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15:友人の事情

 深良の事情聴取を行うのは、真昼だった。

 親族への事情聴取は、やはり身贔屓みびいきや憶測も呼び込んでしまうため、禁止されているそうだ。


「ちなみにカツ丼も食べてもいいけど、自腹だからね」

 茶目っ気たっぷりに、真昼がウィンクした。

おごりじゃないんですね、意外です」


 全力いっぱいに、真昼は首を振った。

「無理無理! 経理のおばちゃんがうるさいし、無理無理ぃ!」

 無理を合計四度も言った辺りから、無理具合が伺える。


「というか、犯人じゃないのにカツ丼食べませんよ」

「あはは、だよねー」

 能天気に笑う真昼は、紙コップに入ったミルクティーと、個包装のチョコレートを二粒、深良の前に置いた。


 長丁場になることも多い聴取では、飲み物を支給することが決まっているらしい。

「班長が、深良ちゃんはミルクティーが好きだって言ってたから。安物のティーバッグだけど許してね」


 自分の好きなものを知ってくれている、ということに、深良はほんのり頬を染める。

「ありがとうございます」

「いえいえ。で、チョコは一斑独自のサービスね」


 班内でカンパし合い、チョコレートやキャンディーを常備するようにしているらしい。肉体も頭脳も精神もすり減る仕事であるため、自然と甘いものを買い置きする習慣が生まれたとのことだ。

 屈強な男たちがやっている、と思うと可愛い。


 見た目通り猫舌らしい真昼は、自分が手にしたコーヒーへ熱心に息を吹き込んでいた。彼の手元には、イチゴキャンディーが置かれている。

 これまた可愛いチョイスだな、と思いつつ、事情聴取はつつがなく進んだ。


 能天気な真昼だが、非常に聞き上手だった。

 密かに身構えていた深良も、テンポ良く言葉を引き出してくれる彼につられ、肩の力を抜いていく。

 また彼は、話の時系列が乱れてしまった時も、やんわりと制して綻びを見つけてくれた。そこには決して、彼の持論や推測を挟まずに。


「いやぁ、深良ちゃんって話し上手というか、説明上手だね。頭良いでしょー」

 おまけに要所要所で持ち上げるので、一層口も軽くなる。

 仁八を庇うふりをして携帯端末の通知履歴を押し、運良く一番上にあった典都の私用端末へ電話をかけたところで、一端聴取は途切れた。


 それをパソコンへ素早く打ち込み、真昼はうん、と頷いた。

「これで大丈夫そうだね。でも本当、深良ちゃんも藤田さんの息子さんも、災難だったね」

 藤田、という名前に、深良の眉がきゅっと寄せられた。

 沈静化していた怒りが、またくすぶり出す。


「そうですよ。あのおじさん、一体何なんですか? 自分のせいで、息子まで危ない目に遭ってるんですよ!」

 机を叩きかねない勢いを、まぁまぁ、と真昼がなだめた。そして頬杖を付き、小さくため息をつく。


「まあ、僕らも腹が立たない、と言ったら嘘になるけどね」

 しかし猫特有の、ふっくりした口元が笑っているようにも見える。触りたいな、と深良はうっすら考えた。


「でも、ホテル経営してるお金持ちだし。文句言ってる割に、護花隊のスポンサー様でもあるからね。仕事を邪魔される、とかでなければ、僕らも表立って反論し辛いんだよねぇ」

「ホテルって──」

「スプリングホテル。本土でも有名でしょ?」

「ああ、あの」


 高級ホテルとして、国内でも指折りのホテルだ。真倉瀬島にも、一際階層もプライドも高そうなホテルを鎮座させていた。

 そりゃ仁八が、物腰穏やかなお坊ちゃんに育つわけである。その親は品性下劣なようだが。


 張り詰めた仕事内容の、世知辛い裏事情に、深良は寂しい気持ちを覚えた。

「民間企業だと、色々大変なんですね……」

「警察に比べたら、まだしがらみも少ないと思うよ。あと、藤田社長がこっちをいびってる姿は、見てて少し同情もするんだ」

 真昼はコーヒーへ恐々舌を伸ばし、あち、と小さくうめいた。


 深良もつられ、ミルクティーを一口飲む。ほんのりと甘かった。

「同情、というのは?」

「息子の仁八くん。草人の女の子とお付き合いしてるって、僕らの間でも有名なんだよ」

 知っていることが前提、という口調で話されたので、深良も驚きを押し隠して、神妙に同意を示す。


 驚くと同時に、納得もした。

 大学の駐車場で見せた悲しそうな顔は、おそらく、そのことが理由なのだろう、と腑に落ちたのだ。

 自分が忌み嫌っている他種族と、可愛い息子がお付き合いをしている。

 だからと言って、周りに悪感情をばら撒くのは最低な行為だが、憤る気持ちは分からないでもない。


「あのさ、深良ちゃん」

 まだ熱いらしいコーヒーを脇に寄せ、真昼が身を乗り出した。視線をずらせば、真っ直ぐに立った尻尾も見えた。

「班長とはもちろん、二人暮らしだよね?」

 質問の意図が分からなかったので、とりあえず深良は、一拍置いて頷いた。

「はい。そうです、けど」


 真昼の目が、きらきら輝く。

「行きたいよー! 新居見たいよー! 家探ししたいよー! 深良ちゃんの手料理も食べたいよー!」

 好奇心と本音を丸出しでせがまれ、深良はつい噴き出した。


「真昼さんって、末っ子ですか?」

「うん? うん、上にお兄ちゃんとお姉ちゃんがいるね」

「だと思いました」

 黄色い目を瞬いて首をひねる彼へ、深良はクスクスと笑った。

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