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22:おしゃれ番長への道

 年長者かつ社会人である優枝に見立ててもらいつつ、仁八が紹介してくれたセレクトショップでドレスと、ついでにハンドバッグとパンプスを購入することになった。


 仁八一押しの店は少々手狭ではあるものの、趣味の良い輸入雑貨や衣類が陳列されている。深良は、友人の審美眼に感謝した。

 優枝と共に、深良はパーティードレスがひしめく店内の最奥へ向かう。


「若く見られたいとか、大人っぽく見られたいとかより、大事なことがあるんです」

 優枝は真剣そのものな顔で、その中から一着のドレスを手に取ると深良へと凄む。

「……大事なこと、とは」

 深良も勢いに飲まれ、ごくりと息を飲んだ。


「似合うかどうか、ですね。というわけで、こちらをどうぞ」

 ずいと彼女の体に当てられたのは、桜色のワンピースだった。胸元から腰にかけて切り返しが入っており、細身に見えそうだ。スカート部分はフレア調になっており、ゆったり開いた襟元とパフスリーブには細やかな刺しゅうが施されている。


 いかにも手の込んだ逸品に、尻込みする深良を鏡の前まで引っ立て、優枝は鏡越しに熱い視線を向ける。熱血な美女というのも絵になる。

「深良さんは華奢なんですから、そこを強調するドレスが合います。庇護欲が掻き立てられますし、布地の色味のおかげで、肌も引き立ちます。間違っても、ド真っ赤で胸元がガバーン!と開いたドレスなんて着ないように」

「うぐっ」


 パーティーということは、こういう派手なドレスでいいのだろうか、と深良がためつすがめつ眺めていたドレスを指摘され、思わずたじろぐ。

「世間の常識よりも、ありのままの自分を美しく見せられるか──大事なのはこれですよ」

「な、なるほどです……優枝さん、おしゃれ番長ですね」

 優枝が少し得意げに微笑んだ。そして、舌もさらに滑らかに。


「でも、間違っても邪道を進めばおしゃれの達人、玄人などと思わないように。人と違うことばかりを追い求めて、左右で違う靴を履いたり、夏にレザージャケットとシルクハットを被ったりするのは愚の骨頂ですからね」

 なんだか、妙に生々しいアドバイスだ。


「ひょっとして優枝さんにも、そういう多感な時期が……?」

 自分よりわずかに上にある、パンクファッションより純白のドレスが似合う顔を見つめれば、ぽっと頬が赤らんだ。深良が男であれば、鼻血&昇天ものである。


「若気の至りですね……だけどおかげで、気づけたこともあるんです」

「それは何でしょうか」

「周りが『似合う』と言ってくれる服は、やっぱり似合うことが多いって。というわけで、こちらをどうぞ!」

 意図しているのかしていないのか、結局ワンピースを押し付けられ、試着室に軟禁された。


 優枝の言う通り、サイズはピッタリだった。ワンピースを着たまま試着室から出て来た深良を見て、優枝は歓声を上げた。

「かわいい! 思った通り!」

「そう、ですか?」

「そうですとも。どうやら私の目に、狂いはなかったようですね」

 子供のようにはしゃぐ彼女に、深良もつられて笑う。


 また、典都に値段も添えてお伺いのメッセージを送れば、仕事中だったからか短文で許可が降りた。

「……麻生さん、メールなんかで人格が変わるタイプなんですねぇ」

 可愛らしい絵文字と一緒に「買っちゃえ!」と書かれたメッセージを二人で見つめ、意外性にしばし沈黙する。

「案外、こっちが素だったり……?」


 しかし家でも物静かな典都が、弾ける姿は想像できない。想像しようとすると、知恵熱も出そうだ。

 まあいいか、と深良はさっさと思考を切り替え、ワンピースに合う小物も併せて購入した。


 社会人の旦那様ってすごいな、と金とは無縁だった苦学生は、軍資金として渡されていた紙幣を出しつつ、金額にくらりと眩暈を覚える。

「あたしのバイト代、全部消えちゃう……消えても足りないかも」

「だめ、そういうこと考えちゃ。食費代何か月分なんて考えたら、後ろめたくなるから!」


 おしゃれ番長への道のりは厳しい、と思い至ったのが二日前のことだった。

 今日はいよいよ、懇親会当日である。

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