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第67話 鳥羽差の裏側





 ホウリさんとシープルさんは、羊の紋章……いや、サバトの紋章に触れて、吸い込まれていった。


 ワタシとマウも、サバトの紋章に触れる。


 吸い込まれる感触は、羊の紋章と同じだった。











「えーっと……ダンジョン?」




 ワタシたちが出てきた場所は、周りを茶色のレンガに囲まれたような場所。


 たいまつのように壁に設置された電球が照らす小部屋。

 ちょうどエレベーターの中と同じ大きさだ。


 前には、1枚の木製の扉が、


 後ろの壁には、羊の紋章……ではなく、サバトの紋章が埋め込まれていた。




「こっちだ。早く来い」


 シープルさんによって、扉が開かれる。


 ワタシとマウ、そしてホウリさんは、その扉から外に出た。




 扉の先にあったのは、広めの部屋。

 天井はドームのような形で、周りには複数の扉……ワタシたちが出てきた扉を含めて、4枚ある。


 そして、他の扉よりも一回り大きい鉄の扉が、ここが出口と言っているかのようにたたすんでいる。

 その扉の前には……


 見慣れている、黒いローブを着た人影がふたり立っていた。

 まるで、門番のように。




 たくさんある扉の1枚から、ワタシたちとは別の男性が現われた。


 その男性は慣れた様子で、扉の前に向かっていく。




「ねえ、他の扉の奥ってなにがあるの?」


 マウは開いていない扉を指さして、ホウリさんにたずねる。


「このサバトの入り口は、フジマルさんの探偵事務所だけではありません。鳥羽差市には、サバトの紋章が至るところに隠されているのです」


 それって、この扉の数だけ……入り口は4つもあるということになるのかな。


「あの人は普通に出てきていたけど……」

「彼もサバトの住民のひとりです。普段は鳥羽差市で表向きの生活を送り、裏ではこのサバトで活動をしています」


 ……このサバトという場所は、どんなところなのだろう。


「おい、はやく手続きを済ませるぞ」


 今はふたりについていくしかない。

 ワタシたちは、一足先に出口に立っているシープルさんの元に急いだ。




「とまれ」


 扉の前に来たところで、ふたりの人影に呼び止められた。


「イザホ……」


 思わずマウとともに、警戒する。

 人影が着ているローブは、どうしてもインパーソナルや仮面の人間を思い出してしまう。


「安心しろ。こいつらは知能を埋め込まれたマネキン。人格すら埋め込まれていないから気遣いは無用だ」


 シープルさんは慣れた手つきでバックパックの紋章から手帳のようなものを取り出すと、それをローブを着たマネキンに見せた。


 マネキンたちはすぐに3本指のサインを、敬礼するようにシープルさんたちに見せる。

 動きがちょっと、機械っぽい。




 マネキンの守衛によって、扉は開かれた。




 その奥に、広がっていたのは……











 レンガでできた建物が並ぶ、市街地だった。











 黒で染められた空に、


 床は石のタイル。


 街行く人々は、


 普通の人間よりも、悪魔のようなツノや獣人のような耳を生やした、姿の紋章で見せていると思われる異形が多い。


 そして……彼らの服装は……




「現代的な服装の人と、中世のヨーロッパで着ていそうな服装の人……割合はだいたい半分半分みたいだ」




 マウは街並みを見渡し、ワタシを見上げて顔を止めた。




「なんだか、ファンタジー世界の街に迷い込んだみたいだね」


 マウの言葉は的を射ている。


 ワタシの知能の紋章にあらかじめ記録された、簡単な昔の中世のイメージ。

 まさにそのままの姿が、この街に残っている。




「この世界……サバトは、はるか昔から存在します……鳥羽差市が街として発展する前から……ちょうど、ヨーロッパで魔女狩りが行われていた時期から……」

「おい、観光案内は後だ」


 シープルさんに注意されたホウリさんは「失礼しました」と、丁寧にお辞儀をした……


 やっぱり、ホウリさんも印象が全然違う。

 表の鳥羽差市でのホウリさんなら、おびえたように背を伸ばしてもおかしくないのに……まるで、従順な召使いのように、しっかりしている。


「シープルさん、これからどこに行くの?」


 マウがたずねると、シープルさんは「めんどくせ」とため息をついた。


「……あのお方だ」

「あのお方?」

「ああ、あのお方……サバトはあのお方の手のひらのようなもの……つまり元締めだ」


 シープルさんは1歩、ワタシたちの前を進んだ。




「あのから、おまえたちを連れてくることを命令されている……こっちだ」











 ワタシたちは、シープルさんに言われるがままに、後をついていく。


 先ほどまでは民家ばかりだった景色が、


 屋台へと変わったことから、市場に入ったようだ。




「それにしても、なんだか活気がついているね」


 左右でせわしなく飛び交う声に、マウはぷすぷすと鼻を動かす。


「当たり前だ。このサバトはあのお方の手が入っている。表の鳥羽差市では手に入らない物……すべてが手に入る」


