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第29話 宙づりの時計塔





「イザホ、マウ、無事か!?」


 裏側の世界の建物の中、上空のつらされた人影を眺めていると、無線の紋章からフジマルさんの声がたずねてきた。


「あ、うん……実は……」




 マウが状況を説明している間、ワタシは周辺を見渡してみた。


 レンガの壁にそって、らせん階段が設置されている。

 この階段を上れば、あの死体の人影のところまでいけるかもしれない……


 ただ、問題なのはワタシたちがいる階層の階段は、一部が崩れていた。ここからでは、登ることは不可能だ。

 マウもちらりと崩れた階段に目を向けてくれた。




「そうか……その人影がテイなのかも知れないんだな」

「あの死体がテイさんだとしたら……手遅れだったってことなのかな?」


 心配するようにマウが答えると、「いや、そんなことはないぞ!」とフジマルさんの声が右耳に響く。


「今まではインパーソナルにされたウアが犯行を行ってきたが、昨日、イザホとマウによって元の死体に戻ったはずだ。だとすれば、テイが殺されたと仮定すると、犯人の目的は彼女の死体の回収だ」


 人格なき死体インパーソナル……

 それは、この事件の犯人によって、紋章を埋め込まれて操られている死体のこと。


 瓜亜探偵事務所で定義したこの言葉を、胸の中で確認する。


「それじゃあ、相手が回収する前にボクたちがたどり着ければ、相手の思惑を阻止できるってことだよね?」

「ああ……ただし! これはテイがすでに殺されたと仮定した場合だ。そして、これがワナであることは重々承知してくれ。近くに実験室に戻る紋章はあるんだろう? なにかあったら、すぐに戻るんだ。いいな?」


 マウが「うん、わかってる」と答えて無線の紋章から手を離す。


 それとともに、ワタシは羊の紋章の反対側にある扉に懐中電灯を向けた。











 扉を開けると、薄暗い光と雪が差し込んだ。




 建物の外は大きなルーフバルコニーとなっていて、足場は雪で埋め尽くされている。


 手すりの向こうにあるのは、山、そしてわずかに顔を出している太陽。


 まるで、朝焼けのようだ。


 この近くには、他に建物は見当たらず、下はまっくらでよく見えなかった。




「ねえ、中の階段は使えなかったけど……あのはしごなら上に行けそうじゃない?」


 マウの声に振り替えると、ワタシたちが出てきた扉の隣に、金属製のはしごがある。


 そこから見上げると……巨大な長針が見えた。


 ここは時計塔だ。


 そしてたった今、時計塔から鐘の音が鳴り響き、12時で止まっていた長針と短針が動き出した。




「うーん、無念」


 はしごの前で、マウはうなっていた。

 さっきから片手ではしごのつかむところ……ステップをつかみ、もう片方の手で上のステップに手を頑張って伸ばしているけど……届いていない。

 ウサギだから、身長が届かないんだ。


「しかたない……イザホ、先に上に上がってくれる? ついたらさ、この縄を下ろして」


 マウはおなかのバックパックの紋章から、丸くまとめている縄を取り出した。

 いつの間に持ってたの。


「こんな時もあろうかと、用意しておいたのさっ……て言うタイミングかな。このロープはマンションの各部屋に用意されていた非常持ち出し袋の中にあったんだけど……裏側の世界のことを考えたら、役に立つかなって思ってね」


 ワタシはマウからヒモを受け取ると、それを自分のバックパックの紋章に仕舞ってから、はしごに手をかけた。




 背中や髪、頬を、雪がなでていく。


 時計の数字の6のすぐ下に、扉がついた小さなベランダが見えてきた。

 柵もちゃんと付いている。


 ちょっと下を見てみると、雪の上に小さなマウがちょこんと見えていた。

 もう小さなまんじゅうぐらいの大きさになってる。


 あまり下をジロジロ見ていたら、手を離してしまいそうだった。早く上に行こう。




 上のベランダまでたどり着くと、目の前に扉が見えた。中に続いているのかな。


「イザホ、着いたんだね!」


 無線の紋章からマウの声が聞こえてきた。

 落ちないように下を見て、手を振ってあげよう。


「それじゃあ、片方を柵に縛って、縄を下ろして」


 ワタシは自分のバックパックの紋章から縄を取り出すと、マウの指示に従って縄の片方を柵に縛って、残りをマウのところまで下ろした。

 結構な高さだけど、届くかな……


 下の方でマウは縄をつかみ、しばらくその場で作業をし始めた。


「これでよし……イザホ、ボクの体に縄をくぐったから、上げていいよ」


 無線の紋章からのマウの声を聞いて、ワタシは縄を引っ張り始めた。




 まんじゅうぐらいの大きさだったマウは、じょじょに見慣れた大きさになっていく……




「よっ……こいしょっと」


 上のベランダまでたどり着いたマウを持ち上げてあげる。

 ベランダの上に下ろすと、マウは登っている最中にも吹き飛ばされないように大事に押さえていた帽子を被り直し、ワタシの顔を見てプウプウと鼻をならしてくれた。




 その黒い目の端に、白目が出てきた。




「!! イザホ!! 後ろっ!!」




 振り替えると、黒いローブを着た人影が、刃物を構えていた。




 ……!!




 思わず、体を後ろに倒してしまった。


 足の裏が、少しずつ雪から離れていく。


 視界は時計塔を離れ、空へと移り……




 下のベランダが見えたとともに、落下する!!




 ……っ!! 「!!」




 体が揺れたと思うと、ワタシは空中で宙づりとなった。


 左足に誰かがつかんでいることに気がつくと、すぐに引き上げられた。




「……」


 引き上げられたワタシには目もくれず、なぜかマウは引き上げた人物を見て口を開けていた。


 目の前で息を切らしている、ワタシを引き上げてくれた人物は……黒いローブを着ていた。




「ねえ……どういうこと……?」


 マウがあぜんとするのもうなずける。

 今まで、裏側の世界で黒いローブを着た人物は操られた死体であるインパーソナルで、ワタシに襲いかかってきたのに……


 ……いや、この人はインパーソナルじゃない。

 インパーソナルとなったウアさんは、息を切らすこともなく執拗しつように追いかけてきた。体の疲労を感じていないように。

 その一方でこの人は、息を切らしている。まるで必死になった……感情的にワタシを引き上げたように。

 この人は……まさか、人間……!?




 そのローブの人物は顔を上げ、こちらをじっと見た。


 顔は、白い仮面で覆われて、わからない。


 ただ黙って立ち上がって、近づいてワタシを見つめ……




 改めて刃物を構えた。








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