。













 ひとまず、目の前の扉を開けて、部屋の中に入ろう。


 その部屋の中には、中央にパイプテーブルとパイプイス。ワタシたちが入ってきた扉とは反対方向にあるもう一枚の扉、その周りの壁際に設置された、多数の機械……


「ここは……整備室かな?」


 マウはバックパックの紋章から取り出したタオルで体を拭きながら、辺りを見渡している。

 整備室っていったら、この下水を管理するのかな? 機械の知識は、胸に埋め込んだ知能の紋章には存在しないから、下手につつかないほうがよさそうだけど。


「シープルさん、無事だといいけど……」


 心配そうにしているマウの肩に触れて、パイプイスに指をさそう。


「……イザホ、ここで待つの?」


 うん。下手に動くと、危ないからね。




 ワタシがパイプイスに腰掛けると、マウがタオルを差し出してくれた。

 そういえば、ワタシも下水でぬれちゃったんだっけ……おじぎをしてタオルを受け取って、パーカーから水滴やゴミを拭き取ろう。


「……ん? ねえイザホ……なにか本のようなものが置かれているよ?」


 マウがテーブルを指さした。

 この部屋の機械に目を奪われていたけど、たしかに本のようなものが置かれている……




 その本……いや、ノートを手に取ってみる。表紙には、“絵日記”と書かれていた。

 日記って……たしか、その日に起きた出来事を書いておくノートだよね。そして、絵日記は……その日記の上のスペースに、絵を書けるものだ。


「こんなところに絵日記を持ってくる人なんて、いるんだね……でも、なんだか罪悪感、感じちゃうなあ……」


 正直、マウに言われるとワタシも罪悪感を感じてしまう。勝手に読んでもいいのかな。

 ただ……このテーブルの上にわざわざわかりやすいように置いてあるようにも見えた。まるで、ワタシたちに読んでもらいたいような……


 そして、ワタシが開かずにいられなかった1番の理由は……





 名前の欄が黒塗りにされていて、持ち主の名前がわからないことだ。






コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?