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第61話 安置所




 5枚の扉がある部屋に戻ると、テツヤさんの部屋の扉とは別にもう1枚、開いている扉があった。


 初めて入ってきた階段の扉の、反対側の扉だ。


「イザホ、テツヤさんはきっとあの奥だよ」


 その扉を見つめてゆっくり鼻を動かすマウに、ワタシはうなずく。

 そしてふたりで一緒に、扉の先へ足を進めた。




 扉の先は、細長い通路だった。

 通路の中心にいても、ちょっと肘を曲げるだけで壁に当たりそうなほど。


 前方に向けた懐中電灯の明かりは、まだ床と壁しか照らしていない……




「……」


 ワタシの懐中電灯に照らされたものを見て、マウは足を止めた。




 床の近くの壁にあったのは……開かれたダクト。


 そこから出てきているのは……


 赤い液体。


「この匂い……本物の血だ……それも……時間のたっていない……新しい血だ……!!」


 まるで絵の具のように、床に擦り付けられたその赤い液体は、奥に向かって道を作っていた。


 その先には……木製の扉が……











 扉を開いた先は……病院の一室のような部屋。


 壁沿いには、引き出しのようなものがいくつも並んでいる。


「まるで……死体安置所だね……」


 マウは周りのロッカーを見渡しながら、スタンロットの紋章を起動させた。

 ワタシも辺りをよく見渡しながら、右の手の甲に埋め込んだスタンロットの紋章を起動させよう。


 入り口から伸びていた赤い液体の道は、引き出しのひとつまで続いていた。

 その引き出しには、ビデオの紋章が埋め込まれている。


 ワタシはマウとともにその紋章に近づき、起動させた。




 現われたのは、ロッカーの前で仰向けになるテツヤさん。


 赤い液体の道で、胸をなんども膨らませては縮ませている。必死に酸素を取っているかのように。だけど、もう疲れているように。

 その右足のズボンの裾は、ヒモのようなもので縛られているようだ。


 そのテツヤさんの前に現われたのは……


 ふたりのローブの……仮面の人間……




「……あ……」



 仮面の人間のひとりがしゃがみ込むと、テツヤさんは助けを求めるように手を伸ばした。


「なあ……はやく……」


 その手を仮面の人間に届くように伸ばして……仮面の人間の方向に、横向きになった。


 ワタシたちに、背中を見せて。




 テツヤさんは裏側の世界に引きずり込まれ、そのまま右足をヒモで縛られ、引きずられた。


 床にこすりつけられて、肉が剥がれ落ちるほどに。


 テツヤさんの後頭部が白くなっていたことが、それを言い表していた。




 人間なら持っているはずであろう痛覚も、もう消えているのかな。


 仮面の人物が取り出したナイフを見て、テツヤさんは安心したように笑みを浮かべた。




「あっ――」




 眼球にナイフが突き立てられ、テツヤさんの姿が消えた。




 このビデオの紋章は、生物以外は写していないんだ。




 仮面の人間はナイフを抜くと、代わりになにかをテツヤさんがいた場所に入れる。


 一方でもうひとりの仮面の人間は、テツヤさんの足があった場所に移動した。

 持っているのは……手斧。その手斧を手慣れた手つきでなにかにつきたてている……


 やがてふたりの仮面の人間は透明ななにかを……おそらく、死体となったテツヤさんを持ち上げ、引き出しの中に入れる。


 そして、姿が消えた……




「イザホ、まだ終わってないよ」




 マウの言う通り、ビデオの紋章はまだ起動している。

 能力を発動していることを知らせる、青色に光っているからだ。




 後ろを振り返ると、3人のローブを着た人影が現われた。


 ひとりは、フードを下ろしたテツヤさん。

 あとのふたりは、フードと仮面を被って顔が見えない。




 3人が見つめている先にあるのは、黒いシルエット。


 その黒いシルエットは、3人に足を向けて、宙に浮いている。


 テツヤさんと仮面の人物のひとりは、黒いシルエットに近づき、


 それぞれ刃物を取り出した。




 ただひとり、残された仮面の人間は、何かを前に出した。


 なにかを持っていて、それを殺害現場に向けているように……




 そして、その後ろでは……

 もうひとつの黒いシルエットが、見張っているように立っていた。




 そこで5人は、消えてしまった。




「さっき持ってたのってビデオカメラかな……でもそんなことよりも、重要なことがあるよね」




 マウのつぶやきに、ワタシはうなずく。




 マンション・ヴェルケーロシニの1002号室で入った裏側の世界。


 そこで見つけた、ウアさんが殺された現場を描いた絵画。


 描かれた仮面の人間の数は、ふたり。


 そこからワタシたちは、仮面の人間はふたりだと思っていた。


 だけど……ここで見た仮面の人間は3人。


 つまり、テツヤさんが死んでようやく残りはふたりだ。


 あの絵画にいなかったひとりは……あの絵と同じ視点、同じ光景を見ていたんだ。




 その時、後ろから物音がした。


 マウとともに後ろを振り返ると、色を失ったビデオの紋章がついた引き出しのフタが揺れている。


 ガタガタと、音を立てて。




 やがて、フタははじけ飛んだ。




 マウを抱えて飛んできたフタを回避して、開いた引き出しを見る。




 ずるりと、なにかが出てきた。




「待っててくれよな。アンくん」




 右足がなくなっているから、それは立ち上がろうとはせずに、ワタシの顔に向けた。




 目の紋章が埋め込まれた義眼を。




 インパーソナルになった、テツヤさんだ。


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