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第52話 恐怖の目の中で、抱きしめる




 刺された人形の部屋を抜け出して、コテージの1階に戻ってきた。




 先ほどまであったはずの人形たちは、姿を消していた。


 そして、閉まっていたはずの入り口の扉は開かれており、外から雪が入ってきている。


 まるで、ここにいた人たちが出ていったみたいに。


「さっきの部屋で殺された人は、置いていかれちゃったみたいだね」

「殺害現場へ……誘われなかっても……殺されたけど……」


 マウとクライさんが向いている方向を見てみると、暖炉の反対側の絵画が飾られていた。




 壁の端から端を、横に長い長方形の絵画が独占していた。


 森の中を、6人が列んでどこかに向かっている絵だ。




 左端の後ろから……


 大柄な男性、小さな少年と少女、他人から目線をそらす女性、白髪の少女、そしてショートヘアーの女性……


 事件の被害者としてワタシの体に置き換えると、


 ワタシの左腕、ワタシの右足と生き残った少女、左足、頭部、そして右手……


 先頭の右手……ショートヘアーの女性……ワタシのお母さまのひとり娘は、


 まるで引率しているかのように、後ろの人たちに手招きをしていた。




「ねえイザホ! 外の雪がおかしいよ!」


 マウの声に再び扉の向こうに目を向ける。


 雪の上にはなにかを引きずったような跡が残っていた。

 ワタシたちの足跡を、かき消すように。


「人形たちが消えたのも……誰かが持ち運んだのでは……」

「ねえイザホ、追いかけてみる?」


 マウの声に、うなずく。

 後をつけよう。出口に向かっている可能性があるから。











 引きずった跡でできた道は、コテージの周りを通って裏側に通じていた。


 ワタシたちはその跡の上を歩き、裏側に回ってみると……




「……!!」「イザホ! 出口だ!」




 コテージの後ろの壁に、緑色に光る紋章が埋め込まれていた。

 羊の形をした紋章……これで、裏側の世界から出られる……!!




パリン!!




 !? 「!!」「……!!」




 音が聞こえてきた方向を見ると、空からガラスが振ってきている……?




 それとともに落ちてきているのは……




 首から赤い絵の具を流す、長身の女性の……人形……




 そして、割れた窓から飛び出したのは……











 黒いローブを身にまとい、無造作のロング、死人のような顔、青く光る目の紋章が埋め込まれた義眼……




 ふたり目の犠牲者である、紋章研究所所長のテイさん……の人格なき死体インパーソナルだ!!











 !! 「おっと!?」「……ッ!!」


 落ちてきたガラスの破片と人形を、体を横にしてかわす。


 すぐに顔を上げると、インパーソナルのテイさんは雪の上に刃物を突き立てていた。


 その向こう側の壁の側には……肩を押さえながら立ち上がるクライさんの姿が。

 横によけたときに、壁に激突したんだ!


 ワタシのそばによけたマウが、クライさんに目を向ける。


「クライさん!」

「だいじょうぶ……先に……」


「あんた、紋章は“生活に欠かせない”程度のもんじゃないんよ」


 テイさんのインパーソナルは、場違いなセリフとともにクライさんに顔を向けた。


「先に……逃げるんだっ!!」


 クライさんは壁に手を当てながら立ち上がり、


 壁沿いにそって、バランスを崩しそうになりながらも走り出した。


 テイさんのインパーソナルも、後を追いかけていった……




「!!」


 マウが耳を立て、背伸びをした?


「まだコテージに、足音がする!!」


 そうだ! 敵はインパーソナルだけじゃない!

 バフォメット……あるいは、おととい裏側の世界で姿を現した、仮面の人間がいる!!


 ワタシはマウとともに、クライさんとは反対方向へと駆けだした。




 後ろでどさりと、誰かが落ちてきた音が聞こえた……!











 来た道である坂道を、マウとともに駆け上がる。


 後ろを振り返ることはできない。今すぐにでもバランスを崩しそうだから。


 ただ、上に向かって進むだけ……




 車が置かれている広場までやってこれた!


「イザホ、あの廃虚でまこう!」


 マウの提案に、ワタシは再びうなずく。

 その前に、後ろの様子を……


 さらに上に続く坂の前で振り返ると、黒いローブを被った人物が立っていた。

 顔は仮面で見えない……人間でありながらワタシの命を狙う、仮面の人間だ。


 仮面の人間は、なぜか自分の耳に手を当てている。

 あの様子……ワタシもいつもやっているしぐさのような……


「イザホ! 早く!!」


 マウの声にわれに返る。

 こうしている場合じゃない! 早く上に行かないと!




