目の前に、のぞき口がある。
あの向こうに、死体が横たわっているんだ。
「イザホ、よく見ておくのよ」
後ろでお母さまが、ワタシの肩に手を置く。
横には、フジマルさんもいる。
ここは火葬場。
他の遺族が待機している部屋とは別の部屋、ワタシたちはお母さまの親戚が火葬されるのをこれから見るのだ。
なぜお母さまとフジマルさんが火葬するところを見たがっていたのかはわからないけど、ワタシはなんとなく興味があって、見せてもらうことができた。
せっかくお屋敷の外に出られたのに、見られないものがあったら寂しいから。
先ほどまでのぞき穴を見ながら機械を操作していた火葬技師さんが、ワタシたちに顔を向けながらお辞儀をした。
それとともにワタシたちはのぞき穴の前に移動し、先にフジマルさんからのぞき穴に目を近づけた。
フジマルさんはのぞき穴を見て、なんだか複雑そうな顔をしている。
そういえば、この先にある死体はフジマルさんの母親と言っていた。
親を亡くした人は初めて見るけど、お母さまのように悲しみを見せず、だけど、心のどこかに悲しみをそっと置いているようだった。
次に、お母さまがのぞき穴に顔を近づけた。
お母さまは、8年前の事件で既にひとり娘を亡くしている。いつもワタシが見ていたお母さまの悲しい顔よりも、今日は落ち着いているようだった。
お母さまの親戚はそんなに悲しい事件ではなかったからかな……それとも年上だったから……?
「イザホ、あなたの番よ」
お母さまに声をかけられて、ワタシは慌ててのぞき穴に顔を近づけた。
……中では、白装束を着た女性の死体が炎に囲まれていた。
あんなに火に囲まれているのに……熱くないのかな?
思わず、そんなことを考えてしまった。
ワタシは8年前の事件の死体をつなぎ合わせた存在。
死体が死体を見ているという状況だから、そんなことを思ってしまったのかな。
その時、全身の紋章が震えた。
なぜかな? と思ったら、のぞき穴の中で死体に火がついた。
再び、全身の紋章が震えた。
なんだか、見たことがある。
正確には、ワタシもあのような体制をしていたような……
ああ、そっか。
人格の紋章が埋め込まれた時のワタシと、今の死体を重ね合わせているんだ。
これが同情……なのかな。
!!
また紋章が……震えた……
今まで、他人事だと思っていたあの死体が……
まるで自分のように、ぴったりと重なり合った。
耳の中に埋め込まれた紋章が、死体のうめき声を聞く。
あの死体は、死体だから死んでいるはず……!?
だけど確かに、
苦しむように、
助けを求めるように、
うめき声で、ワタシの聴覚に訴えている!!
火が……どんどん死体を、包んでいく……
その死体が、
ムックリと、
起き上がった……
――その炎の手でワタシをつかまないで――
――ワタシはまだ、生きている――
――動かなくなった死体じゃない――
――助けて。この声が聞こえているなら、助けて――
――ああ……体が……黒く……染まっていく……――
無意識に、胸に埋め込んだ紋章の中で、そんな声が再生されている。
ワタシには声がないけど……もしも声帯があったら、そう叫んでしまいそうに。
だんだん、あの死体はワタシなような気がしていた。
この思い……
これが、恐怖だ。
これが、恐怖だ。
これが、恐怖だ。
これが、恐怖だ。
これが恐怖だ。
これが恐怖だ。
これが恐怖だ。
これが恐怖だ。
これが恐怖だ。これが恐怖だ。これが恐怖だ。
これが恐怖だ。これが恐怖だ。これが恐怖だ。
これが恐怖だ。これが恐怖だ。これが恐怖だ。
これが恐怖だ。これが恐怖だ。これが恐怖だ。
これが恐怖だ。これが恐怖だ。これが恐怖だ。
これが恐怖だこれが恐怖だこれが恐怖だこれが恐怖だ
これが恐怖だこれが恐怖だこれが恐怖だこれが恐怖だ
これが恐怖だこれが恐怖だこれが恐怖だこれが恐怖だ
これが恐怖だこれが恐怖だこれが恐怖だこれが恐怖だ
これが恐怖だこれが恐怖だこれが恐怖だこれが恐怖だ
これが――!!
――その炎の手を、ワタシの肩をつかまないで!!
「きゃっ!!?」
「アリスさん!?」
声で振り返ると、お母さまが地面に倒れていた。
フジマルさんが慌てて駆け寄ると、お母さまは頭を押さえながら起き上がる……
お母さまは、誰かに押し倒されて、頭を打ったんだ。
「アリスさん、だいじょうぶですか!?」
「うん、だいじょうぶ。特に大したことないから……」
お母さまは笑みを浮かべたものの……その顔は驚きを隠せてない。
その顔が向けられているのは……
ワタシだ。
ワタシが、突き飛ばしたんだ。
肩を置いたお母さまの手を、炎の手と勘違いしたんだ。
お母さまのひとり娘の代わりという役割を持った、ワタシが……
お母さまを……突き飛ばして……しまっ……た……