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花守の愛妻道中
依馬 亜連
恋愛結婚生活
2024年07月19日
公開日
78,363文字
完結
様々な種族の「人間」が、肩をぶつけ合いながら生きている世界。

そんな世界でとある少女が、両親を一気に失った。彼らから、ダブル不倫&ダブルデートをぶちかまされた挙句に。

両親を失って(経済面で)にっちもさっちもいかなくなった彼女へ、ある男性がこんな話を持ち掛けた。
「自分の戸籍を使ってください」
つまりは結婚してみないか、ということだった。
婚姻によって生活の保障を約束された彼女は、二つ返事で結婚に応じる。

これは、そんな打算まみれで結婚した少女と、目的がよく見えない異種族の男性の、まあまあ甘めな新婚生活コメディである。
(小説家になろう・エブリスタにも掲載中です)

1:喪服の少女

 澄んだ海は、波も穏やかだった。

 快晴の空を少しばかり濃くしたような、青い水面越しに時折、小魚の群れやクラゲが見て取れる。


 その海面に真っ白な泡をかき立てながら、真倉瀬島への定期船が進んでいく。観光客らしき家族連れやカップルは窓際の座席を陣取って、やれ大きな魚影があった、イルカが跳ねていた、だのとはしゃいでいた。


 大学進学と共に真倉瀬島まくらせじまへ移り住んで、約一年半。深良みらにはもはや、魚に一喜一憂する初心さ等は残っていなかった。通路側の硬い椅子に大人しく座り、ぼんやりとした面持ちで天井を見つめる。

 もちろん、椅子が硬いのは通路側も窓側も変わらず、であるが。


 天井は白いペンキがあちこち剥げ、蛍光灯も等間隔に歯抜け状態だった。経費節約のためだろうか。いや、そうに違いない。


 ついでに言えば彼女は今、魚どころではなかった。

 喪服のまま、着替えもせず、彼女は島に戻ってきていた。お通夜と葬儀を終えてのとんぼ返りであるため、心底クタクタだったのだ。おかげで元々白い肌が、疲労によって更に血の気を失っていた。


 ぐったりと座席に沈み込む、黒ずくめの小柄な少女を、しかし周囲の島民は気にも留めない。

 フカフカの毛が生えた猫のご婦人も、背中に生えた羽が潰れないよう浅く座席に座る少年も、基本誰もが他人には知らんぷりだ。

 そういう島民の纏っている空気が、深良は好きだった。なお観光客は、時折チラリチラリと彼女を横目に窺っていたが、黙殺する。


 真倉瀬島はどこよりも、あらゆる種族の「人間」が入り混じる都市だ。

 獣人じゅうじん鳥人ちょうじん草人そうじん結晶人けっしょうじんも、それぞれのコミュニティを作ることなく、小さな島の小さな街で肩をぶつけ合いながらも共存している。


 深良のような霊長類から進化した人間、いわゆる霊人れいじんの方がむしろ、そこでは少数派であった。世界全体で見れば、霊人が多数派でありつつ富を独占しているのだが、この島だけは例外なのだ。


 そんな歪んだ社会構造を持つ島だからこそ、住民たちは種族も生き方も違えど、皆、「厄介ごとには出来るだけ首を突っ込まない」という姿勢を共通して身に着けているように伺えた。

 おそらく深良が白いハンカチで顔を覆い、さめざめと号泣したところで、きっと誰も振り向きすらしないだろう。

 もちろん、彼女はそんなことはしないが。


 通夜と葬儀は、彼女の両親のために行われたものだった。

 だが、そこに悲しみはなかった。

 両親はお互いの愛人を公認し合っていた。そうすることが、「自分らしく」生きる方法だと信じていたのだ。忌々しいことに、両者共に。


 そして深良の悪感情などそっちのけで、二人は愛人と連れ立って、ダブルデートするような間柄だった。

 そんな、娘や第三者から見れば爛れきった、「まとめて爆ぜてしまえ」と鬱陶しがられるような関係を構築した挙句、交通事故で四人全員あの世送りとなったのだ。


 彼らのために流す涙など、とうの昔に枯れ果てた……どころか、そもそも両親用の涙の在庫があったのか、そこから疑わしい。なにせ物心ついたころから、恋に生きているような両親だったのだ。


 ただ、深良はとにかく疲れていた。ダブル不倫中の事故死という点で、葬儀がどんな様相だったのかは想像できるだろう。端的に言って、地獄絵図であった。

 深良はこぢんまりと殺風景な下宿先に戻り、さっさと布団にダイブして、そのまま泥のように寝たかった。


「……あー……でも、だめだ」

 膝に乗せたカバン越しに、マナーモードにしていた携帯端末を撫でて、ぽつりとつぶやく。

「お店に、顔出さなきゃ」


 やむにやまれぬ事情だったとはいえ、二日間もバイトを休んでしまったのだ。せめて一言、あいさつに行かなければ。彼女は年に似合わず、義理堅いのだ。

 不義理が基本装備であった、両親を反面教師にしている、と言っても過言ではない。


布里絵ふりえさん、腰大丈夫だったかな?」

 バイト先は年齢不詳のご婦人、大戸おおと 布里絵女史が趣味もかねて経営するレンタルビデオショップだ。

 個人経営の中規模な店ながらも、女主人の映画の趣味が良いため、店は存外繁盛している。


 また、彼女の人柄の良さも、人気の要因だった。

 くたびれた深良も今は、店長の快活な笑顔に癒されたい気分だ。

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