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26:花守と愛妻

 懇親パーティーの夜以降も、深良の生活に大きな差異はなかった。

 典都が自室のベッドを大きなものに買い替え、彼女もそこで寝起きするようになった以外は、おおむね今まで通りだった。


「あ、そうだ。藤田くんが、独り暮らしするんだって」

 向かい合って夕食を摂りながら、深良はふと思い出したことを口にした。

 器用にサンマの身をはがしながら、典都も視線で続きを促す。


「布里絵さんが、アパート探しに協力してくれたんだって。孫の彼氏だから、放っておけない!って」

「そうか。あの人らしいな」

「ね」

 わずかに表情の緩んだ夫に、深良も微笑む。


 仁八の恋人は、布里絵の孫娘だった。灯台下暗しと言うべきか、予想外な組み合わせである。

 父親が自分の友人に酔いつぶされ、あまつさえ笑いものにされたことで、彼も何かが吹っ切れたらしい。


「学費も自分で稼ぐ。もう、あんたの価値観に縛られないから」

 仁八はそう、正面切って父親に啖呵を切った後、家を出たという。幸いにして、布里絵も将来の婿の支援を買って出てくれている。


 懇親会での醜態が島中に広がっているためか、それとも息子がそこまで反抗するとは思わなかったのか。今のところ、藤田は大人しい。

 そう、隔離政策が停滞するほどに。


 一番の賛成派だった彼が沈黙することによって、反対派が盛り返しているらしい。

 確かな情報筋──というか、それによって現在割を食ってる夫の弁なので、疑いようもない事実だった。


 漬物を咀嚼して、典都は肩を落としてうなだれた。深良もつられて困った笑顔になる。

「この後も、お泊りですか?」

「ああ。本土の議員様が帰るまで、俺も帰れん」

 地獄の底から響くような、うつろな声だ。


 形勢逆転によって、反対派の議員が徒党を組み、島の視察に来ていた。典都達護花隊はその護衛のため、付きっきりで業務にあたっている。

 今も束の間、着替えを取りに戻りがてらの昼食兼夕食だった。


 五日ぶりに見た夫の顔は、確かに疲れていた。心なしかやつれてもいる。

 だから深良も、寂しいとか、甘えた言葉は飲み込む。彼だって、好きで家を空けているわけではないのだ。


 代わりに、今さら思い浮かんだ疑問を口にした。

「そういえば、典都さん」

「うん?」

 典都が首をかしげて、続きを促す。

「護花隊の『花』って、何なんですか?」

「今さらだな」


 少し笑った彼は、静かに言葉を続けた。

「昔、花の交易で栄えていた名残だ。真倉瀬島は生態系が独自進化を遂げていたから、珍しい花も多かったらしい」

 その花の種子が貿易の目玉商品だった時代、海賊から商品を守るために組織されたのが、護花隊なのだそうだ。


「なるほど。その名残だったんですねぇ」

 だが、ここまで説明して、典都は再びうなだれた。先程の比ではなく、がっくりと。

「しかし今は、花どころか脂ぎった、クソみたいなオッサン共のケツを追い回しているわけだ」


 駄目だ、かなり落ち込んでいる。いつになく、口調が雑になっている。藪蛇やぶへびだったか。

「どうせなら、美人を守りたいですよね」

 しみじみ、深良も同意すると、なぜかキリリと生真面目な顔で首を振られた。


「美人ではなく、深良がいい」

「へっ?」

「俺の花は君だ」

「はぃっ?」

 破裂しかねない勢いで、深良の顔が赤くなった。

 彼は時々、真顔でこっぱずかしいことを言うので、非常に困る。


 へどもどする彼女を、典都は変わらず真顔で見つめた。

「いかん。このまま家でイチャイチャしたくなった」

「そういうこと、曇りのない目で言わないでください!」

 たまらず深良も吠える。


「職務放棄はだめです! 真昼さんたちにも、迷惑かかるじゃないですか」

「どうせいつも、俺が迷惑を被っているんだ。たまにはいいだろう」

 そう言い切った夫は、年甲斐もなくすねていた。DVD事件を、まだ引きずっているのだろうか。恐らく、そうに違いないはずだ。


「あと三日の辛抱ですから。隊長さんも、終わったら連休取っていいって、言ってくれたんでしょう?」

 どっちが年上なんだか、と深良がなだめれば、不承不承と頷きがあった。

 もう一押し、と彼女が畳みかける。


「あたしも、三日後はお休みになったんですよ。先生が学会に出るから、授業が潰れちゃって」

 典都の死人みたいな顔に、うっすら光が戻った。


 本当は一コマだけ講義が残っているのだが、

「旦那が働きづめで死にそうなんだ!」

と友人に泣きつけば、

「労ってやれ!」

と影武者出席を快諾してくれた。

 代わりに馴れ初めを根掘り葉掘り聞かれたが、そういう苦労は言わないのが粋である。


「だから一緒にお休み取ろう? あたしも楽しみにしてます」

「分かった」

 即答だった。駄目押しが見事に決まった。


 結晶人は合理的な種族、と言われているが、典都は案外情にもろいし、目先の欲にも弱い。だが、そこが彼の良さでもある、と断言できた。

 分かりづらくも優しい人だからこそ、深良も彼を好きになれたのだ。


 典都の帰宅日に赤丸がされたカレンダーを見やり、深良は考えた。

 年末に彼の実家へお邪魔した帰りに、墓参りもしようかと。

 典都となら、両親の墓前にもまっとうな気持ちで向かい合える気がした。

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