 廃虚に向かって坂を上りながら、この後のことを考える……!


 この上の廃虚に戻ったら、壁の後ろに隠れよう……


 そして物陰からあの仮面の人物にスタンロットの紋章でしびれさせ……


 その隙に下に駆け下りる……


 これなら、下でテイさんのインパーソナルに襲われているクライさんを助けて、あの羊の紋章から脱出できる……!!




――バチッ




 !?


 この音は……!?




「イザホ!!」




 マウの声で、ワタシは思わず足を滑らせたことに気がついた。




 視界は空を向き、頭を強く打つ。




 その勢いでワタシは坂を転がり落ちる。




 なんども木の幹や大きな石にぶつかって、あちこちで骨の割れる音がする。




 だけど……だけど……もう……


 それを気にすることは……出来ない……




 ああ……!!


 ワタシの視界に、入ってしまった……入ってしまった……!!




 さっき、ワタシが気を取られてしまった音の発生源……










 木に燃え広がる……炎が!!!











 いやっ!! 待って!!




 その炎の手でワタシをつかまないで!!




 ワタシはまだ、人格の紋章が生きている!




 もう全身の骨は砕かれているけど!! 今片方の義眼が飛んでいったけど!!




 まだ動かなくなった死体じゃない!!




 体が言うことを利かない! ただ、下へと転がり落ちるだけ!!




 だけど、夢じゃない! ワタシの記憶から作り出された、夢なんかじゃない!!




 この音、この温度、この光景が、夢なんかじゃない!!




 炎が現実として、ワタシを火葬しようとしてくる!!











 崖から転がり落ちたワタシは……雪の上で仰向けになった。


 胸に埋め込んだ紋章は、削れていない。

 まだ考えることもできる、まだ人格も持っている。




 だけど、周りは炎で包まれている……


 前に見えるコテージは、いつの間にか燃え上がっている……


 逃げようにも、逃げられない。

 全身の骨を打っているから、動かすことができるのは首だけ……




 後ろからは、炎の中から仮面の人物が飛び出した。

 マウは……どうなったの……?



 反対側を見ると、すぐそこにテイさんのインパーソナルがワタシを見下ろしていた。

 左足は銀色と赤色が混じったような色をしていた……




「あんた、紋章は“生活に欠かせない”程度のもんじゃないんよ」




 テイさんのインパーソナルが、ワタシの胸ぐらをつかむ。


 その手にあったのは、刃物……もう、どんな形をしているのかはどうでもいい……




 このまま炎で……この体を燃え尽くされるのなら……











 それで納得できる。 それじゃあ納得できない。


 苦しみながら人格が消えるよりは。 ここで消えたら苦しみしか残らない。


 その刃物を。 その刃物を。


 今すぐ突き立てて。 今すぐ離して。











 ワタシの体が、揺れた。












「あんた、紋章は“生活に欠かせな……いテェイドォノモオンジェエエ……アァ……ナ……イ……」













 どさりと、ワタシの体が雪の上に落ちる。


 その次に、テイさんのインパーソナルが、雪の上へと落ちた。

 義眼に埋め込まれた紋章は色を失い、その胸には大きな穴が開いていた。


 知能の紋章が収まっているであろう場所が、インパーソナルの胸から無くなっていた。




「あぁ……!?」




 どこかで聞いたことのある声で反射的に振り向くと、仮面の人間は尻餅をついていた。


 まるで、おびえているように。ワタシが炎を見た反応と同じように。


 仮面の人間は、炎に向かって走って行った……




 !!


 ワタシの体は、再び持ち上がった。




 次に、ワタシの頭の上に、なにかが乗った。




 そのなにかは……手だ。

 なでるように動かすその手は、ワタシの胸に不思議な感情を呼び起こしていた。




 その手は、安心させるようになでている。


 ワタシは、周りの炎で安心ができない。


 それでも、安心させようとしていることだけは伝わっている。




 だけど、なんだか違う。


 お母さまがなでてくれている時と、違う。


 別の人がなでてくれている。


 お母さまと比べて、不器用だけど、力強い感じ。


 どうして似ているのに、こんなに違う感覚がするんだろう。


 ワタシをなでているのは……誰……?




「……ワガ……」




 顔を上げると、その人物は声を出した。











 黒いローブを身にまとった、




 羊の頭の大男。











「ワガ……ムスメ……ヨ……」











 バフォメットは、その青い紋章の入った瞳でワタシを見つめ、











 炎の目の中で、ワタシを抱きしめた。










 ――ACT5 END――

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