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第63話 光の代償ではなく、影の代償を求める




 ワタシたちは一度、裏側の世界から出ることにした。




 出てきた先は地下駐車場ではなく、不笠木総合病院の6階の院長室。


「あ! 先生!! おふたり、戻ってきましたよ!」

「おいおい、ちゃんとラジオは片付けろと言っただろ……」


 部屋の中でジュンさんは、机の前で腰に手を当てていた。

 だけど、ワタシの顔を見てジュンさんはすぐに手を腰から離した。また、落ち込んでいた顔をしていたのかな。


 その横にいたのは、心配そうに見上げる犬のナースであるコーウィンさん、


 そして、刑事のスイホさんとクライさんだ。


「……」

「イザホちゃん、マウくん、だいじょうぶだった!?」


 ワタシはマウと顔を合わせて、一緒にうなずく。




「……テツヤさんは、すでに殺されていたよ。それに……フジマルさんと出会ったんだ」




 ワタシはマウと一緒にソファーに座り、周りをジュンさんたちが囲った。


 裏側の世界に入る前から撮り始めた動画を、スマホの紋章に映し出す。


 それをジュンさんたちに見せた。




「……やっぱり、テツヤは変な宗教にハマったってことか?」


 頭を抱えるのは、ジュンさんだ。

 たしか、テツヤさんと友達だったよね。


「宗教かどうかはわからないけど……テツヤさんは、心酔していた。今まで犯人だと思っていた仮面の人間をまとめる、誰かにね」


 マウは腕を組んで、うなずいていた。


 今までワタシたちは、絵画に映っていた仮面の人間が犯人だと思っていた。

 実行していたのはたしかに仮面の人間だけど、テツヤさんが心酔していた誰かが、仮面の人間たちに指示を与えていた……今日、裏側の世界で見たビデオの紋章によって、その可能性が出てきた。


「それともうひとつ気になるのは……フジマルさんね」


 髪の毛に人差し指を巻きつつ、スイホさんはワタシたちに顔を向けた。

 マウはスイホさんに答えようとしたみたいだけど、うまく言葉が出ないのか、うつむいちゃった。


「気持ちは痛いほどわかるわ。でも、黒いローブを着ていたことは、事件とフジマルさんが関係があることは確かよ」


 ワタシも、あそこにフジマルさんがいるとは思っていなかった。

 お母さまの親戚で、この鳥羽差市に来たばかりのワタシたちにも接してくれたフジマルさんが……あの黒いローブを着ているなんて……




「……フジマルさんは……まだ犯人って決まったわけじゃない」




 口に出したのは、クライさんだった。


「だから……まだ決めつけちゃいけないよ……」


 そのまっすぐな目にもっとも驚いたのが、スイホさんだった。


「……なぜだろう、先輩らしくない」


 素直に答えたスイホさんに、クライさんは「昨日は……いろいろあったから……」とそっぽを向いた。




 パチンパチンと、頬をたたく音が聞こえてきた。


「うっし」


 音を出していたのはジュンさんで、自信を奮い立たせるように握り拳を作っている。


「そういえば刑事さんよ、鑑識はいつ来るんだ?」

「ええ、もうすぐつくはずですよ。到着したら、すぐに現場検証を行いますから」


 スイホさんが答えると、ジュンさんはワタシとマウに顔を向ける。


「死体さん……いや、マウの彼女さんよ。テツヤの死体の検視は、俺様……そして、俺様のナースたちに任せておけ。以前の女子中学生の時は頭部の紛失で死因の特定に難航しているが、次こそは手がかりをつかんでやるぜ」


 その足元で、コーウィンさんは自分の胸に手を当てた。


「アタシも、先生のお手伝いをします!」


 そのコーウィンさんの頭に、ジュンさんの手が乗った。

 さするジュンさんの手に、コーウィンさんは気持ちよさそうに目を細めていた。


 それが微笑ましくって、思わずマウと顔を合わせて笑みを浮かべちゃった。










 ワタシとマウが不笠木総合病院ふかさきそうごうびょういんから出てくると、既に夕方になっていた。




 スイホさんとクライさんは、現場検証のために病院に残っている。先ほどまで簡単な事情聴衆を行って、本格的な事情聴衆は明日行うことになった。


 昨日のバフォメットが助けてくれたことも、スイホさんとクライさんに話しておいた。

 ふたりとも、驚きすぎてちょっと飲み込めきれていなかったように見えたけど、仕方ないよね。明日、ゆっくり話すことにしよう。




「なんだか、移動用ホウキに乗るのも久しぶりだね」


 バックパックの紋章から移動用ホウキを取り出すと、マウがぷすぷすと鼻を動かしていた。

 そういえば、前に移動用ホウキに乗ったのはいつごろだっけ……たしか、阿比咲クレストコーポレーションの本社に向かった時かな? あの日以降は、フジマルさんやスイホさんの車で移動することが多かった。




