コテージの玄関の扉を開くと、先に雪が室内に入ってきた。
マウとクライさんが入ってきたのを確認すると、ワタシは扉を閉める。これ以上雪が入ると、人間であるクライさんが風邪を引いちゃうからね。
「それにしても……電気の上に人影もあるなんてね」
「いや……これは……人形だ……」
コテージの上空にはシャンデリアがともっており、その下の窓辺には、等身大の人形が立っていた。
やや猫背の長い髪の女性。肌を触ってみた感じ、絹糸で作られているのかな?
興味がないようでちょっとだけ首を横に向こうとしているその姿は、誰かの話に入る隙をうかがっているようだった。
「これ……テイさんのお母さんじゃないかな?」
紋章研究所の所長のテイさん……その母親は紋章アレルギーを持つが故の人嫌い。それを克服しようと10年前のキャンプに参加し……左足を残して消えてしまった。
残された左足は、今、ワタシの左足となっている。
「こっちにも……人形が……おそらく……」
それ以降もクライさんはしゃべっていたけど、聞き逃してしまった。
代わりに聞こえてきたのは……ワタシにとって聞いては鳴らない音。
バチバチと鳴る、悪魔の音……!!
ああ……!!
クライさんの方向を見て、それを見てしまった……見てしまった……!!
「イ……イザホちゃん?」
クライさんの声で、動けなかった足が動き出した。
一刻でも離れたい! ほんの少しでも距離を離したい!!
ワタシの足はリビングの机でつまずき、それでも四つんばいになっても動いた。
壁の隅へと逃げても、音は止まない。
あそこにアレがあった位置情報も消えない。
昨日見た夢の中の、炎の手が、今にもこっちに来ている気がする……!!
「……?」
「あ、えっと……クライさん、イザホは……火が苦手なんだ」
体を震わせていると、マウがそばで声を出す。
その声が、離れていく……
いかないで……そばにいて……
「イザホ、もう消したから大丈夫だよ」
ワタシは恐る恐る顔を上げて、戻ってきたマウの顔を見る。
……火元も、全部?
「そばにちゃんと消火するための道具があったからね。火元もばっちり消えたよ」
マウの言葉であっても、火に関係するなら自分の義眼で見ないと信用できない。
ゆっくりと、マウの奥を見る。
あっけに取られているクライさんの横にあったのは……暖炉。
その暖炉の中には、灰が落ちていた。
……悪夢は立ち去ったんだ。助かった……
「それにしても、本当に不用心だね。暖炉の火を放置して立ち去って行くなんて」
「……人が住んでいるのか……怪しいけどね……」
ふたりの会話を聞いて、ようやく落ち着いた。
さっきは取り乱して……ごめん。その意味を込めて、お辞儀をする。
「……気を取り直して……ここに……また人形があるけど……」
クライさんは暖炉のそばにあるソファーを指さした。
そのソファーには、同じように等身大の人形が腰掛けている。
暖炉の前まで回って見てみると、左から大柄な男性に、背の小さな少年と同じ背丈の少女。少年と少女はふたりでなにかを話していたみたいだった。
「この人形も……10年前の事件の……被害者を表して……いるのでは……」
それなら、大柄な男性はワタシの左腕……ウアさんの父親で阿比咲クレストコーポレーションの社長である、ハナさんの夫かな。
小学生ぐらいの少年はワタシの右足……まだ関わりのある人と出会っていないから、この子はよくわからない。
そして、もうひとりの少女は……きっと死体を発見した、唯一生き残った少女だと思う。
「ねえ、これがもし10年前のキャンプを再現したとしたら、身元不明の女の子をのぞいて、あと2人はいたはずだよね?」
「まだ部屋があるはず……見に行ってみよう……」
クライさんは、近くの吹き抜け階段に目線を向けた。
2階の廊下は幅が狭く、腕を伸ばしたら届きそうなほど。
その廊下には、いくつかの扉。
そのうち、ふたつの扉が開いていた。
ひとつめの扉に入ると、中にはふたつの人形があった。
ひとりは、背の高い整った体格の女性。腰に手を当て、堂々ともうひとりを見下している。なんだか、あの人の胴体……ワタシの胴体と形が似ているような気がする。
もうひとりは、黒いローブを来ている。体格からは男性か女性かは判断できない。まるで握り拳を握るように、女性をにらんでいるようだった。
その部屋の隣……ふたつ目の開かれた扉の部屋には、窓に手を当てる女性の人形だ。
この人物はショートヘアーだけど……
「……窓の向こうに……誰かがいる」
人形に近寄ったクライさんが、窓の向こうを指さす。
そこには、木の幹に隠れようとしている少女の人影があった。動かないことは、あれも人形かな。
その人形は、奇麗な白髪を持っていた……どこかで見たことがある。
「あれって……イザホの頭の持ち主じゃない?」
……そうだ。ワタシの頭部から生えている髪は……白髪だ。
あの人形は……キャンプ客ではない。他のキャンプ客とともに事件現場に放置された……身元不明の少女だ。
この人形の配置が事件を再現したものなら、この窓辺にいるショートヘアーの人物は身元不明の少女を目撃していたと言えそうだ。
「……今までの人形から引いていくと……この窓辺にいる人形は……」
「うん。イザホの右腕……イザホのお母さんのひとり娘になるね」
……この人が、お母さまのひとり娘……
それなら……お母さまのひとり娘は、あの身元不明の少女を知っていたのかもしれない……
カチリ
!! 「!!」「!!」
思わず後ろを振り返ると、いつの間にか扉が閉まっていた!
慌てて扉に近寄り、ドアノブを回すけど……やっぱり開かない!
「またこのパターン!? 早く抜け出さないと……」
「静かに……!」
慌てふためくマウの声の紋章を、そっとクライさんは手でふさいだ。
なにか、物音がしている。
扉の向こうで、なにかを動かしているような音がしている。
…… 「……」「……」
再びカチリという音が聞こえてきても、ワタシたちはすぐには動かなかった。
物音が、消えるまで。
「……もう、行ったかな?」
「……」
クライさんが少しだけ扉を開き、様子をうかがう。
こちらを振り向き、うなずくとその扉をゆっくりと大きく開けた。
廊下に出てすぐに目に入ったのは、扉から漏れている赤い液体。
その扉は、先ほど女性の人形と黒いローブを着た人形がいた部屋だ。
「……今度はなにを表しているんだろうね」
部屋に入ったマウは開口一番、そうつぶやいた。
黒いローブを着た人形は、手に持った赤く染まったナイフをじっと見つめていた。
その側には、赤い絵の具を首筋から流している女性の人形が倒れている。
「少なくとも……少なくともひとりは……バフォメットに殺されたわけでは……ない……?」
クライさんの言葉に、ワタシは昨日の出来事を思いだした。
昨日、裏側の世界に入り、マウとフジマルさんとはぐれた時……
ある倉庫の中で、ミニチュアハウスを見たはずだ。
そのミニチュアハウスの中で、黒いローブの人物が、女性を刺していた。
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