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第58話 照らされる闇




 院長室の中、スイホさんの報告で、ワタシとマウは思わず顔を合わせた。


「紋章研究所内の紋章の道具を持ち出した犯人が……見つかった?」




 もう3日前になるっけ。

 ワタシたちが紋章研究所に訪れた際、今はもう犠牲となった所長のテイさんから聞いた話。

 1カ月前……ちょうどウアさんが失踪したころの話だ。紋章を埋め込む際の道具である、焼き印と魔力の材料、そして資料の一部が紛失していた。


 そして翌日の夕方、スイホさんたちの捜査で紋章研究所の職員のひとりが、無断欠勤をよく取っていることがわかった。そこでその職員の自宅に向かったが、その日はいなかった……

 今までの進展はそこまでだった。




「それで、誰だったの?」


 マウは自分のスマホの紋章の電話を通して、スイホさんに聞き返す。


「ええ、予想通り……無断欠勤していた職員だったのよ……」











 スイホさんは、職員の犯行が発覚するまでの出来事を話してくれた。


 昨日の辺鳥自然公園近くの廃虚の現場を、スイホさんとクライさんは他の警察の人たちとともに捜査をしていた。


 しかし、証拠は持ち去られたという。

 持ち去られたと核心している理由は、ある部屋になにかを置かれていたと思われる跡……周りはホコリだらけなのに、1カ所だけ奇麗だったからだ。


 それ以上の手がかりが得られなかったスイホさんとクライさんは、一度今まで起きていた事件を振り返ることにした。

 そこで出てきたのが、3日前の紋章研究所での出来事だ。


 無断欠勤が増えているその職員の自宅に訪れると、ちょうどどこかに出て行こうとする職員を発見。


 事件のことを話すと、職員は自ら犯行を自供したという……











「わりとあっさりすぎじゃない?」


 マウの感想に、スイホさんはしばらく黙っていた。

 反応に困って髪の毛に人差し指を巻いているのかな?


「でもたしかに、家宅捜査をすると屋根裏に資料が入った箱が置かれていたわ。研究所に戻す際に誰かに見られない時期を探っていたそうよ」


 ……あれ? 資料だけ?


「スイホさん、たしか盗まれたのは、焼き印と魔力の材料だったよね?」

「ええ。そのことを本人に聞いても話してくれないの。まあ、今クライ先輩が取り調べを行っているから、その内わかるかもしれないけど」




 スイホさんはそこで一息ついて、「ここから話すことは私の推測だけど」と再び話を続ける。




「あの職員は、誰かに指示をされて犯行におよんだ可能性があるわ」




 誰かに指示をされて……?


「それって、他の道具がないから?」

「ええ、同じ立場の共犯者なのか、それとも立場が上であるのか、弱みを握られているのか……それらの理由とは違うと思うの」


 それじゃあ……考えられるのは……


「たしか、その職員さんは仕事を辞めることを考えていて……その理由が、働く理由がなくなったって言ってたっけ?」

「ええ……働く理由のひとつであり、それが働くこと以外の方法でも満たされる可能性がある理由……」


 マウはハッと口を開け、ワタシに顔を向ける。


 その様子を見て、ワタシの胸の中にある可能性が浮かんできた。


 それは、働いた時に受け取れられる……




 報酬だ! 「お金だ!」




「ええ、以前彼が留守でいなかったとき、近所の聞き込みをすると最近買い物に出かけるのをよく見ると言っていたわ」

「それなら、賄賂ってこと? 誰かがその職員さんにお金を渡して、取ってくるように指示したとか」


 たしかに、紋章研究所で働いている職員さんなら、中の構造に詳しい。外の人間が盗み出すよりも有利だ。


「それが確実な根拠としては扱えないし、それまでは決めつけることはできないけど……いい線だと思っているわ」


 マウは納得したようにうなずいたけど、ふと、なにか気づいたようにまばたきをし始めた。


「でもさ、紋章研究所って大企業の阿比咲クレストコーポレーションの所有物だよね? 給料もいいと思うんだけどな……」

「そこなのよね。彼を買収するとなれば、その給料を大きく上回る、それも、働くことをしなくても暮らしていけるような金額が必要ね」




 ……その時、胸の中にある場所が思い浮かんだ。




「……うん……うん……それじゃあ、また進展したら教えてね」


 その場所が気になって、スイホさんの声を聞き漏らした。

 そのままマウが電話を終わらせちゃった。


「……イザホ、どうしたの?」


 ワタシは首を振る。

 まだそれを決めるだけの、根拠がない。


 ひとまず、ワタシはこの考えを忘れて、院長室から出て行くことにした。




「あ、ジュンさんにかたづけろと言われた、ラジカセとカセットテープは……まあ、いっか」










 これからのことを考えながら、ワタシたちはエレベーターに向かっていた。


「あれ? イザホ……」


 マウが指を指したので前を見てみると、エレベーターの前に犬のナースであるコーウィンさんが立っていた。


 なんだか、落ち着いていないみたい。


 まるで、迷っているみたいに体を揺らしている。


「コーウィンさん? どうしたの?」

「あ……」


 マウが話しかけると、コーウィンさんは目をそらし、うつむいた。


「あ、そういえばコーウィンさん、落とし物、ちゃんとジュンさんに届けたよ」

「そ、そうでしたか!? すみません、アタシの不手際で……」


 コーウィンさんはペコペコとなんどもお辞儀をしていた。


「さっき、先生に注意をされちゃったんですよね……」

「落とし物を落としたことで?」


「いえ! 先生はそんなことで怒る人じゃないです! いえ、決して甘いわけではないんですけど……先生の近くにいたテツヤっていう人に――!」


 思わずコーウィンさんはのど元の声の紋章に手を当てた。


「……テツヤさんを知ってるの?」

「……」


 黙ってしまったコーウィンさんを前にして、ワタシはスマホの紋章を起動させた。

 文字を入力して、コーウィンさんに見せる。




“テツヤさん、おかしな動きはしていなかった?”




「……」「イザホ……どういうこと……え、まさか!」




 ようやくマウも、気づいたみたい。


 紋章研究所の職員が、誰かに依頼をされて道具を盗んだとすると……それに見合う、まさに働く必要のないほどの報酬でなければならない。

 阿比咲クレストコーポレーションの他の職員なら、わざわざ盗まなくても理由をつけて借りた方がリスクは少ないはずだ。


 外部の人間であり、なおかつ十分な報酬を払える人物……


 阿比咲クレストコーポレーションに資金援助ができるほどなら、それが可能だ。




 ワタシの胸の中で、ある場所と人物が映し出される。




 辺鳥自然公園が……




 鳥羽差市で有数の資産家である、テツヤさんの顔が……






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