フジマルさんが吸い込まれた扉には、“立ち入り禁止”と大きな文字で書かれている。
その文字の下に、さらに小さな文字で書かれた文章があった。
“しばらくしたら、ここもはいれるよ”
“それまでぜったいに、はいらないでね”
「……そこは入っちゃだめだよ」
後ろを振り向くと、アンさんが立っていた。
よく見ると、半袖で雪の上に立っている……風邪ひかないのかな?
「ねえ、この文字ってアンさんが書いたの?」
マウが大きな文字を指さしながら質問すると、アンさんは首を振った。
「ううん。このお庭に入ってから、もう書かれてた」
次にマウは、小さな文字に指をさす。
「“ここも”ってあるけど……他にも立ち入り禁止の場所とかある?」
「うん……本当はここのお庭もはいっちゃだめだった。それが今日、立ち入り禁止の文字が消えていて……」
その時、なにかが壁にたたきつけられるような音が聞こえてきた。
この扉の向こうだ……!
「ちょっとまって! 本当にダメなんだってば!!」
扉に手をかけようとすると、アンさんが手を押さえた。
ワタシはマウと一緒に顔を合わせて、うなずいた。
だいじょうぶ。ワタシも同じこと、思っているから。
「アンさん、ボクたちはフジマルさんを見捨てることはできない。それに、イザホは気になることがあればじっとしていられないんだ」
「……」
アンさんよりも低い身長のマウは、アンさんの顔を見上げる。
「だからさ、ここはボクたちに任せて。キミは外に出たら、化け物の仲間に捕まらないために本を持って安全な場所に移動して。本は誰にも渡さないでね」
アンさんは考えがまとまらないのか、しばらくいろんなところに目を向けて、
やがて、決心したようにうなずいた。
「……わかった。すぐに帰ってきてね」
図書室に続く扉に帰って行くアンさんに、マウは後ろから声をかける。
「帰ったらボクの新しい芸、楽しみにしててね!」
「いや、はっきり言って、面白くはなかったけど」
図書室の扉をくぐったアンさんの後ろ姿を見て、マウはブッブッと不機嫌そうに鼻を鳴らした。
立ち入り禁止の扉の向こう側は、廊下のような場所……
「なんだか、学校の廊下に似ているね。取り壊される直前の旧校舎ってかんじ」
瑠璃絵小中一貫校と違う点は、壁や床が木造であること。
そして、今にも床が抜けそうなほどボロボロであることだ。
「それにしても、こんなに教室があったら探すのが大変だね。どこかに通った跡のようなものがあればいいけど……」
懐中電灯を動かして、マウとともに痕跡を探そう。
その痕跡は、わりと近くにあった。
バラバラになったネズミが、床に散乱していた。
「……これって、人形?」
つなぎ合わせたら手のひらサイズであろう、金属製のネズミのパーツを見て、マウは首をかしげた。
ワタシはそのネズミの胴体を拾い上げてみる。
そのネズミの人形は、金属で出来ていた。
まるで足でつぶされた缶コーヒーのように、胴体はへこんでいる。
……よく見てみると、つぶされてへこんでいる胴体に、紋章が埋め込まれていた跡がある。
今はもう魔力を失い光ってはいないけど……
これは……知能の紋章……!
「どろぼー」
「どろぼー」
声が聞こえてきた。
いろんなところから、一斉に指をさして非難するように。
「どろぼー」
「どろぼー」
「どろぼー」
声は近づいてくる。
四方から聞こえてくる声を聞いていると、
もうすでに包囲されているような気がしてきた。
「イザホ! こっちに隠れよう!」
マウが近くの扉を指さした。
そうだ、このままでは危険だ!
近づいてくる声は……明らかに殺気を帯びている!
ワタシはマウとともに、近くの扉に手をかけた――
「!! そんな!?」
――開かない!
なんども横に動かしても、扉はガタガタと音を鳴らすだけ。
ワタシとマウは、ともに扉に体当たりした。
だけど、破れる気配がない。
こんなにも、ボロボロな扉なのに!
「このっ……開いてってば!」
なんども扉に立ち向かっているうちに、声の主は近づいてくる。
ワタシたちの背中に向かって……!
「どろぼー」
「どろぼー」
「どろぼー」
「どろぼー」
「どろぼー」
「どろぼー」
「どろぼー」
「どろぼー」
「どろぼー」「どろぼー」
「どろぼー」「どろぼー」「どろぼー」
「どろぼー」「どろぼー」「どろぼー」「どろぼー」
「どろぼー」「どろぼー」「どろぼー」「どろぼー」「どろぼー」
「どろぼー」「どろぼー」「どろぼー」「どろぼー」「どろぼー」「どろぼー」
!! 「!?」
その時、ワタシとマウは前に倒れた。
扉がいきなり開かれて、教室の中に転がり込む形で。
ガタンと、扉を閉める大きな音が響く。
カチリと、カギを閉める音が鳴る。
ドンドンと、扉を蹴破ろうとする音が叫ぶ。
「イザホ、マウ、無事か!?」
見上げると、おなかを押さえるフジマルさんの姿があった。
扉をたたく音が静まった後、マウはフジマルさんにアンさんのことを伝えた。
「そうか、アンを帰したのか。それに加えて黒い本を誰にも渡さないように指示をした……ふたりとも、お手柄だぞ!」
お手柄って言っても……全部マウのおかげだけどね。
もしもこの事件の犯人の関係者に黒い本を渡すと、出口となる羊の紋章を削り取る可能性がある。きっとマウはそれを考えて、アンさんに本を守るように指示したんだ。
「ところでフジマルさん、あいつらってなんなの?」
マウは先ほどまでたたく音がしていた扉に指をさした。
「ああ……あいつらは通称“ブリキのネズミ”と呼ばれる人形だ。その名のとおりブリキでできたネズミの人形に知能の紋章と動作の紋章を埋め込み、侵入者を撃退する。かつて防犯システムの一環として開発されていたが、結局商品化にはならなかったらしい」
商品化にならなかったってことは、売ることができなかったってことだ。
考えられる理由としたら……なんらかの欠点があって、防犯には役立てなかった。
もしくは……あまりにも危険すぎたから?
「それなら、どうしてそんなものがここにあるの?」
「……」
フジマルさんは、なにも言わなかった。
その時、後ろから何かが落ちた音がした。
…… 「……」「……」
後ろを振り返ると、大きな木の破片が落ちていた。
上を見上げると、穴の開いた天井。
「どろぼー」
そして、ワタシたちを見下ろす、ブリキでできた手のひらサイズのネズミ。
後ろには大群を引き連れている。
目の紋章が埋め込まれた眼球でこちらを見て、
鋭くとがった歯を、鳴らしていた。