澄んだ海は、波も穏やかだった。
快晴の空を少しばかり濃くしたような、青い水面越しに時折、小魚の群れやクラゲが見て取れる。
その海面に真っ白な泡をかき立てながら、真倉瀬島への定期船が進んでいく。観光客らしき家族連れやカップルは窓際の座席を陣取って、やれ大きな魚影があった、イルカが跳ねていた、だのとはしゃいでいた。
大学進学と共に
もちろん、椅子が硬いのは通路側も窓側も変わらず、であるが。
天井は白いペンキがあちこち剥げ、蛍光灯も等間隔に歯抜け状態だった。経費節約のためだろうか。いや、そうに違いない。
ついでに言えば彼女は今、魚どころではなかった。
喪服のまま、着替えもせず、彼女は島に戻ってきていた。お通夜と葬儀を終えてのとんぼ返りであるため、心底クタクタだったのだ。おかげで元々白い肌が、疲労によって更に血の気を失っていた。
ぐったりと座席に沈み込む、黒ずくめの小柄な少女を、しかし周囲の島民は気にも留めない。
フカフカの毛が生えた猫のご婦人も、背中に生えた羽が潰れないよう浅く座席に座る少年も、基本誰もが他人には知らんぷりだ。
そういう島民の纏っている空気が、深良は好きだった。なお観光客は、時折チラリチラリと彼女を横目に窺っていたが、黙殺する。
真倉瀬島はどこよりも、あらゆる種族の「人間」が入り混じる都市だ。
深良のような霊長類から進化した人間、いわゆる
そんな歪んだ社会構造を持つ島だからこそ、住民たちは種族も生き方も違えど、皆、「厄介ごとには出来るだけ首を突っ込まない」という姿勢を共通して身に着けているように伺えた。
おそらく深良が白いハンカチで顔を覆い、さめざめと号泣したところで、きっと誰も振り向きすらしないだろう。
もちろん、彼女はそんなことはしないが。
通夜と葬儀は、彼女の両親のために行われたものだった。
だが、そこに悲しみはなかった。
両親はお互いの愛人を公認し合っていた。そうすることが、「自分らしく」生きる方法だと信じていたのだ。忌々しいことに、両者共に。
そして深良の悪感情などそっちのけで、二人は愛人と連れ立って、ダブルデートするような間柄だった。
そんな、娘や第三者から見れば爛れきった、「まとめて爆ぜてしまえ」と鬱陶しがられるような関係を構築した挙句、交通事故で四人全員あの世送りとなったのだ。
彼らのために流す涙など、とうの昔に枯れ果てた……どころか、そもそも両親用の涙の在庫があったのか、そこから疑わしい。なにせ物心ついたころから、恋に生きているような両親だったのだ。
ただ、深良はとにかく疲れていた。ダブル不倫中の事故死という点で、葬儀がどんな様相だったのかは想像できるだろう。端的に言って、地獄絵図であった。
深良はこぢんまりと殺風景な下宿先に戻り、さっさと布団にダイブして、そのまま泥のように寝たかった。
「……あー……でも、だめだ」
膝に乗せたカバン越しに、マナーモードにしていた携帯端末を撫でて、ぽつりとつぶやく。
「お店に、顔出さなきゃ」
やむにやまれぬ事情だったとはいえ、二日間もバイトを休んでしまったのだ。せめて一言、あいさつに行かなければ。彼女は年に似合わず、義理堅いのだ。
不義理が基本装備であった、両親を反面教師にしている、と言っても過言ではない。
「
バイト先は年齢不詳のご婦人、
個人経営の中規模な店ながらも、女主人の映画の趣味が良いため、店は存外繁盛している。
また、彼女の人柄の良さも、人気の要因だった。
くたびれた深良も今は、店長の快活な笑顔に癒されたい気分だ。