 まるで誇らしげに、シープルさんは右手を出して、指で数えるように1本ずつ爪を伸ばした。


「特別なルートで手に入った酒に、マタタビ以上に気分の上がる草、それに殺意力のある紋章……」

「……よーするに、闇市ってことだね」


 困惑するマウに、シープルさんは「氷山の一角で満足しているやつらには、その価値がわからないんだよ」と鼻で笑った。




「そうだ、おふたりにも渡しておきますね。ここで見せるだけですので、すぐに返してください」


 ホウリさんは手のひらに埋め込んだバックパックの紋章から、チラシを取り出してワタシたちに渡した。


「なになに……“魔女の祝祭”?」


 チラシには、魔女の祝祭と書かれた文字に、羊の顔が大きく描かれたイラストが乗っていた。


「ええ。1年に一度きりの祭りです。といっても、前夜祭と後夜祭があるのですが……」

「なになに……開催場所にはいろんな店が構えられ、一定の時間になれば花火が上がり、楽器の音とともにみんなで踊り会う……盆踊りかな?」


 マウの発言にシープルさんがにらんできたけど、ホウリさんは穏やかそうに笑みを浮かべていた。


「皆、この日を楽しみにしているのですよ……前夜祭はあさってですから」

「……神聖な祭りだというのに、盆踊りと称されることに殺意は湧かないのか、ホウリ」


 ……やっぱりホウリさん、ここに来てから人変わったよね?




 マウとともにホウリさんにチラシを返したその時、


 どこからか銃声が聞こえてきた!!




「!?」「……」「……」


 マウは耳を立てその場で背伸びをしたけど、シープルさんとホウリさんは動じることなく、ただワタシたちの戸惑いを観察しているようだった。


 後ろを振り返ると、屋台の前で人だかりが出来ていた。

 彼らの足元からは、赤い液体が流れてきている……


「ふたりとも、これがサバトだ。気にするな」


 シープルさんは、まるで目の前のことが日常的に起きているように語った。


「ねえ、さっき銃の音が聞こえたけど……」

「このサバトに銃刀法違反なんかない。殺られたヤツが悪いのさ」





 市場を抜け、ワタシたちは曲がり角を曲る。




 先に進むごとに、このサバトの姿が明るみになっていくようだ。




 横の建物を見ると、怪しげな女性のシルエットが描かれた看板。


 ピンク色の明かりに映し出されるのは、ほとんど裸体に近い人間の形をした、マネキン。


 男性形女性形問わずの形をしたマネキンは、まるでこちらを誘うように体を踊らせている。


 目の紋章の埋め込まれた義眼で、球体関節の手で手招きをしている。




 マネキンたちの入っている建物と、隣の建物。


 その間の路地裏から、助けを求めるように人の手が出てきた。


 しかし、その手はすぐに引っ込められ、


 鉄の棒で殴られるような音が聞こえてきた。


 その隙間から札束が1枚、飛び出してきて――


 ――先ほどとは別の、巨大な腕が手に取った。




「やめてくれええ!! 本当に!! もう金はねえんだああああああああ!!」




 その声とともに、また鉄の棒の音が響き渡った。











「ここで待つぞ」


 先ほどの声を何度も胸の中で再生していると、シープルさんの声とともにみんなは立ち止まった。


 目の前にあるのは、舗装されていない土に立つ、バス停だ。

 バス停を示す看板の側に、待つためのベンチ。屋根はなかった。


「さっきさんざん中世の建物を見せられた後に、現代感バリバリのバス停かあ……」


 マウのつぶやきを無視して、シープルさんとホウリさんはベンチに腰掛けた。

 ワタシ達も座ろっか。マウ――




 ――?


 なんだか、頭部に違和感を感じた……


「!!」


 突然シープルさんが振り向き、向いている方向に向かって飛び出した!




「ぐはっ!?」




 後ろを振り返ると、クロスボウのようなものを持った人間が、地面に倒れている。

 そのそばには、シープルさんが……


「……正直言って、やっぱり怖いです。イザホさん」


 ホウリさんが、おびえた目でワタシを見ている……


「イザホ、もう慣れたような表情しているけど……頭、頭」


 マウに言われて、気がついた。


 ワタシは自分の頭部を貫通して突き刺さっている矢を手に取り、引っこ抜いた。




「……!!」


 再びシープルさんに視線を移すと、シープルさんは用紙を手に取っていた。


「おい……あのお方直属の“黒魔術師”。これはどういうことだ?」

「あ……あんた、聞いて……ないのか……?」


 なにか問い詰めているみたいだけど……


「ホウリさん、黒魔術師って?」

「後で説明します……今はそれどころではないようです」


 ワタシたちはベンチから立ち上がり、シープルさんの元に駆けつけた。




「!! シープルさん、その紙って……」

「……」


 シープルさんは黙ったまま、持っている用紙をこちらに渡した。




 その用紙に写っていたのは……




 ワタシだ。




 ワタシの顔だった。




 “1000000”の数字とともに、ワタシの顔が乗っていた。




「これって……まるでイザホが指名手配されているみたいだよ……!」







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