病人の面立ちになっている典都そっちのけで、会場は二人の酒豪を中心に盛り上がった。
藤田は長年鍛え続けた肝臓を、深良は若さと勢いを武器に、次々とショットグラスを空にしていく。
その様を見守る一同も、さすがは体育会系とその一家。会場はたちまち西部劇に出てくる、酒場の如き盛況に包まれた。
「いいぞ深良ちゃん! 飲みっぷりが男前!」
「奥さんがんばってー!」
しかし藤田にとって、ここはアウェーでしかなかった。二人が五杯目を空けた辺りから、周囲はおべっかをどこかへ放り投げて、一致団結して深良へ声援を送る。しかも護花隊隊員とその親族だけでなく、藤田と同じスポンサーまで応援する有様であった。
彼の部下だけは、健気に藤田へ声援を送っているものの、その目はむしろ対戦者に注がれていた。
なにせ見ていて、気持ちが良いのだ。ドレス姿の少女が、姿勢よくニコニコと、お菓子をつまむような気軽さで酒をあおるのが。
対する藤田は、徐々に足元がおぼつかなくなっていた。
長年肝臓を鍛えてきたということは、すなわち、長年肝臓に無理をさせてきている、というわけでもあり。
加齢も手伝い、肝臓のアルコール分解速度は本人の若作りに反して遅くなっていたのだ。おまけに周囲は敵を応援するものだから、不機嫌さが更に胃をむかつかせる。
対する深良は、友人からも「ザルってか、干上がった田んぼみたいだ!」と評される呑みっぷりの持ち主であり、まだ二十歳になりたてであり。
つまるところ、メスガキと侮った相手は天才だったのだ。酒飲みの。
十三杯まで付き合った秀才の藤田は、頑張った方だろう。グラスをテーブルに置くことすら叶わず、彼はきりもみするように倒れた。
「しゃっ、社長!」
意味不明瞭な言葉を口内でもごもご呟く彼を、部下が大慌てで助け起こす。
ごちそうさまでした、と両手でグラスを置きながら、深良はあえて上品に笑いかけた。
「あらあら。この程度のお酒で酔いつぶれちゃうなんて、人生楽しむのを放棄してませんか?」
嘲笑のカウンターによって、本日一番の笑いが起こった。ホールが揺れるほどに。
盛り上がってもらえて良かった、と笑顔を張り付けながら、深良は内心で冷や汗をかいていた。
仁八が人並程度にしか呑めないので、たぶん勝てるだろう、という勝算でもって挑んだわけだが、相手が田んぼを上回る砂漠の可能性だってあったのだ。
負けていたら、典都のメンツだって丸つぶれになってしまう。
ホッとした途端、彼女の足もようやくぐらついた。もともと慣れないヒールを履いていたので、酒類がなくとも
バランスを崩した彼女を、典都が素早く抱き止めた。ずっと暗い顔で成り行きを見守っていた彼は、やっぱり今も、棺桶に両足食われたような顔だ。
「あ、典都さん、ありが──うわっ」
礼を言い終わるより早く、後ろからためらいがちに抱きしめられた。
「頼む、無茶はしないでくれ……」
かすれた声が、赤面する頭上から聞こえる。
平時では見られない彼の仕草に、主として部下たちが色めいた。おぉっ!と地響きのような声が沸き起こる。
そんな声も聞こえないぐらい打ちひしがれている彼に、深良もはにかむ。壊れ物のように自分を抱きしめてくれる腕を、優しく叩いた。
「無茶ぐらいするよ。だって、あなたの奥さんだもん」