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第68話 指名手配と身元不明の少女




 目の前にある、サバトのバス停……


 ワタシは民家の2階の窓から、それを見ている。


 頭に巻いた、治療の紋章が埋め込まれた包帯を、なでながら。




 先ほどワタシが矢を頭部に受けたことから、命を狙われている可能性がある。

 そのため、シープルさんの指示で近くの民家に避難させてもらっているのだ。


「それにしても、本当にファンタジー世界って感じだね」


 ベッドに腰掛けているワタシの横で、マウは近くにあるテーブルに目を向けていた。

 テーブルの上には、ランタンが置かれている。本当に火をおこすものではなく、LEDの電気を使うタイプで助かった。


 そのテーブルの側には、イスに腰掛けるホウリさんの姿がある。

 シープルさんは、誰かとスマホの紋章で通話をするために、別の部屋にいる。




 シープルさんがなかなか戻ってこないと感じていたころ、マウは落ち着かないのか、足を動かし始めている。


「ねえホウリさん、中世っぽい建物が多いのって、なにか理由ある?」

「はい。もちろん」


 好奇心旺盛にたずねたマウに対して、ホウリさんは胸に手を当ててうなずいた。


「このサバトの歴史は……中世の魔女狩りの時代から続いているのです」











 ホウリさんは、このサバトの成り立ちについて教えてくれた。




 13世紀のヨーロッパ、そこでは、魔女狩りが行われていたという。

 紋章の知識を持っていた人間……魔女は、人々から恐れられ、発覚次第処刑されていた……


 そんな魔女狩りから逃れるため、ひとりの魔女がヨーロッパから抜け出した。

 やがてその魔女は、東へ逃亡の旅を続けた。


 そうしてたどり着いた場所が、日本の小さな村……


 のちに鳥羽差市と呼ばれる、場所だった。




 魔女はその村に隠れ潜み、やがて紋章で安全な街を作った。それがこのサバトだという。


 やがて魔女は自分だけではなく、さまざまな人間を街に招くようになった。


 親に捨てられた子供に、主君をなくした浪人、病気によって死を覚悟した者……

 自身と同じように、頼れる人がいない者に、共感して。


 そして彼らはともに紋章について研究し、独自の文化を築いた……




 21世紀、魔女はサバトを出た。


 世界中で広まっている疫病を紋章で治せると知っていたから。

 それによって、認められなかった紋章を、認めてもらえると信じていたから……











「ちょっとストップストップ」


 理解できなくて慌てているようすで、マウは両手をホウリさんに見せた。


「ボクの勘違いだよね? 13世紀の魔女が、21世紀の疫病を治したんじゃなくて、魔女の子孫ってことだよね……」

「いえ、13世紀の魔女と同一人物ですよ」


 マウは困ったように、腕を組んで首をかしげた。

 たしか、辺鳥自然公園の近くにある廃虚の展示室で見た情報では……2020年に広まった疫病を、魔女狩りの生き残りと名乗る人物が紋章で収めたはずだ。

 その名の通り、魔女狩りの時から生きていたのかな……?


「マウさん、あなたはウサギとう動物。ならば、人間と寿命が違うはずです。それを人間とともに暮らしていくために、ある紋章を埋め込んでいませんか?」


 ホウリさんの言葉に、マウは思わずタキシードの首元からのぞきこんだ。


「あ、もしかして……“寿命の紋章”?」


 寿命の紋章?

 一度マウから聞いたような気がするけど……なんだっけ?


「イザホ、寿命の紋章は生き物の老化を遅らせる……その名のとおり寿命を伸ばす効果を持っているんだ」


 ああ、そうだった。形はたしか、ハートの中に時計が描かれている形だよね。

 かつてワタシたちがお屋敷に住んでいた頃、着替えている最中にマウのおなかに埋め込まれているのを見かけて、ワタシが気になってたずねたんだっけ。


「でも、寿命の紋章ってあくまでも老化を遅らせるのであって、永遠に生きられるわけじゃないはずだけど……そんなに効果があるの?」

「ええ。少なくとも、8世紀の年月は効果があると言えますね。寿命の紋章がどこまで効果があるのかは、まだはっきりとはわかっていませんが……老化が完全に止まるわけではないでしょう」