 移動用ホウキにまたがり、不笠木総合病院ふかさきそうごうびょういんの前から立ち去る。




「あ、こっちこっち……だっけ?」


 道中、なんども道を間違えちゃったけどね。


 今まではフジマルさんが先行してくれたおかげで迷わずに済んでいたけど、今日はマウとふたりだけだから、まだ土地勘がない。

 病院で目覚めた時はマンション・ヴェルケーロシニでの朝が懐かしく感じていたけど、やっぱりまだまだ生活は始まったばかりかな。




「イザホ、今日も大変だったけど……少しずつ進んでいるよね」


 信号待ちをしている間、マウが振り返ってワタシの顔を見る。




 リズさんの失踪に続いて、テツヤさんの罪の発覚と死亡……


 そして、フジマルさんの不審な動き……


 だけど、落ち込むような出来事があったからこそ、少しずつわかり始めているような気がする。


 今日だけでも、インパーソナルを作る仮面の人間たち……彼らに、指示を与えている存在がいることがわかったのだから。

 それに、テツヤさんの死体から、ジュンさんが検視でなにか手がかりを見つけてくれるかもしれない。




 今日の昼間に出会った、紋章蘇生意思表示カードを捨てていた老人。


 人の記憶を引き継いで生き返らせる技術が、光なら……


 本当は記憶だけを引き継いだ別の物であるかもしれない葛藤が、影だ。


 10年前の事件で6人の命が失われたことによって、ひとりのワタシの命が生まれたように……




 この光の中に生まれる影は、事件の全容が明らかになっていくことと、それによる不安に思うような出来事と同じだ。


 だから……フジマルさんが仮面の人間かもしれないとわかったことも、ワタシたちが真相に近づいている証拠に違いない。


 フジマルさんがいないのは心細いけど……ワタシたちだけでも、事件を追いかけよう。


 きっと、ワタシの存在理由も……その先に……










 マンション・ヴェルケーロシニについたころ、すでに辺りは真っ暗になっていた。


 今日の夕食はどうしようか……そんなことを考えながら、ワタシはエントランスを通過し、マウと一緒にエレベーターに乗り込んだ。




 ……?

 エレベーターの中で、なぜかマウはもじもじしている……


「今日さ、ジュンさんがイザホのこと、ボクの彼女さんだって言ってたよね」


 なぜか、ほっぺを桃色にしている……


「でも、なんだかもっと……もっとつながっているんだと思うんだよね。ボクたちは相思相愛だけど、彼女という言葉だけじゃ全然足りないような気がする」


 そう言っているわりには、マウ、すごく嬉しそうだけど……


「あのさ、イザホ」


 マウは急に背中を伸ばして、ワタシをじっと見上げた。


「その――」


 その時、エレベーターが10階に到着したことを示すチャイムがなった。


「――ううん、なんでもない!」


 ?


 どうして……途中で言葉を止めちゃったの?










 1004号室に、ワタシたちは戻ってきた。


「ねえイザホ、この話、事件が一段落してからにしようよお」


 簡単な夕食を取り終えた後の寝室。

 さっきからワタシは、パジャマ姿のマウの肩を指でつつくのをやめなかった。


 だって、気になるから。マウがなんて言おうとしていたのかが。

 なのにマウはほっぺをさくらんぼ色にして、話をそらそうとしている。教えてくれてもいいのに。




「事件が終わるまで待っててよう……ん?」




 突然、マウはその場で背伸びをした。

 両耳は、まっすぐに立っている。



「イザホ……さっき、物音がしたよ?」


 話をじらしているわけではないことが、マウの声でわかった。

 ワタシは、マウに音がした方向に案内してもらった。





 その場所は、暗闇のキッチン。




 そこに……なにかが動いている。




 うずくまって、なにかをあさっているかのように……




「ひっ!?」


 ワタシが電気をつけたとともに、マウがそのなにかに向かって走って行く!




「リベンジッ! マウキィーック!!」




「ひぎゃあ!!?」




 マウの跳び蹴りが決まったッ!!


 なにかは近くの壁に頭をぶつけて、床に崩れ落ちた!




「ふーっ、イザホ、こんどこそかっこよく決まってたよね?」


 ……


「どうしたの? イザホ……」




 ワタシに体を向けていたマウは、振り返って「あっ」と困ったような声を出した。




 壁にもたれかかって白目を出していたのは……




 占い師のホウリさんだったから。






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