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4:職場で数珠つなぎ

 ガタガタと揺れる路面電車に乗り、三駅ほど進む。

 港とは反対方向の場所に、自警団「護花隊」の本部はあった。島の有志によって運営されている私設団体だが、島内の平和は彼らの屈強な肩にずっしり圧し掛かっているのだ。


 そもそも真倉瀬島は、霊人によって迫害された各地の他種族が、逃げ場として選んだのがきっかけで有人島となった。霊人至上主義者からは、「ヒトモドキの掃きだめ」とも呼ばれている。


 そのため霊人社会が作り上げた警察機構も、ほぼ機能していない。

 かつては支配者である霊人と、奴隷である非霊人という図式はあったかもしれないが、もはや数世紀も前の話だ。

 いつまでそのネタを引っ張るんだ、一発屋かよ、と思わずにはいられない深良だった。我ながら皮肉屋である、との自覚もあるが。


 そんな背景をも抱え込んだ護花隊の本部は、ビルというよりビルヂングな三階建てだった。

 レンガ造りの壁に、ステンドグラスのような、色ガラスのはめられた背の高い窓。ドアノッカーの付いた、大きな両開きの扉。レトロ、という呼び名が実にふさわしい。

 犯罪者どもを取り締まる、荒くれ集団の本拠地にするには惜しいお洒落感だ。嘘か本当か、島にはギャングのような集団もいるらしいのに。


 肩掛けバッグから茶封筒を取り出し、深良ははぁ、と息を吐いた。

 忘れ物を届けるだけだというのに、妙に緊張した。

 しかしもじもじするのは、性に合わない。グッと背筋を伸ばし、深良は歩幅も広く歩き出す。そして一瞬迷った後、えいやっと両開きのドアを、両方押し開けた。


 開けた途端騒音に襲われ、伸びた背筋がたちまち縮こまった。

 凛とした、厳かな外見と異なり、中は喧騒に満ちていた。あちこちで人が動き回り、声も飛び交っている。ここは戦場か。


 入ってすぐの空間は、吹き抜けのホールになっている。奥には受付らしきものがあったのだが、その前には頭頂部の体毛を立たせた獣人が、数珠のように連なり、うずくまっていた。このヘアスタイルは、モヒカンと表現しても良いのだろうか。

 よくよく見ると、手錠で全員繋がっていた。まさしく数珠だ。


「万引きはよー! 男のロマンなんだよぉぉー!」

「買える金はあるのに、あえて危険を冒す! そこがイイんだ!」

 数珠モヒカンのうち、二人ががなっている。見た目の割に、セコい犯罪をしでかしたらしい。


 受付に座っている、眼鏡の小太り草人女性は、慣れた様子で何かを機械に打ち込んでいた。

 その向かいに、護花隊の制服である真っ黒なロングコートを着込んだ、長身の男性が立っている。彼は受付の女性に何かを説明しつつ、ちろりと数珠モヒカンを見下ろした。


「ひぃぃっ!」

 瞬間、数珠が更に縮こまって、か細い悲鳴を上げる。

 どんな顔でにらまれたのか、非常に気になった。しかし、知らない方が良いかもしれない。

 そんな仁王のような人物が、曲がりなりにも夫なのだから。


「典都、さん」

 まだ名前を呼ぶのは、少し慣れなかった。だが呼び慣れた「お客様」では、色々と不都合がある。

 たどたどしい呼び声に、肩幅分足を広げて立っていた典都が、ちろりと顔を向けた。これが本当の仁王立ち、ということか。


「わざわざすまん、深良」

 アルバイト店員と常連客時代は、お互いに敬語を使っていた。しかし、年齢も立場も自分の方が下なのだから、と深良は典都に敬語撤廃を嘆願した。

 それですんなり、無愛想と呼ぶにふさわしい口調になれる辺りは、合理性が種族性、と言われている結晶人故だろうか。


 だが慇懃無礼より、よほど気が楽だ。いえいえ、と深良も気楽に首を振る。

「あたしも丁度、暇してましたし」

 それに書類の中身はたしか、扶養家族の申請に関わるもの。つまりは深良絡みの書類なので、持って来ることはやぶさかではない。

 封筒を両手に持ち、名刺交換のように彼へ手渡す。名刺交換など、したことないが。あくまでイメージだ。


 典都も手にしていた警棒を腰に吊るし、両手で受け取った。警棒に、血痕のような付着物があったが、見なかったことにする。

「護花隊って、福利厚生もしっかりしてるんですね」

 金銭関係はてんでザルな、ボランティア団体のようなものを勝手に想像していたので、配偶者手当があることに驚いた。


「島民の皆様からの寄付金で、運営しているからな。その辺りは非常にホワイトだ」

 どの辺りがブラックなのかは、この島にいる限りは訊かない方が無難か。


 数珠モヒカンたちが興味深げに、ちらちらと深良を見上げている。何人かはニヤニヤ、下卑た笑みを浮かべていた──が、深良に何かを言うより早く、典都の視線が投げつけられた。おかげで、凍りついたような沈黙は守られた。

