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【森の集落 1】

 不死鳥の街、アンダイイングを出て、森の奥地へと四人は進んでいた。

 本来は何も無い道の筈なので、御者は普通の人間を雇った。


 ティアナと合流する為に『魔女の集会が行われる村』と呼ばれる場所へと、四人は向かう事になった。途中の森で村落がある。

 馬車の中で、四人は口々に話し合っていた。



「この辺りに村なんてありましたっけ?」

 ローゼリアは、さも、この辺りの地理に詳しいかのような口ぶりで言う。

「お前、この辺りの事が分かるのかよ?」

 リシュアは普通に突っ込みを入れる。


 ローゼリアは桃色のツインテールにした髪の毛を手櫛(てぐし)で弄っていた。


「何か血肉の匂いがしますわ」

 彼女が怖しい事を言う。

「それは人間の肉なのか?」

 リシュアが訊ねる。

「そうとしか思えませんわ。此処から先は何かまずいものが生息しているような気がしますの」


「まずいもの?」

 エシカは首を傾げる。


「はい。人を喰らう者としか思えませんわね。まあ、少なくとも吸血鬼では無いように思いますが」

 ローゼリアは砥石(といし)で、自身の得物である刃物を研いでいた。彼女はいつになくこの空気が心地よさそうだった。

 森の中に日差しが差し込んでくる。

 今は正午を回った処だ。


 この辺りで馬を休ませて休憩するという事になった。


「あら? あれはなんでしょう?」

 ローゼリアは遠くを指差す。

 そこには山小屋が何軒か建っていた。

 どうやら、集落になっているみたいだった。


 この辺りで宿を借りようと思った。

 御者も含めて五名か。

 それなりに酷い場所が必要だ。


「馬小屋にでも泊めてくれないかな」

 リシュアがそう言うと。

「ちょっと、ちょっと、ちょっと、せっかくアンダイイングの豪華ホテルを堪能しましたのに、今度は馬小屋ですの? そんな馬の出す悪臭が漂っている場所にとてもじゃありませんが、泊まる事なんて出来ませんわよ」

 ローゼリアが苦言を呈する。

「仕方ないだろ。それが旅をするって事だ。御者の馬も休ませないといけないしな」


 その後、二人はぶつくさと文句を言い合っていた。

 エシカはそんな二人のやり取りを見て苦笑していた。

 確かにエシカも馬小屋の中で寝るのは嫌だった。

 以前、馬小屋に入った時、服に酷い臭いがこびり付いて嫌だったからだ。

 ラベンダーは大体、どんな寝床でも平気なので寝る場所に関しては興味を示していないみたいだった。ラベンダーは別の事に何か興味を抱いているみたいだった。


<何かこの場所は不穏だな。無理してでも馬を走らせて、この集落には関わらない方がいいかもしれんぞ>


 御者はラベンダーの言葉を聞いて、少し困った顔をしていた。

「わたくしとしても、馬を休ませたいのですが…………。此処で泊まれる場所を確保出来るのでしたら、是非、そうしたいものです」

 この痩せ細った初老の御者の男は、リシュアとローゼリアの二人に賛同しているみたいだった。


「まあ。取り合えず、集落の方に行ってみよう。此処の森の民にお願いして、一晩だけでも泊めて貰おう。次の街までまだ長いんだろう?」

 リシュアはそう御者に告げた後、進んで森の集落の方へと向かっていった。

 御者は馬の番があるからと言い、もし、集落が安全な場所だと確認出来たのなら伝達に来て欲しいとだけ言って、その場に残った。


 ローゼリアがリシュアの後ろを、まるでスキップでもするように軽やかに歩んでいく。エシカは、はあっ、と小さく溜め息を付いて、馬車の近くで火を焚いてお茶を沸かしていた。


 リシュアとローゼリアが集落の方に向かうと、香ばしい臭いが漂ってきた。

 肉を香料で焼く匂いだ。

 二人は匂いのもとへと向かっていく。

 何名かの木こり風の男達がいた。

 彼らは肉を串に刺して美味しそうに食べていた。

 男達の口元からは、肉汁が滴っている。


「すまない。この辺りで宿は無いかな? もし無ければ、四、五人程の人間を泊めてくれる場所を探しているんだけど。もちろん、お金は払うからさ」

 リシュアが交渉を行う。

 木こり風の男達は、リシュアとローゼリアの二人を見ると何だか嬉しそうな顔をした。


「ああ。いいぞ。此処の村長の家に行って話を付けてくれ。アルヴァック村長だ」

 木こり風の男の一人が村長の家まで案内する。

 彼の名はピピンと言うらしい。


 別の男達が、串に刺さった肉をリシュア達に勧めたが、リシュアは丁重にそれを断った。そして、大きな熊の毛皮で作られたテントが見えてくる。テントの中には白髪交じりの男が昼間から酒を飲んでいるみたいだった。


「こいつら一晩だけ、泊めて欲しいらしいんだ。いいかい?」

 ピピンは村長のアルヴァックに訊ねる。


「ああ、いいとも。うちの集落ではよそ者を大歓迎している。それがこの森の習わしだからなあ」

 アルヴァック村長はリシュア達を快く歓迎してくれた。

 そして、夜にはリシュア達に対する歓待の準備を開くのだと言う。


 リシュアとローゼリアの二人は、大きめの二階建ての屋敷へと連れて行かれた。


「物事がすんなりいきましたわね」

 ローゼリアは嬉しそうな表情をする。

「ああ。すんなりいったなあ。後はエシカ達も連れていかないと」

 リシュアは与えられた屋敷のベッドに寝転がりながら、今後、どう動くか悩んでいた。


 彼らが焼いていた串の肉は、明らかに人の肉の臭いだった。ローゼリアはすぐに目線で察しており、リシュアにもそれが伝わった。そもそもこんな森の集落に住んでいる者達がまともである可能性は極めて低いに決まっている。


「なんだと思う? 彼らは」

 リシュアはローゼリアに訊ねる。

「狼男達でしょうね。私達は、狼男の集落に入り込んだのだと思いますわ。歓迎会のメインディッシュは間違いなく私達になりますでしょうね」

 吸血鬼であるローゼリアはくすりくすりと笑っていた。


 後は、エシカ達と合流するだけだ。

 もっとも、エシカのもとにはラベンダーが付いている為に、何の問題も無いのだろうが。ただ、どう切り抜けようかくらいは悩んでいた。狼男達だって生きる為に狩りとして人間を喰らっている。エシカと一緒に行った最初の街でもそうだった。エシカはなるべく倒して撃退したくないと考えるだろう。

 リシュアはそうエシカがそう決めるだろうから、なるべく、無益な殺し合いを避けたかった。


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