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第43話 外廊下の化け物





 お気に入りのデニムマスクをつけて、洗面所の鏡を見てみた。


 鏡には、10年前の死体をつなぎ合わせて作られた存在……ワタシが映っている。


 死体という名フランケンシュタイン作り物かいぶつ

 ワタシは自分の存在理由を知るために、この鳥羽差市に引っ越してきた。




 ――自分という存在は、他人から紋章を埋め込まれて作られている。紋章は、自分では作れない……でしょ?――


 ――いろんな人に紋章を埋め込んでもらって、あたしたちは作られるの――




 昨日のリズさんの言葉が、左胸に埋め込まれた紋章の中で再生する。

 言葉の意味はよくわからないけど……ただ、その言葉は初めて聞いた時から、どこか聞いたことのあるような言葉だった。


 お母さまに教えられたことと、似ている。


 きっと……ワタシが自分の存在理由を見つけた時、その意味がわかると思う。




 その言葉を教えてくれたリズさんは……




 昨日、姿を消した。




「ねえ……イザホ、起きてたの?」


 鏡の中のワタシの後ろに、トコトコとパジャマ姿のマウがやって来た。


 今は朝の7時ごろ。

 ワタシは後ろを振り返って、眠そうに目を細めているマウにおじぎをする。おはよう、マウ。


「……イザホ、どうしてパジャマにマスクをつけているの?」


 マウに指摘されて、もう一度鏡を見る。


 ワタシはデニムマスクにパジャマという、おかしな服装をしていた。

 さっき、初めてデニムマスクをもらった日を夢で見て……目が覚めたら、なんとなくつけたくなっちゃった。


「その反応……ねぼけちゃった?」


 たぶん、そうだと思う……

 なんだか、この街に来てからお屋敷の時では経験をしていない……人間のような経験をしているような気がする。


 マウはワタシの顔を見ると、その場で床に手をつけて、おしりを尽きだして背伸びをした。大きく開けた口からは長い前歯が見えている。


「それじゃあ、着替えて朝ご飯を食べて……うーん……目を覚まそっか!」




・クローゼットから服を取り出して、朝食を作る

【https://kakuyomu.jp/shared_drafts/iSmbPiKV9mFydHYoiDSGFwPKG5nAKRbn】




 服を着替えて朝食を済ませると、スマホの紋章にメッセージが届いた。


 フジマルさんからのメッセージだ。


 内容は今日の予定。

 本当は鳥羽差警察署に向かってから瓜亜探偵事務所に向かうつもりだったけど……フジマルさんによると、スイホさんたちは昨日の夜の件で聞き込みすることとなっていたため、ワタシたちに対する取り調べは後日となったらしい。 

 なのでワタシとマウは、瓜亜探偵事務所に向かうようにとフジマルさんに指示をされた。


 今日のマウの服装は、シンプルな青いYシャツに中折れハットという涼しげな服装。マウいわく、白衣を着ていない時の医者をイメージしたコーデらしい。


「ねえイザホ……どうしてリズさんが姿を消したと思う?」


 靴を履きながら、マウがたずねてくる。

 姿を消した理由……昨日のことを思い浮かべながら、胸に思い浮かんだことをスマホの紋章で文字にして、マウに見せてみた。


「……やっぱりね。ボクもそう思ってたよ」


 “リズさんが消えたのは、殺害現場を見た誰かを知っているから”


 その文字を見て、マウはうなずいてくれた。




 リズさんは、誰かからウアさんが殺されたことを聞いていた。

 だから、寝言で口に出してしまった。リズさんは、その人の記憶を元にして作られるものが夢だと言っていた。


 つまり、リズさんは殺害現場を知っている可能性がある。

 仮にこの事件の犯人に連れ去られたとすれば……口封じが目的なのかな。











 1004号室の玄関の扉を開け、ワタシたちは外廊下に出る。


「それにしてもリズさん、昨日のうちに言ってくれればよかったのにな……なにか理由はあると思うけ……」


 マウは横を向いて、黒い目玉に三日月の白目を出した。




 1003号室の前にいたのは、互いに抱き合う女性と化け物。


 女性はこちらに背を向けている。

 後ろから見てわかることは……髪は外はねボブカットで、スーツを着ている。


 そして、奥の化け物は……手は鋭いツメとなっており、女性の背中に回している。

 その化け物の頭は……宝箱?




「……スイホさんにナルサさん、何してるの?」


 マウに名前を呼ばれて、女性と化け物……刑事のスイホさんと紋章ファッションデザイナーのナルサさんは慌てて体を離した。


「イ、イザホさんにマウさん!? えっと……これは……」

「こ、これは……別になんでもないの……」


 ふたりとも、動揺するように顔や手を動かしていた。

 特にスイホさんは頬を赤らめている。宝箱の頭をしているナルサさんはよくわからないけど、きっと姿の紋章を解除したら同じように赤くなっているのかな。


 マウはじっとふたりを見つめて、「ははーん」とアゴに手を当てた。


「イザホ……おとといのナルサさんの言葉、覚えてる?」


 おとといといえば……テイさんがふたり目の犠牲者となってしまった日。

 その日の朝はたしか、マウがすごいショックを受けていたような……あ。


 ――部屋に遊びに来ていたを車で帰そうと支度していたところに、警察が来るまではな――


 ……ってことは、ナルサさんの彼女って。


「本当は気づかれたくなかったんだけど……」


 スイホさんは、肩を下ろした。




 ナルサさんとスイホさん。

 ふたりは高校生のころから付き合っているんだって。まだ結婚はしていないみたい。


「それじゃあ、スイホさんがボクたちの部屋に来た日って……」

「そうよ。たまたま仕事終わりに彼の部屋で過ごしていたら、本部から電話がかかってきて……その後すぐに同僚が来たから、私も聞き込みに参加したわけ」


 マウは改めてふたりを見ると、納得したように腕を組んでうなずいた。


「イザホ。あの時はショックを受けたけど……なるほど、このカップリングなら納得できるよ」


 ……そんなもの……なのかなあ?

 ワタシが首をかしげていると、スイホさんは自分の髪を人差し指で巻きはじめた。そのしぐさを見ていた横のナルサさんは眉を上げる。


「そんなことより……イザホちゃんにマウくん、これからどこに行くの?」

「あ、うん。実は瓜亜探偵事務所に……」

「それなら、私の車で連れて行ってあげる。ちょうどこっちもフジマルさんに会いたかったの」


 そう言って、スイホさんはナルサさんに手を振って、ワタシたちの横を通過する。


「ねえナルくん。今日の晩ご飯、肉じゃがなんてどう?」

「いいね。食材はオレが調達してくるから、またふたりで一緒に作ろう。スイちゃん」


 スイホさんとナルサさんは互いに笑みを見せ合って、スイホさんはエレベーターに、ナルサさんは自分の部屋に、それぞれ向かった。




「ふたりとも、いいカップルだね。といっても、ボクたちの愛にはまだまだほど遠いけど」


 マウはワタシの大きな左手を握って、こちらに顔を向けた。


 ワタシは小さな右手を裾から出して、マウのおでこをなでる。

 もちろんだよ、マウ。


 ワタシとマウは相思相愛。だから、とっても仲良し。


 スイホさんとナルサさんよりも、ずっと仲がいいもんね。




 エレベーターの中で、マウが今日のナルサさんのファッションについて教えてくれた。


 今日は“ミミックスタイル”。宝箱に擬態した化け物をイメージしたファッションなんだって。

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