「バッタって一体、なんなんだよ!?」
リシュアは思わず叫んでいた。
人間の倍程の体躯を持つ巨大昆虫が飛び回って、巨木に喰らい付いていた。リシュアは光の刃でそれらを薙ぎ倒していく。ローゼリアはウキウキとした表情で刃物を手にしながら、昆虫を斬り倒していた。
沢山の虫の群れが群棲する場所だ。
何体倒しても一向にキリがない。
ラベンダーは稲妻を飛ばして、巨大なカマキリのような怪物を焼き払う。フードの言っていたバッタという怪物は、従来の意味でのバッタだけではないみたいだった。
エシカはハチのような姿で飛び回る巨大昆虫を炎で焼いていった。
やはり、虫は火に弱いみたいだった。
生物というものは、純粋に炎に弱い。
エシカの魔法が、一番、虫達を退治するのに効率的だった。
数時間程して、四名は沢山の虫の屍を見つめていた。
ハチのような姿のもいた。コオロギやスズムシみたいな姿の虫もいる。おそらく、この植物園全体に巣食っているのだろう。
「何体も倒したのは良いのですが。まだまだ向こうにいっぱいいますわ。そもそも、生態系を一つ破壊する事自体、とてつもなく難しい事だと思いますのよ。此処に植物がいるから、虫が住み着いている。虫の怪物達にとって、都合がよい場所になっているから、このように集まってきているのであって。今、此処にいる虫達を全滅させても、また何処からか現れますわよ」
ローゼリアは、少し億劫そうな顔で吐き捨てた。
<そうだな。違いない。この依頼は断るか>
ラベンダーも彼女の意見に同意したみたいだった。
「だとすると、果てしない徒労に終わったな。手間賃くらいは貰ってもいいと思うんだけどな」
リシュアは疲れた顔で座り込む。
「うーん。植物の人達と、虫さんが共に暮らしていく事って出来ないんでしょうか?」
エシカは何やら、呑気な事を言っていた。
そういうわけで、虫退治は潔く諦める事になった。
四人はあのフードという植物人の依頼を断って、素直に植物園の鑑賞に戻る事にした。
†
水面の周りには、虹が無数に浮かんでいた。
水晶のように突き出しているものは、樹木の幹らしかった。
フードの住む神殿の周りは、美しい景観が溢れている。まるでこの世のものではない景色ばかりだ。
「そうか。虫を幾ら殺しても、虫は集まってくるか……」
ローゼリアに諭されたフードは、腕を組みながら、うんうんと悩んでいるみたいだった。
「だから、解決策としては、貴方の方が此処を出ていくしかないと思っていますの。他の植物人達はどうお考えていらっしゃるのですか?」
ローゼリアは訊ねる。
「他の者達は木々と擬態して、虫達は避けながら生きていくと言っている者達もいる。だが、虫の脅威に晒されて怯えて暮らしている者達もいる。俺はこの場所に住む植物人達の長老のような立場にいる。様々な種類の植物人達がいる為に、虫が喜んで食べようとする者達と、口にしようとしない者達で意見が分かれるのだろう。サボテンの植物人達は、虫達が嫌う血肉をしている。だが、俺のような植物人は、虫達が好んで食べるんだ」
フードは悲しげに言う。
「ふーん。その違いは何なんですの?」
ローゼリアは植物人達の生態に対して興味深そうにしていた。
「それは一体、何なのか分からない。分かれば良いんだが」
フードは困り果てていた。
完全に打つ手無しといった処なのだろうか。
「私が思うに、それは身体に備わった“毒”だと思いますの」
ローゼリアは植物人達を興味深く分析しているみたいだった。
「虫に食べられないタイプは、身体から毒を分泌させているのだと思いますの。ですから、今日から、貴方も身体から毒を出すようにすれば、食べられなくて済むと思いますの」
ローゼリアはムチャクチャな事を平然と言っていた。
「そんな、ぽんぽんと体質なんて変えられるものではないぞ……」
フードはやはり落ち込んでいた。
「では、身体に毒を塗られてはいかがですか? 野生の獣の中には、毒によって外敵から身を守る生き物が沢山いらっしゃいます。フード様。今日から貴方もそうすれば良いのでは? 此処に毒草などは生息していませんか?」
「なるほど。確かに身体に毒を塗ってみてもいいかもしれない」
そう言うと、フードはさっそく、毒を生成する植物のある場所へと向かったみたいだった。
「私に、感謝の証として、くださいましたわよ」
ローゼリアは、美しい睡蓮を手にして、リシュアとエシカの二人に見せびらかす。
彼女は八重歯を見せて、にっこりと微笑んでいた。
神殿の周りの眺望を一通り、眺めて楽しんだリシュアはエシカの手を取る。
「じゃあ。この植物園からは、おさらばするか」
リシュアが言うと、エシカも頷く。
そして、四名は植物園を出る事になった。
植物園の入り口で、巨大な怪鳥が現れる。
怪鳥は何かをくちばしに挟んで、空を飛び回っていた。
「助けてくれーっ! 毒が生成される花の辺りは、この鳥の縄張りだったんだよーっ!」
フードはくちばしに挟まれながら、助けを呼んでいた。
ローゼリアは呆れた顔をしながら、空を飛んでいく鳥を眺めていた。
ローゼリアは懐からナイフを取り出して、勢いよく鳥目掛けて刃を投げ付ける。鳥は簡単にローゼリアの飛ばしてきたナイフを叩き落としてしまった。
巨大な鳥はフードを飲み込む。
ごりごり、ばりばりと音が鳴り響いていた。
ローゼリアは空を見上げながら、あんぐりと呆けたように口を開いていた。
「…………。大自然は弱肉強食なのですわね。この植物園では、それが分かりやすく広がっておりましたわね」
ローゼリアは悲しむフリをしながら、手にした宝石のような睡蓮を大切に持ち歩いていた。
リシュアはどっと疲れた顔をする。
エシカはそんなリシュアを見て、くすくすと笑った。
「骨折り損のくたびれもうけですね!」
エシカは笑う。
「ああ。もう本当に、疲れたな。宿に戻るか」
<しかし、此処の景色もまた素晴らしかったな>
四名は互いに笑い合いながら、次に向かう目的の街である不死鳥の街を目指す事にしたのだった。