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第17話 娘に会いたい母親と、縛られた不審者



 マンション・ヴェルケーロシニのエントランスに入るための暗証番号を入力して入ると、エレベーターに乗り込むハナさんの姿があった。


「……ねえフジマルさん、ハナさんの部屋はどこにあるの?」


 犬の着ぐるみを着たマウが、姿の紋章によってそり頭の男性の姿になっているフジマルさんにたずねる。


「ハナの部屋は1002号室。ここの10階だ……!!」


 1002号室? ワタシとマウの部屋の、隣の隣……




――このマンションは防音設備が整っているからだいじょうぶとは思うけど、あそこの住民はそっとしてほしい。ちょっと落ち込んでいるから――




 1003号室の住民である、紋章ファッションデザイナーのナルサさんの言葉を思い出す。

 あそこが、ハナさんの部屋だったなんて。


「とにかく、もしもハナの部屋が待ち合わせ場所だとしたら、エレベーターが下りるのを待っている時間はない……! こうなったら、階段を駆け上がるぞ……!」


 フジマルさん、焦ってる……? 

 大声を出さないように抑えているのか、唇が震えている……


 そう思っていると、フジマルさんはひとりで駆けだした。


「あ、ちょっとまっ――」


 マウが追いかけようとして、転けそうになった。




「てぇっ!?」


 その瞬間、いきなりヒモのようなものがマウの胴体を巻き取って、横に連れて行った。


 ごろんと、着ぐるみの犬の頭が転がる。




「なにっ!? マ――」


 フジマルさんも右足を別のヒモで巻き付けられ、管理人室へと引きずり込まれた……


 !! ワタシも――













 ――ビニール製のヒモで巻き付かれて拘束され、管理人室に引きずり込まれた。


 壁にたたきつけられ、その場で手足も拘束されてしまう。


 ちょうど壁に背中を付けられた形で、マウとフジマルさんと並ぶ。




 その先には……ガラスケースに守られた紋章。


 マンション・ヴェルケーロシニに命を吹き込まれた、ここの管理人さんだ。

 その側には穴が空いていて、そこからヒモを出している。


「よくもまあ、堂々と正面から入ってきましたね、コソドロ」


 ……すごいドスのきいた声が、声の紋章から発せられてきた。


「ひとつ聞かせてください、コソドロ。なぜ貴様きさまたちはここの暗証番号を知っているのでしょうか。ここは住民、もしくは住民が招待した方以外は立ち入り禁止ですよ、コソドロ。貴様たちのような汚い顔は、ワタクシはまったくご存じ――」


 そこまで言って、急に声が小さくなった。


「――えっと……もしかして、マウさま……ですか?」


 横で着ぐるみの頭がなくなって、マウのウサギとしての顔があらわになっているの見て気づいた。


 多分こうなったのは……変装のせい……?






「ほ……本当に申し訳ございませんでした……まさか、尾行中だったとは……」


 フジマルさんは姿の紋章を解除して、ワタシとマウは変装道具の衣装と着ぐるみを脱ぎ捨てると、すっかり午前中に聞いた声が聞こえてきた。


「いやっ!! 君のしたことは間違いではない!! ここの住民に危害を加えないためにしただけだからな!! むしろ我々の変装が素晴らしすぎた結果だ!!」

「いや、ちょっとは批判してよ……いくらなんでもやりすぎでしょ、このセキュリティ」


 ブッブッと不機嫌に鼻を鳴らすマウに対して、元の無造作ヘアーに戻ったフジマルさんは認めているように笑っていた。




 ワタシとマウの部屋である1004号室はフジマルさん名義で借りている。

 ワタシは人間の記憶を引き継いでいない死体だから、マウと含めて“愛玩用ペット”という扱いを受けている。ペットでは部屋は借りられないから、代わりにフジマルさんが手続きを行っていたはずだ。

