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第49話 もうひとつの紋章研究所







 廃虚の内装は、まるで病院のように整えられた形をしている。

 周りのヒビ、スス、コケがなければ、清潔的な内装だったのかな。


「あの……フジマルさん……」


 通路の中、スイホさんが懐中電灯を手に先頭を歩いていると、その後ろのクライさんが後ろを振り向いた。


「イザホちゃんたち……外で待たせたほうがよかったのでは……」


 それに対してフジマルさんは「いや、こっちの方が安全だ!」と答える。


「私が一緒に残るとしても、ふたりだけの廃虚探索は不安が残る。ひとりが窮地に落ちた時、最低でも側にいる者と助けを呼ぶ者が必要だ! だからといって、ふたりを外で待たせるのも危険だ。それに……」


 突然振り返り、「好奇心旺盛なふたりは、じっとさせるよりも同行させたほうが安全だからな!」と笑みをうかべていた。

 それって……阿比咲クレストコーポレーションで、マウと一緒に裏側の世界に突撃しちゃったことかな。

 思わずマウと顔を合わせて、ワタシたちも笑みをうかべた。




「……あ、今思いついたんだけどさ、スイホさん……こういうのって、一度警察署に連絡して後日大人数で捜査に来たほうがいいんじゃないの?」


 階段の前で、スイホさんはマウの声によって立ち止まった。


「……本当はそっちがいいんだけどね……ただ、ここで引き返してしまうと、証拠が消えてしまう……勘でそう思ってしまったの」


 クライさんもそうだったけど……今日のスイホさんも様子がおかしい。

 まるで、焦っているみたい……


 スイホさんは髪の毛から手を下ろすと、目の前の階段を上り始めた。


 ワタシたちも階段を上ろう……




「!!」


 突然、目の前のクライさんの背が縮んだ!




 床が崩れて、穴が開いたんだ!




 反射的に左手が伸びて、クライさんの手をつかむ!




「クライっ!!」「クライ先輩!?」




 だけどクライさんの落ちた勢いに負けて、ワタシの体が前のめりになる!




