煌びやかなワンピースに似合うよう、いつもより化粧も入念に。ヘアピンを駆使して、髪型もそれと合うよう工夫する。
自室の姿見でためつすがめつ点検し、よし、と一つ頷いた。
年上の旦那様とお似合い──とまでは行かずとも、見劣りはしない出来栄えになったはずだ。
優枝の指摘通り、背伸びしたドレスを選ばなかったおかげで、全体的に品よくまとまった気はする。赤いドレスを選んでいたら、力士姿の病人に匹敵する違和感があったはずだ。そんな人物は、見たことがないが。
第三者のお墨付きもあるので、気後れせず自宅を出られた。
典都は昼間から、本部の一般公開を手伝っている。現地で落ち合う手はずになっていた。
「迎えに行けないので、タクシーを使ってくれ」
とのお言葉と交通費に遠慮なく甘えて、マンション下で待っていた黄色いタクシーに乗り込む。
歩くことは嫌いではない。が、本部まで、自転車で三十分程の距離がある。
おまけに履きなれないパンプス姿であるため、路面電車の停留所までたどり着ける自信がなかったのだ。
──とか言いつつ、自分も甘え上手になったよなぁ。
運転手の
「結婚式? デート?」
という問いかけに
「パーティーです」
と笑って答えながら、ぼんやり外を見た。
少し前の自分なら、意地でも自転車か路面電車で向かったはずだ。
タクシーを使う価値なんてないんだから、と勝手に卑屈になって。そして、その投げやりな精神に酔って。
──だから、DVDのことは気にしなくていいのに。
典都も甘えて開き直れば良いのに、とも考えるが。
自分が逆の立場なら、そりゃ家ごとDVDを焼いて、事実をもみ消すかもしれないな、ともしみじみ思った。燃やされなくて本当に良かった。
夫のすねの傷が治るのはいつの頃やら、と考えている内に護花隊本部へ到着する。
「そういえば今日、本部でイベントやってるんだっけ? お嬢ちゃん、隊員さんの娘さん?」
運転手がお釣りを手渡しながら、しげしげ彼女を眺めた。
笑顔で深良は答える。
「いえ、妻です」
「えっ!」
てらいもなく言えた言葉に、運転手は目を丸くした。その反応がくすぐったかったが、赤い顔がばれないようにそそくさと外へ出る。
「えっと大ホールは……」
たしか別館だったはず、と典都の言葉を思い出す。
前庭をぐるりと見渡し、深良は「懇親会会場 こちら」の立て看板を見つけた。それに従い、本部の大きな扉の前を横切って、裏庭へと向かった。
と、本館の角を曲がったところで、上背のある見知った顔を見つけた。
手を振って応えれば、典都は早足で近付いてきた。いつもの物々しい出で立ちとは異なり、仕立てのよさそうなダークグレーのスーツ姿だった。丈もぴったりなので、本当に一点ものかもしれない。
「早かったな」
「真面目な学生なので、時間管理はきちんとしてるんです」
かっちりしたスーツ姿の彼も素敵だ、と内心やに下がりながら胸を張った。
偉そうな妻を、典都はいつもの真顔でじっと見据える。
「その服、似合っている」
エスコートのため差し出された腕と一緒に放り投げられた言葉は、非常に端的かつ色気もなかった。
ふふ、と深良ははにかんだ。
「ありがとうございます。典都さんも、とっても似合ってます」
言葉少ない夫だが、絡めた腕の熱さから、心底賞賛してくれていることは伝わった。ひょっとしたら、少しはどぎまぎしてくれているのかもしれない。
「結晶人の体質って、時々便利ですね」
いたずらっぽく、彼を見上げる。
言葉の意味を捉えかねたのか、典都は切れ長の目を瞬いた。
「そうか? ──あ、魚を
「魚?」
今度は深良が目を丸くする。
曰く、手も年中冷たいので、魚や肉を切る時に鮮度を落とさず済むらしい。
「アンコウ鍋をする時、いつも俺が解体役だ」
「どこでそんな本格鍋を……!」
深良の目は、食への欲望でぎらついていた。思わず、典都が少しのけぞる。
「ご、護花隊の新年会だが」
「おおう、さすが体育会系!」
口元に
「来年は一緒に行くか? 年によってはカニだったり、クエだったりするが」
「なんでもいいですよ。全部おいしいですし!」
──あ、やっと大笑いしてくれた。
一週間ぶりの満面の笑みに、深良も心が軽くなる。
しかし、そんな柔らかい気持ちが続いたのも、大ホールに入るまでだった。
「本当に臭いな! 獣臭ぇ! 飯がまずくなるよ、なぁ!」
品性下劣極まりない声が、パーティーというより、お通夜のような空気漂うホールに響き渡っていた。
声の主は、無論藤田父だ。部下らしき周囲の霊人に意見を求めては、ワインをあおっている。遠巻きにする多種族の視線を受け、部下たちは引きつった笑顔でお追従していた。
「……そんなに嫌なら、来なきゃいいのに」
ぼそり、と深良は思わず呟いた。
「出ればおべっかを使われるからな。なんだかんだで楽しいんだろう」
典都も虚無感に満ちた、無感動な声で小さく応じる。
それが聞こえたわけでもないだろうが、群衆から頭一つ飛び出ている彼を、ほろ酔い加減の藤田が見据えた。
「クズ石も来やがったのか! 相変わらず葬式帰りみたいな面だなぁ! 酒がまずくなる!」
──ここをお通夜ムードにしてるのは、あんたじゃない!