 だから、フジマルさんは管理人さんと面識があるはずなんだよね。


 それにしても、今はこうしている場合ではないような……


「……!! そうだ! なあヴェルケーロシニ、じつは……」




 フジマルさんは事件のこととハナさんのことについて簡単に説明を行った。


「そ……そんなことが起きているなんて……」

「たしかここは監視カメラがないかわりに、君自身が建物の中の様子を見ることができるんだったな。今、ハナが何をしようとしているのか見てくれないか?」


 フジマルさんが頼むと、管理人さんはしばらく黙っていた。


「……たった今、ハナさまはご自身の部屋……1002号室に入っていきました」


 一度ため息のような声を出して、状況の説明を続けた。




「“ただいま、ウア”と、涙を流しながら」




 !! 「まさかっ!!」「まずいんじゃないの!?」


 思わずフジマルさんとマウの声に合わせて、背中を伸ばした。


「ねえ管理人さん!! その1002号室の部屋の中の様子は!?」


 マウは慌てて管理人さんにたずねる。


「いえ、それは住民のプライバシーの尊重のため、のぞけないように設計されています。しかし、フジマル様のお話によれば……」

「ああ……間違いないっ! ハナにとっての待ち合わせの場所は、あの1002号室だったんだ!」


 フジマルさんは大声で叫びながらも冷静さを持ち続けており、そのまま管理人さんの紋章に向かって人差し指を立てる。


「ヴェルケーロシニ! すまないが1002号室のオートロックを解除してくれッ!! ハナに危機が迫る前に、我々で説得したいッ!!」

「……わかりました。住民の安全を守るのがワタクシの役目。すぐにオートロックを解除し、エレベーターもこの1階に呼び出します!」

「よし! 早く行こう! イザホ!! フジマルさん!!」


 管理人室の出口に向かって駆けだしたマウに続いて、ワタシとフジマルさんも後を追いかける……


「……ぐく!?」


 と思いきや、フジマルさんがその場でしゃがんだ。


「フジマルさん!?」


「すまないっ!! こんな時に……足をくじくとは!! 先に行っててくれ!!」

「これも私が余計なことをしたせいで……フジマルさまの手当てはワタクシがいたします。おふたりは先に1002号室へ!!」


 フジマルさんを残して、ワタシとマウはエレベーターへと向かった。










 ワタシたちは10階の外廊下にたどり着くと、すぐに1002号室の扉を開けた。


 中の構造はワタシの部屋とは変わりない。

 部屋も最近掃除したのか、比較的キレイだ。


 土足でリビングに上がって見たものは、ソファーに腰掛けるハナさんの後ろ姿。


 前方から見てみると、昼間とはちがってうつろ目で、手にはスケッチブックが握られている。


「ハナさんっ!!」


 リビングに侵入してきたワタシたちに、さすがのハナさんも顔を上げた。


「あなたたちは……」

「ハナさん、聞いて!! あの手紙のことだけど……」


 ハナさんはワタシたちに目を合わさず、手を震えさせ、立ち上がった。


「ああ……やっと会える……やっと会えるのね……」


 手から、スケッチブックが落ちた。


「ちょ、ちょっと、ハナさん!?」


 そのスケッチブックには、このような文字が書かれていた。




 “イザホがやって来たら、会わせてあげる”




「イザホ!! 早くハナさんを止めないと!」


 マウの言葉にわれに返る。

 そうだ、スケッチブックの文字に気を取られている場合じゃない!!











 ハナさんを追いかけた先は……誰かの自室のような場所。


 部屋にはベッドに勉強机、そして壁に飾られていた、水彩の絵の具で描かれた絵。




 そして部屋の隅に置いてある画用紙に、緑色に輝く羊の紋章……!!




「ああ、やっと許してくれた……やっと会える……!!」

「ちょっと待って!! 言っちゃダメッ!!」


 マウはハナさんの右足を、ワタシはハナさんの左手をつかんだ。


「……ぁ!!」


 突然ハナさんはふりほどくように、体を大きく揺らしはじめた。


 ……ッ!! すごい力!?

 決して元からそんな力はなく、すごい思いの強さによって振り回される力みたい……!!




「あわっ!」


 !! マウっ!?


 ふりほどかれ宙を飛ぶマウに気を取られた瞬間、ハナさんはワタシを突き飛ばした。




 ワタシが壁に激突している間に、ハナさんはスケッチブックに手を伸ばそうとしている! 


 マウを見てみると、受け身を取ったもののバランスを崩してその場で倒れた!


 ワタシが止めなきゃ!!

 すぐに体勢を戻すと、ワタシはハナさんに向かって手を伸ばした。




 !! よかった、右手をつかめた……











「よかった……もうすぐ、会いに行くからね」




 ハナさんの手は、羊の紋章に触れていた……!!










「待っててね……すぐに行くか――」


 ハナさんはもう頭部が羊の紋章に吸い込まれている!

 いくら引っ張っても、引きずり出せない……!!


「ちょ、ちょっとまって、またこの展開!!?」






 ワタシの右足をつかんだマウに引っ張ってもらうヒマもなく、ワタシたちはハナさんともども、羊の紋章の中に引きずり込まれた。



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