5枚の扉がある部屋に戻ると、テツヤさんの部屋の扉とは別にもう1枚、開いている扉があった。
初めて入ってきた階段の扉の、反対側の扉だ。
「イザホ、テツヤさんはきっとあの奥だよ」
その扉を見つめてゆっくり鼻を動かすマウに、ワタシはうなずく。
そしてふたりで一緒に、扉の先へ足を進めた。
扉の先は、細長い通路だった。
通路の中心にいても、ちょっと肘を曲げるだけで壁に当たりそうなほど。
前方に向けた懐中電灯の明かりは、まだ床と壁しか照らしていない……
「……」
ワタシの懐中電灯に照らされたものを見て、マウは足を止めた。
床の近くの壁にあったのは……開かれたダクト。
そこから出てきているのは……
赤い液体。
「この匂い……本物の血だ……それも……時間のたっていない……新しい血だ……!!」
まるで絵の具のように、床に擦り付けられたその赤い液体は、奥に向かって道を作っていた。
その先には……木製の扉が……
扉を開いた先は……病院の一室のような部屋。
壁沿いには、引き出しのようなものがいくつも並んでいる。
「まるで……死体安置所だね……」
マウは周りのロッカーを見渡しながら、スタンロットの紋章を起動させた。
ワタシも辺りをよく見渡しながら、右の手の甲に埋め込んだスタンロットの紋章を起動させよう。
入り口から伸びていた赤い液体の道は、引き出しのひとつまで続いていた。
その引き出しには、ビデオの紋章が埋め込まれている。
ワタシはマウとともにその紋章に近づき、起動させた。
現われたのは、ロッカーの前で仰向けになるテツヤさん。
赤い液体の道で、胸をなんども膨らませては縮ませている。必死に酸素を取っているかのように。だけど、もう疲れているように。
その右足のズボンの裾は、ヒモのようなもので縛られているようだ。
そのテツヤさんの前に現われたのは……
ふたりのローブの……仮面の人間……
「……あ……」
仮面の人間のひとりがしゃがみ込むと、テツヤさんは助けを求めるように手を伸ばした。
「なあ……はやく……」
その手を仮面の人間に届くように伸ばして……仮面の人間の方向に、横向きになった。
ワタシたちに、背中を見せて。
テツヤさんは裏側の世界に引きずり込まれ、そのまま右足をヒモで縛られ、引きずられた。
床にこすりつけられて、肉が剥がれ落ちるほどに。
テツヤさんの後頭部が白くなっていたことが、それを言い表していた。
人間なら持っているはずであろう痛覚も、もう消えているのかな。
仮面の人物が取り出したナイフを見て、テツヤさんは安心したように笑みを浮かべた。
「あっ――」
眼球にナイフが突き立てられ、テツヤさんの姿が消えた。
このビデオの紋章は、生物以外は写していないんだ。
仮面の人間はナイフを抜くと、代わりになにかをテツヤさんがいた場所に入れる。
一方でもうひとりの仮面の人間は、テツヤさんの足があった場所に移動した。
持っているのは……手斧。その手斧を手慣れた手つきでなにかにつきたてている……
やがてふたりの仮面の人間は透明ななにかを……おそらく、死体となったテツヤさんを持ち上げ、引き出しの中に入れる。
そして、姿が消えた……
「イザホ、まだ終わってないよ」
マウの言う通り、ビデオの紋章はまだ起動している。
能力を発動していることを知らせる、青色に光っているからだ。
後ろを振り返ると、3人のローブを着た人影が現われた。
ひとりは、フードを下ろしたテツヤさん。
あとのふたりは、フードと仮面を被って顔が見えない。
3人が見つめている先にあるのは、黒いシルエット。
その黒いシルエットは、3人に足を向けて、宙に浮いている。
テツヤさんと仮面の人物のひとりは、黒いシルエットに近づき、
それぞれ刃物を取り出した。
ただひとり、残された仮面の人間は、何かを前に出した。
なにかを持っていて、それを殺害現場に向けているように……
そして、その後ろでは……
もうひとつの黒いシルエットが、見張っているように立っていた。
そこで5人は、消えてしまった。
「さっき持ってたのってビデオカメラかな……でもそんなことよりも、重要なことがあるよね」
マウのつぶやきに、ワタシはうなずく。
マンション・ヴェルケーロシニの1002号室で入った裏側の世界。
そこで見つけた、ウアさんが殺された現場を描いた絵画。
描かれた仮面の人間の数は、ふたり。
そこからワタシたちは、仮面の人間はふたりだと思っていた。
だけど……ここで見た仮面の人間は3人。
つまり、テツヤさんが死んでようやく残りはふたりだ。
あの絵画にいなかったひとりは……あの絵と同じ視点、同じ光景を見ていたんだ。
その時、後ろから物音がした。
マウとともに後ろを振り返ると、色を失ったビデオの紋章がついた引き出しのフタが揺れている。
ガタガタと、音を立てて。
やがて、フタははじけ飛んだ。
マウを抱えて飛んできたフタを回避して、開いた引き出しを見る。
ずるりと、なにかが出てきた。
「待っててくれよな。アンくん」
右足がなくなっているから、それは立ち上がろうとはせずに、ワタシの顔に向けた。
目の紋章が埋め込まれた義眼を。
インパーソナルになった、テツヤさんだ。