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21:懇親会へのお誘い

「懇親会、ですか?」

 夕飯の席に上った言葉に、深良は箸を置いて首をひねった。

 茄子の味噌汁を啜っていた典都も、小さく首肯して説明する。


 懇親会は今週末の日曜日に、護花隊本部で行われるらしい。素人目にも分かる、あのお洒落な歴史的ビルヂングの一部を、一般公開するそうだ。

 そして夜は本部別館にある大ホールで、隊員と出資者が集まる、立食形式のパーティーが行われるという。


「つまるところ、パトロンへのお愛想だ。そのパーティーは家族も同伴可能なんだが」

「あ、行きたいです!」

 パーティーという言葉に、深良は破顔した。典都も安堵したように一瞬顔を緩め、しかし深良と目が合うと、慌ててそっぽを向いた。


 一斑メンツの奇襲を受けてから、一週間経つが。

 未だに典都は、何かぎこちない。

 どれだけ純情……もとい、どれだけの思いをあのクッキー缶に隠していたのか、と呆れを通り越して感心してしまう。


 そのため、「クッキー缶のことは、けっこう前から気付いてましたよ」とは言い出せずにいた。こんな告白をしようものなら、典都が燃え尽きてしまうかもしれない。恥で。

 夫婦間にも秘密は必要と言うが、初めての秘密が「エロスの隠し場所を知ってました」案件というのも、なんだか滑稽だ。


 しかし、あれこれ悩んだところで、典都が立ち直らなければどうしようもない。

 だから深良は、努めて快活に振る舞っていた。

「パーティーってことは、おめかしした方が良いですか? 入学式に着た、スーツぐらいなら持ってますが……」


 その他の衣服は、貧乏学生にふさわしい、安くてそこそこ可愛い大量生産品ばかりだ。

 こめかみのひび跡をなぞりながら、典都が唸る。考え事をする時、ついいじってしまうようだ。


「俺たちはスーツを着ているが……ご婦人はどんな格好だったか……」

 結晶人の記憶力をもってしても思い出せないほど、その「お愛想」が嫌なのか。それとも、女性客がわずかなのか。どちらにせよ、深良は頬を引きつらせて、不安を覚える。


 あ、と典都が声を漏らす。

「隊長の奥さんが、着物だったか」

 深良の顔が、更に引きつる。「無理無理、着物なんて無理です!」と、その顔が物語っていた。


「……浴衣なら、あります、けど」

 怯える深良の目を見て、典都がようやく口角を持ち上げた。

「さすがに浴衣は場違いだな。こちらで予算を捻出ねんしゅつするので、適当に見繕ってくれ。女性の装いは、俺には分からん」

「ラジャーです」


 しゃっちょこばって、深良も敬礼を返す。フォーマルな装いなら問題なかろう、仁八にお勧めの店を訊くか、と素早く考えた。

 そこで友人の名が、深良の脳内にアラートを鳴らす。


「……パトロンさんが来るということは、あの──」

 強張った妻の顔で察したのだろう。典都も生真面目な顔で、ゆっくり頷く。

「あの藤田氏も来る。辛ければ、欠席しても構わない」

「うぅー……行きます!」

 数秒の逡巡しゅんじゅんの末に深良は、えーい、ままよ!とばかりに手を挙げた。


「だってきっと、そういうのって、奥さんは出るものですよね?」

「妻帯者は、たしかに同伴させているな」

「だったら、なおのこと行きます。あたしが行かなかったせいで、典都さんがあの人にどうこう言われるなんて、腹が立ちますっ!」

「深良、また鼻息が荒い」


 典都は勢いに気圧され、若干のけぞっている。

 しかしこればかりは、許してほしい。

 藤田との初遭遇のあの日、深良は夫へ助け船すら出せず、唖然としっぱなしだったのだ。


 同じ霊人のよしみで、今度こそは言わせてやりたいのだ。

 ぎゃふん、もしくはそれに類する、負け犬の遠吠えを。

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