 顔面が青いを通り越し、おそらく真っ白になっているであろう獣人たちを、深良は少し気の毒に思った。実際のところは体毛のせいで分からないものの、ふわふわと毛の生えた大きな耳も、ぺたりと後ろへ倒れこんでいる。


 気の毒だが万引きする方が悪いな、と小さく頷いて、深良は典都を仰ぎ見た。

「それじゃあ、あたしは失礼します。お仕事頑張ってください」

「ああ」

 手を振る深良につられ、典都も手を上げかけて、顎にその手を添えて視線をそらす。


「いや、ちょっと待て」

「はい」

 何か他にご用命があるのか、と深良も素直に姿勢を正す。

「せっかくだから、お礼をさせてくれ」

「はい?」

 ちょっと意味が分からない、と深良は眉を寄せた。


「お礼って、だってこれ……あたしも、関係する書類でしょ?」

 それにあたし達、家族じゃないですか──とは、言い出せなかった。

 しかし典都も、引き下がらない。

「書類を忘れたのは俺で、その尻拭いをしてくれたのは君だ。礼をするのが当然だし、俺の義務だ」

「……義務を持ち出されちゃうと、ちょっと言い返せないです」


 あくまでも真顔の彼に、深良が苦笑する。別に深良は、確固たる意志をもって謝礼を拒否したわけではない。

「でも、高価なものは止めてください」

 腕にはめた時計を、典都はちらりと見る。そう言えば彼は、家でも外でも、ほとんど肌を露出していないことに気付く。


「それなら、近くにカフェがある。俺もこれから休憩だ。良ければ奢らせてくれ」

「はい、それぐらいなら喜んで」

 にこりと深良が頷けば、かすかに典都の肩が落ちた。ホッとしたのだろうか。存外、気が小さい。


 しかし典都は一つ息を吸って、すぐに護花隊隊員の顔になる。

「こいつらを片付けてくるから、少し待っていてくれ」

「はい」

 そして深良の返答に頷きつつ、ゴミでも持ち運ぶようなぞんざいさで、モヒカン集団を立たせて連行した。

「おじさん、あの子誰?」

「身内だ」

「えっ、妹? あ、のっぺらぼうだから、親戚とか?」

 モヒカンと典都の、そんなやり取りが小さく聞こえた。それもすぐ、周囲の喧騒によってかき消される。


 のっぺらぼう、とは霊人への蔑称だ。ふさふさとした体毛も、羽も、葉や花も、石の肌も持たない無特徴さを揶揄した言葉である。他種族を「ヒトモドキ」や「劣人」と呼びあざける霊人は憤慨するだろうが、深良としては「上手いこと言いやがって、やるな」というのが素直な感想だった。


 それよりも、「妹」と思われたことの方が、何故だか癪だった。年齢的には、たしかにそこそこ離れている、はず。そう思われても仕方がないのだが。

 しかし「奥さん」や「彼女」と思われたとしても、恐らくしっくりこないだろう。


 結局は、何とも形容しがたい関係性が、一番腑に落ちていないのだろうか、と結論付けた。

 ロビーの壁際に設置された、長椅子に腰かけてふう、と息を吐く。

 そして手持無沙汰から、改めて周囲を見渡した。

 ロビーを右へ左へ、典都と同じく黒い軍服姿の男女が行き来している。意外にも、女性が多いのは驚きだ。しかし髪を下していたり、ピアスやネイルをしている女性も多い。恐らくは実働部隊ではなく、内勤の類なのだろう。


 そういえば受付のご婦人も、あまり機敏に動ける体型には見えないな、と思いながら視線を向ければ。

 ご婦人がこちらを見ながら、大きな猫の耳が生えた獣人隊員と、何かを話している。しかし表情は満面の笑みで、こちらに悪意がある様子は見受けられない。

 わずかに身じろぎしたが、深良は取りあえず成り行きを見守る。


 すると猫青年も、くるりとこちらを見た。赤みを帯びた体毛の生えた頭をかきながら、笑顔で歩み寄って来る。人懐っこい黄色の垂れ目は、猫というより犬的だった。少しタヌキ顔とも言える。

 青年は深良の前に来ると、その場にかがみ込んで彼女と目線を合わせた。彼の白いひげが、嬉しそうにピンと立っている。


「こんにちは」

「あ、はい……こんにちは」

 立ち上がるべきか、とも悩んだが、状況が読めないので、とりあえず会釈に留める。


 読めない、というか裏のなさそうな笑顔のまま、青年はニコニコと続ける。

「幸子さん──受付の方に聞きました。麻生班長の奥さん、ですよね?」

 深良はやはり、「奥さん」と呼ばれて、面食らった。

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