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ケルベロスの峠 2


 ケルベロスの峠を何とかして抜ける事が出来た。


 御者は半分、呆けた顔で、生き残る事が出来たと呟いていた。

 リシュアはさすがに疲れたといった顔をしていた。


 峠を抜け、森林の中を馬車は進んでいく。

 もう少ししたら、小さな村に辿り着くのだという。

 御者いわく、そこで一休みしたいのだそうだ。


「本当に皆様、強い心を持っていらっしゃるのですね」

 ティアナは仲間達に告げる。


 エシカは照れ臭そうな顔をしていた。


「なんていうか。こういう事態は当たり前でしたので…………」

 途中、エシカも炎の魔法を放つ事によって、目玉の魔物達を迎撃していったのだった。


 しばらくして、村が近付いてくる。

 村の広場のような場所に馬車は出た。


 広場は光り輝いていた。


 四名と御者は、ぎょっとした顔をする。

 何やら広場には生き物達が集まっているようだった。

 光を放つ者は、何らかの生き物みたいだった。

 それらはよくよく見ると、狐の姿をしていた。

 狐の姿の魔物が、全身から光を放っている。


「これは、彼らは、ホタル狐と言って、かなり無害な魔物達ですよっ!」

 御者はみなに向かって叫ぶ。

 リシュアもエシカも、攻撃魔法を放とうとしている処だった。


 広場に馬車は止まる。

 五名は、広場の中央へと集まっていく。


 ホタル狐達は興味津々といった様子で、五名を眺めていた。


「とても綺麗な光景ですね。まるで、星々に囲まれているみたいです」

 エシカは楽しそうに笑う。


「そうですね。まるで、これは星々です」

 ティアナも同意した。


 ホタル狐達から興味を持たれて、五名は何だか照れ臭い気持ちになった。



 この村で一泊する事になった。


 もう夜も更けていたが、どうにか宿を探す事が出来た。


「夕食を出す事は出来ないがな」

 宿の主人は、御者も含めた五人を泊めてくれる。

 御者は宿に入る前に、急いでブラック・ドッグ達に餌やりをしていた。多分、飢えるとかなり危険な魔物に変貌するのだろう。もしかすると、雷鳴を放つ黒い犬の魔物をちゃんと扱えていないのかもしれない。