「!!」




 マウがワタシの右足をつかんだ感覚がした直後、




 ワタシはマウとクライさんとともに、下の階層へと落ちていった。











「……っ!」


 床に落ちた衝撃で、ワタシは天井に仰向けになった。


「クライ! イザホ! マウ! だいじょうぶか!!」


 落ちてきた天井の穴からは、フジマルさんが顔を出していた。

 思ったよりも、フジマルさんの顔が小さく見える。


「……」「だいじょうぶ、ちょっとすりむいただけだから!」


 クライさんは上に向かって手を挙げて、マウが声をかけて知らせる。

 ふたりは大したケガはしていないみたい。安心してワタシも体を起こす……


「……あ、イザホは当たり所が悪かったね……イザホだから大丈夫だけど」


 ……なんだか、視界がグラグラする。首がすわっていない。


 どうやら、頭から落ちたせいで首の骨を折ったみたい。

 ワタシは人格が宿った死体という名の作り物フランケンシュタインの怪物だから問題なかったけど、これが人間だったら死んでいたかもしれない。

 とりあえず、首がもげて昨日みたいに視覚と聴覚が使えない……ということにならなくてよかった。


「フジマルさん、縄はあります?」

「いや、そんなものは持ち合わせていないが……」


 フジマルさんとスイホさんが顔を合わせて相談している内容を聞いて、「あ、ボク持ってるよ!」とおなかのバックパックの紋章から縄を取り出した。


 だけど、裏側の世界の時計塔とは違って、ここからでは届かなかった。

 なんどマウが上に飛ばしても、クライさんが代わりにやってみても、フジマルさんの伸ばす手にも届かない。


「しかたないわ……3人とも、そこでじっとしてください!」

「ここは研究所だった場所だから、きっと地下に続く階段があるはずだ!」


 フジマルさんとスイホさんは、穴から顔を引っ込めた。

 階段を探して、立ち去ったんだ。




 仕方がないので、ワタシは折れた首を、マウとクライさんはかすり傷を、それぞれ治療の紋章が埋め込まれた包帯で治療することにした。


「それにしても、ここってなにをするための部屋なの? かなり広いけど……」


 フジマルさんたちを待っている間、マウは暗闇でも見える夜行性の目で辺りを見渡していた。

 ワタシもバックパックの紋章から懐中電灯を取り出して辺りを照らしてみると、たしかに他の部屋と比べて広い。




「ここは……展示室……みたい……」




 クライさんも懐中電灯を取り出して、壁を照らしていた。


 そこには、“展示室出口”と書かれた看板、


 そして、近くには四角いモニターと文字が書かれたパネルが飾られていた。

 モニターといっても、ホログラムではなくて物体のモニターだけどね。




「紋章の……始まり? これって、紋章が発達するまでの資料を展示していたの?」


 マウが標識に駆け寄ってつぶやいた。


「この研究所は……紋章を研究する大学の所有物……だから、訪れた人にその歴史を知ってもらうためにこのフロアがあったんだ……」


 ワタシは、目の前のパネルに懐中電灯の光を照らして、その一文を見てみた。




 “疫病の危機を救った、魔女”











 そのパネルには、紋章が普及するきっかけとなった出来事について書かれていた。




 今から50年前……2020年、世界中にある疫病が広まった。

 疫病によって人々の暮らしは一変し、治療薬の作成を願うもののその実現は難航していたという。


 その危機を救ったのが、ひとりの人物だった。

 その人物は各地を訪れ、疫病にかかった人々に紋章を埋め込み、治療した。その上、一度紋章を埋め込まれた人物はその疫病を他人に感染させたりすることはなかったという。


 名前も、姿も、性別も……目撃証言が人によって異なる、その人物が何者なのか。


 ただひとつ共通していることは、立ち去る際にその人物はこう言い残していたことだけだ。




「私は魔女だ。はるか昔の魔女狩りの生き残りの、魔女だ」




 やがてその人物は、人々の前から姿を消した……


 紋章の作り方、そして埋め込み方を印した書物を残して……











 以降は、パネルが欠けていて読めなかった。


「この話、ネットで見たことがあるよ。だけどこう……大きいパネルで説明されると、説得力があったんだろうね。資料さえあれば」


 マウの言う通り、近くには何も入っていないガラスケースが飾られている。


「ここの展示物は……全部……阿比咲クレストコーポレーションに……持って行かれた……そうです……」


 それじゃあ、この展示室の展示物は全部、阿比咲クレストコーポレーションの本社で見られるということなのかな。

 でも、こっちで見たかった気持ちがあるけど……




ガンッ!!




 !! 「!!」「!?」




 どこからか、刃物を壁に打ち付けるような音が聞こえてきた!?


 思わず、展示室の出口の通路に懐中電灯を向ける。




 誰かの足が、別の通路へと走っていくのが見えた……




 次に、その足を追いかけて別の誰かが通路に現れ、立ち止まる。




 その誰かはワタシの懐中電灯の光に気づいて、こちらに顔を向けて……!!




「あ……?」




 クライさんが、あっけにとられたように声を漏らした。




 それとともに、その誰かはこちらに近づいてきた……




 手斧を手に、




 青い瞳でこちらを見つめ、




 ツノをワタシに向けて。




「バフォメットだッッッッ!!」




 マウの叫びとともに、ワタシたちは後ろへと振り返り、走り出した。










 壁に飾られている順路と書かれた矢印の向きに逆らい、ワタシたちは走る。


 後ろでは、バフォメットが手を伸ばしながら走ってくる!!


 ワタシが彼を見るのは初めてだけど……じっくり見ている暇はなかった。


 ワタシは一度、バフォメットに首を落とされているから……!




 展示室の入り口を抜けると、左の通路から足音が聞こえてきた。


 さっき襲われていた人か……それともフジマルさんとスイホさん?


「あっちに……逃げよう……!!」


 先導するクライさんの後を、ワタシとマウは追いかける。


 追いつかれないために……!











 その通路の部屋は、それぞれ扉が閉まっている。


 開けられるかを確かめる余裕はなかったから、それらは無視するしかなかった。


 ただひとつだけ、最初から開かれていた扉は除いて。




 その扉の先の部屋は、トイレだった。

 小便器に、個室まである……


 その奥の床にあったのは……羊の紋章。




 !!


 後ろから聞こえてくる足音が大きくなっている!

 逃げ場は……他には見当たらない!




「ど……どうすれば……」

「クライさん! あの紋章に触れて!」




 マウがいち早く、紋章に触れて吸い込まれていった。




 理解が追いつかず戸惑うクライさんの手を握って、ワタシも紋章に触れる……!







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