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【印象の夢】




 「……っ。イザホ、どうしたの?」


 お屋敷にあるお母さまの寝室に足を踏み入れると、うつむいていたお母さまがこちらを向いた。

 その目には、水のようなもの……涙が貯まっていた。窓の外から差し込む光に反射して、きらきらと輝いていた。


「あ……気にしなくていいのよ。ちょっと懐かしんじゃって」


 ……人間は、悲しむと涙を流す。

 それを流したお母さまは、きっとまた……


「本当に気にしなくていいのよ。今日は別のことを思い出しただけなの」


 そう言いながらお母さまは、目の前にかけられている人物画に顔を向けた。




 人物画の中には、赤毛のおさげをした女性。


 その下の名札に書かれていたのは……


【  アリス・キテラ  】

1324年13世紀




「彼女は絵として残るほど有名となった、人々を陥れた魔女。でも本当に魔女だったのかはわからない。“初めて魔女裁判にかけられた事実”が印象に残り、有名になったのよ」


 お母さまはワタシを見て、笑みをうかべる。

 その手には、ラッピングペーパーで飾り付けられた箱が握られていた。


「イザホも、みんなに印象に残ってもらえるようにしてあげないとね」


 行きましょうとお母さまはこの寝室から立ち去って行く。




 そうだ、今日はワタシの――











「ハッピーバースデー、イザホ」


 お母さまが、ダイニングルームのテーブルの上に先ほどの小さな箱を置いた。

 これが……誕生日プレゼント。


「今日で8歳になるのね」


 8歳という言葉に、ワタシの知能の紋章は違和感を感じながらも、人格の紋章としてのワタシは気にしなかった。

 違和感を感じたのは、普通の8歳よりも身長が高いだけ。でも、そもそもワタシは人間ではないから、あまり関係がない。身長も生まれたまま変わっていないから。

 それに普通の8歳の人間なんて、知能の紋章が持っていたイメージにすぎない。


 今日は、ワタシの誕生日。

 6人の死体がつなぎあわせた物に紋章を埋め込まれてワタシが作られてから、今日で8年になる。




「あなたと出会えてから……私は、もうさびしくなんてない。イザホ、あなたのおかげよ」




 この8年間、ずっとお母さまの側で暮らしてきた。


 お母さまはワタシに対して、本当の娘のように接してくれた。


 その一方で、時々お母さまはひとりで泣くことがあった。


 どうして泣いているのかを聞いてみると、8年前の事件で殺されたひとり娘のことを思いだして、悲しくなったと答えていた。


 ワタシは、悲しいという感情がどんなものなのか、わからなかった。


 人格の紋章によって感情は持っているけど、悲しいという感情は今まで考えたことはなかった。


 でも、問題はないよね。


 最近、お母さまがひとりで泣いている回数は少なくなっている。


 ワタシは、ちゃんとワタシの役割を果たせている。


 そのことが、嬉しかった。




 お母さまが箱を開けようとした時、どこからか音楽が流れてきた。


「あ……イザホ、ごめんね」


 お母さまは自分の左の手のひらに埋め込んだ、スマホの紋章に触れて、耳に手を当てた。

 たしかあの紋章は、電話ができる紋章だったっけ……


 お母さまが電話の相手と話している間、ワタシは窓の外を見てみる。


 緑色の葉っぱを生やした森が、風に揺られていた。




 最近、ワタシはよく窓の外を見るようになっていた。


 お母さまは時々、買い出しなどでお屋敷から出て行くことがある。


 ワタシはお屋敷で留守番をしているんだけど……


 お屋敷の外でのお母さまは、どう見えるのかが気になっていた。


 いつか、ワタシもお母さまと一緒に外に出て……


 お母さまのことを、もっと知りたかった。




「イザホ、窓の外になにかあるの?」


 お母さまにいきなり話しかけられて、思わず背伸びをしちゃった。

 ワタシが窓の景色を見ている間、もう電話は終わっていたみたい。


「ねえイザホ。来週ね、お母さんは出かけてくるの」


 ……珍しい。

 来週なら、まだ日があるはずだ。いつもお母さまは出かけるその日に報告するのに、先の予定のことを話すのは初めてだった。


「その顔……イザホも、一緒に行きたいの?」


 表情を読み取られて、ワタシの目の紋章から映し出される視界が揺れる。


「ふふっ、わかるわよ。だって前から外に出たそうに窓をのぞいていたんだもの」


 ……今まで、見られてた?

 恥ずかしい……そう思ったのは、初めて。


「ちょうどいい機会ね。さっき私のおばさまが死んだって電話がかかってきたの。それでお葬式に出ることになったけど……イザホ、あなたも来てみる?」


 ……お葬式?

 お葬式って、死んだ人に行われる儀式のことだ。


 ……お母さまと一緒に外に行けるなら、どこでもいい。


 ワタシは笑顔でうなずいた。


「決まりね。それじゃあ、誕生日プレゼント……開けてみて」




 ワタシは、目の前の箱についているラッピングペーパーを剥がして、箱を開けた。




「イザホが外に出る時にきっと役に立つと思って、私が作った手作りよ」




 中に入っていたのは……デニム素材でできた紺色のマスク。




「外に出るならたくさんの人と出会う。その時、印象に残る物を身につけていれば、みんながイザホのことを覚えやすいでしょ?」




 ワタシはそのデニムマスクを手に乗せて、




 口元につけた。

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