 先に四人は部屋に入る事にした。

 部屋は一つしか開いておらず、男女共々に同じ部屋で眠る事になった。

 リシュアは荷物の整理をしていた。

 ティアナは占いで、やっぱり誰一人欠けずに生き残って峠を越す事が出来たと呟く。


「あら。エシカさん?」

 ティアナはエシカの足元に眼をやる。


 すると、エシカの足元には小さな光を帯びた狐が佇んでいた。まるでその狐はエシカに懐いているみたいだった。


「それにしても、俺は疲れたな。歯を磨いて先に寝る事にするよ」

 リシュアは歯磨きをすると、すぐにベッドの上で寝てしまった。先ほど、一番、多くの魔物達と戦っていたのだから仕方がないだろう。


 ティアナはホタル狐の仔(こ)を見て、何か連れて行きたい場所があるのだという事を理解したみたいだった。


「みなさん。エシカさん。青い妖精さん、よければ、この子が道案内をしてくださるみたいですので、付いていきませんか?」

 ティアナはまるで、魔物の言葉が分かるみたいだった。


「別に大丈夫ですけれども」

<俺も構わないぞ>

 エシカもラベンダーも相変わらず、好奇心旺盛だった。


 そして、三名はホタル狐の仔に導かれるまま、宿の外へと向かう。


 広場から遠ざかり、そこは暗い森の中だった。

 ホタル狐の仔は、急ぎ足でもなく、三名の歩みに合わせて森の奥へと案内していく。ティアナは、本当に自分達はこの子に気に入られたんでしょうね、と告げる。


 やがて、森の奥へと入っていく。

 周りが光り輝いていた。

 空中を飛び回る明かりもあった。よく見ると、それは背中に翼を生やした小さなホタル狐だった。もしかすると、この狐は魔物というよりも、妖精や精霊の類なのかもしれない。


 暗い森の奥へと入る度に、周りの明かりが増えていく。


 巨木がまるでクリスマスのツリーのように光り輝いていた。全て、ホタル狐の発した光なのだろう。とても幻想的な景色だった。


「リシュアにも見せてあげたかったですね」

 エシカは呟く。


「私達だけで楽しみましょう。たまにはそういう事もあります」

 ティアナは笑う。


<まだこいつは森の奥に連れていきたいみたいだぞ>

 ラベンダーは、自分達に道案内をしてくれたホタル狐の仔を指差していた。


 エシカとティアナは頷く。

 そして、三名は更に森の奥へと進んでいく。

 森全体が巨大なイルミネーションになっていた。空を翼を生やしたホタル狐が飛び回っている。しばらくすると、湖畔(こはん)のような場所に出た。湖全体が光り輝いている。それはとても幻想的で、この世のものとは思えない美しい光景だった。


「凄く綺麗です」

 エシカは呟く。

「綺麗ですが。冥府の番をしているケルベロスの名前が付いた峠を抜けたばかりですからね。まるで、これはあの世の入り口の光景にも見えますよ」

 ティアナはそんな事を言って茶々を入れる。


<確かにこれはこの世の光景とは思えないな>

 ラベンダーも頷いていた。

 三名は湖の光景に見とれていた。


「やはり、リシュアにも見せたかったです…………」

 エシカは呟く。


「俺なら、此処にいるぞ。お前らが心配で、後ろから付いていったんだよ。尾行するような形になってしまったけどな」

 リシュアが姿を現す。


 エシカはぱあっと笑顔になる。


「本当に美しい光景ですよ、リシュアッ!」

「そうだな。これは旅の想い出になるな」

 リシュアは笑う。



 ティアナの旅の仲間達も、このような美しい光景を楽しみにしていた。それが旅の想い出となった。だが、仲間達は欲に眼が眩んで、ゴルゴンの住まう場所へと向かった。ティアナが幾らと止めても聞かなかった。


 運命を切り開こうとする者達は、もしかすると、占い師という存在は鬱陶しいものなのかもしれない。運命の先に何が待っていたとしても、自分自身で切り開いていきたいものなのだろう。ティアナはそんな事を考えていた。


 宿に戻ったティアナは寝汗を掻いていた。

 隣では、リシュアとエシカがそれぞれ寝ている。ベッドが全員分無かったので、リシュアはエシカに気を遣って毛布に包まって地面で寝ていた。


「運命を切り開く者にとって、私のような占い師は不用の存在なのかもしれません」

 ティアナ一人呟く。


「まるで、全ての選択を、私一人が委ねてしまうようで」


<そんな事は無いと思うぞ>

 ラベンダーは空の月の光を眺めながら言った。


<運命は残酷だ。旅路はつねに危険が伴っている。お前のような存在がいる事によって多くの者達の命が救われる。お前は本当に仲間想いだったのだろうな。我々と共に、ずっと一緒に来て欲しいものだ>


 ラベンダーにそう言われて、ティアナは首を横に振る。


「いいえ。私は次の街に着く前に、皆様としばしお別れしようと思っています。大丈夫。私がいなくとも、みなさまは大丈夫でしょうから」


<それは占いの結果として出ているのか?>

 ラベンダーは訊ねる。


「まだ占っておりませんが。……皆様を見ていると、本当に心からそう思うのですよ。そして、皆様には自ら運命を切り開いていこうと思って」

 そう話しながら、ティアナは、エシカとリシュアの二人を眺めていた。

 ラベンダーも、まるで彼らを見守るように二人を眺める。


<それにしても、本当に今日も月が綺麗な夜だな。ホタル狐達の歓迎には程遠いが。月が綺麗だ。満月では無いがな。この月明かりの下、俺達は生きている。ティアナ。お前と別れた後も、俺達は同じ月の下で別々に旅路を行くのだろうな>

 ラベンダーは、彼女を励ますように告げる。


「ありがとう御座います。青い妖精さん」

 ティアナはラベンダーの言葉が、とても嬉しかったみたいだった。


 この世界の何処にいても、みな同じ月の光の下を生きている。


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