 ワタシは思わず、マウを見た。


 今まで考えてこなかったけど……


 たとえ何百年生きていたとしても、いつかはマウとは……




 その時、部屋の扉が開いた。

 シープルさんだ。




「今、俺たちが所属している黒魔術団の本部と連絡が取れた……あのチラシに乗っていた写真は、イザホとは別人物らしい」


 シープルさんは手に持っている、ワタシが写っているチラシを見せてきた。

 それを見て、マウは片手を上げる。


「ちょっとまって、まずさ、さっき言っていた黒魔術師……それと、黒魔術団がなんなのかを教えるのが先じゃない?」

「……ちっ、めんどくせえなあ」


 シープルさんは目でサインを送るように、ホウリさんをにらむ。

 ホウリさんはおびえることもなく、「いいですよ」と笑顔を見せた。






 シープルさんたちが所属する組織……黒魔術団は、このサバトの自衛団……というのが建前らしい。黒魔術師は、それに所属して活動する者たちの職業だ。

 サバトには複数の黒魔術団が存在するが、そのうちのいくつかは利息の高い金貸しを行ったり、みかじめ料を取ったりする黒魔術師のグループも存在している。




 ホウリさんの説明の後、シープルさんは「このサバトの警察兼マフィアと言ってもいいな」と最後にまとめてくれた。


「その黒魔術師たちが、どうしてイザホを矢で射貫いたのさ」


 マウの言葉に、シープルさんは顔を曇らせた。


「ああ、どうやら俺たちが追っていた、別の黒魔術団の大玉……そいつが、イザホとそっくりな顔だったんだ」




 シープルさんが所属していた黒魔術団は、とある事件を解決するために、人を探していた。

 それが今日、その黒魔術団の元に写真が送られてきたという。

 シープルさんとホウリさんが、鳥羽差市にいる間に。


 その写真の人物は、シープルさんたちとは別の黒魔術団をまとめるリーダー。

 写真が送られるまで、そのリーダーの顔は誰にもわからなかったという。




「……たしかに、イザホじゃないよ」


 マウは、ワタシの顔が写ったチラシを見て、ブッブッと鼻を鳴らす。


「だって、イザホの首……そこにつなぎ目がないんだもん」


 ワタシはマウからチラシを受け取って、ワタシ自身の写真を見てみる。




 ワタシは10年前の事件の死体から作られた、死体という名フランケンシュタイン作り物かいぶつ

 ワタシの白髪の髪が生えた色白の顔は、色黒の胴体とつながっている。


 だけど写真の中のワタシにはつなぎ目がなく、頭から胴体まで色白のままだ。




「ああ、鳥羽差市でもはやっているだろ? 自由に姿の変える事が出来る、“姿の紋章”。おそらく、それを使っているのかもな」

「でも、どうしてイザホに化けているの?」


 マウの問に対して、「知らんな」とシープルさんは腕を組む。


「でも、相手はイザホさんに化けているわけではないと思います。化けるとしたら、つなぎ目までそっくりそのままの姿になるはずですから」

「……」


 ……?

 ホウリさんの考察に、シープルさんが突然黙って、まぶたを閉じた……


「!! 思いにふけっている場合じゃないな」


 シープルさんはくるりと扉の方向に向きを変えると、ワタシたちに再び鋭い目線を向ける。


「外を歩くのは危険かもしれない。この民家に地下下水道へとつながる扉があるから、そこから進むぞ」


 それに対して、マウは目を細める。


「……まるでこのようなことを想定して抜け道を作っておいたような口ぶりだね」


 ホウリさんがイスから立ち上がるとともに、シープルさんはあくびをした。


「もちろんだ。この民家の主人は、俺のお得意様だからな」











 民家の地下に移動するために、ワタシたちは廊下を進む。


 その道中、ワタシは胸に埋め込んだ紋章に手を当てて、先ほどのチラシの写真を思い浮かべてみる。




 ワタシの顔は、身元不明の少女の頭部だ。


 10年前、警察が捜索しても少女の身元はわからなかった……




 その少女の頭部と同じ顔をした少女が、このチラシの写真に写っている。


 まるで少女の身元が、このサバトにあると訴えているかのように見えた。






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