深良の顔が般若になる。しかし構うことなく──元々、他者の悪意など平気なのだろう──藤田は遠慮なしに肉薄して来た。
そして部下が携えていた、半分ほど空になったワインボトルを掲げる。
「俺が持って来てやった、バカ高いワインだ。お情けで一口やろうか?」
「いえ、私は──」
「ああ、そうだった! お前らクズ石は、アルコール飲んだらぶっ倒れるもんなぁ!」
抑揚のない典都の声音に、嘲笑交じりの大声が被さる。深良は、結晶人がアルコールを摂取できない、という事実に内心で驚愕した。
しかし言われてみれば、彼は家でもアルコールの類を口にしなかった。部下たちが家に押しかけて来た時も、手土産の酒は深良へのプレゼントだった。大半は、彼らが自分たちで飲んで帰ったが。
「死体みたいな顔色で、酒も飲めねぇ、冗談も言えねぇ、おまけに笑わねぇ。つくづく結晶人ってのは、人生楽しむのを放棄した生き物だよなぁ」
「笑わないのは、あなたといても楽しくないからです」
闘志丸出しの反論は典都──ではなく、傍らの深良からだった。
思わぬ伏兵の登場に、藤田は一瞬黙りこくる。会場も、かすかにざわついた。
「なんだ、このおチビは」
「麻生の妻です」
愛想などまとめて断捨離した声音で、ぎろりと彼をねめつける。
至近距離だというのに、ぶはぁっ、と下品に藤田は噴き出した。
「おいおい、嘘だろっ? なんで霊人がクズ石と結婚してんだよ! あんた、ガンジーかマザー・テレサの生まれ変わりか? 奉仕精神半端ないな! アッチの方も、ちゃんとご奉仕してやってんのか? ってか、こんなのと結婚するって白痴か?」
深良の胸元と下腹部を見下ろしながらの粘ついた嘲笑に、今まで冷え冷えとしていた典都の体温が、急速に上がる。
「おい、あんた──」
典都が怒鳴りつける、あるいは発火するより早く、深良が動いた。
藤田がふりふりと持ち上げていたワインボトルを、さっと
あ、と誰かが呟いた間に、彼女はそれをあおった。一気に。
ものの十秒ほどで空になった、高級ワインの残骸を放り捨て、深良は
「あいにく、あなたの息子さんと同じ大学です。これでも仁八くんと違って、現役で合格したんですよ?」
「……は?」
「あ、そうそう。 先日のあの件では、お世話になりましたーっ」
わざとらしく、茶目っ気たっぷりに語尾を持ち上げる。
息子の一浪と誘拐事件を持ち出され、上機嫌だった藤田の顔が曇る。
「口の減らねぇメスガキだな……」
「若輩者ですが、お酒は付き合えますよ?」
すぐ横のテーブルに置かれたスパークリングワインも一気に飲み干し、深良は鼻で笑う。
酔いとは違う理由で赤くなった藤田も、ニヤリと笑った。
「へぇ? それじゃあ飲み比べに付き合ってくれよ。おい、一番キツい酒だせ」
そして顎で、給仕に命令する。
不穏な雲行きに、典都が深良を庇おうと前に出る──が、それを彼女自身が押しとどめた。
「大丈夫ですよ」
逞しい彼の腕に手を添え、深良はにんまりと笑いかけた。
それを見下ろす典都の表情は、今まで見たことがないくらい陰鬱だった。
「しかし、俺のせいで……」
「『せい』じゃないです。あなたの『ため』です」
じっと見つめれば、彼がわずかにたじろいだ。そこへ畳みかける。
「たまには、あたしだって役に立ちたいんです。ね?」
力強く笑みを濃くすれば、典都は一瞬、泣き出しそうな表情になった。
その表情の意味を考えるよりも早く、お盆に乗ったショットグラスと、ジンやウォッカといった火酒の類が箱ごと運び込まれる。護花隊の秘蔵酒だろうか。
密売でもやっているのか、と思いたくなる品ぞろえに、藤田も深良も一瞬顔を引きつらせる。
しかしお互い目が合うと、