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ケルベロスの峠 1


 デルフォの部下を通じて、通常の馬車では行けない山脈を進む事になった。何名かの護衛の魔法使いを付けると言われたが、まるで監視されているみたいだからと言って、リシュアとティアナの二人は断った。


 次に目指そうと思っている街は『不死鳥の訪れる街』と『魔女集会が行われる村』だった。前者はエシカの希望で、何度も転生して生まれ変わる炎で出来た鳥が現れると言われている街だった。


 後者の魔女達の集会が行われているという村は、世界中から力のある特殊な事情を抱えた女魔法使いが集まって、祭りのようなものや、特殊な儀式のようなものを行っているという村だった。ティアナは、その村に行ってみたいと言った。


「では。途中で別れるかもしれませんが。またお会いしましょう。ああ、でも、峠を越えるまでは御一緒にさせて頂きます」

 ティアナはなるべく、三名と一緒にいたいといった様子だった。

 リシュア達も、彼女にはいて欲しい。

 だが、ティアナはティアナなりの事情があるのだろう。

 そう察して、峠を越えたら別れる事になった。

 そして、四名は荷馬車に乗って、峠の途中にいた。

 この峠を越える為に、馬車をひいているのは馬ではなく、馬程の体躯のある巨大な黒い毛並みの猟犬二頭だった。馬車の車輪も特殊な加工がされており、通常の峠ではない事が分かった。


「この『ケルベロスの峠』は、ブラック・ドッグという猟犬の魔物でしか越える事が出来ません。途中にいる、魔物達が襲ってきて。更に地形自体が生きているのか、つねに変化を続けているのですよ。ブラック・ドックは崖を飛び跳ねて、谷を登り降りする事が出来ます。そして、この馬車自体が特殊な魔法が掛かっているのですよ」

 御者はそう説明した。

 ケルベロスの峠というのは、本当に冥府の入り口のような場所らしい。

 不用意に近付くものを、簡単に“餌”にしてしまうらしい。


 御者は怖ろし気な顔をしていたが、リシュアもエシカも少し余裕そうな表情をしていた。これまで幾度となく危険な眼にあっている。なので、どれだけ危険な場所であっても必ず乗り越えられるだろう。そういった確信があった。


「けれど、気を抜いてはいけないよな」

 リシュアは呟く。

「そうですね」

 エシカは頷いた。

 峠をブラック・ドックがひく馬車に乗る中、時刻は夕刻を過ぎていた。

 辺り一面が暗くなっていく。

 リシュアは窓から外を見ながら、奇妙なものを見ていた。

 岩山のようなものが動いているように見える。

 それだけじゃない。

 地面がひび割れて、巨大な牙のようなものになっている場所も見かける。……先ほどまでは、そのような現象は無かったのにだ。


 しばらくして、御者は悲鳴を上げていた。

 大地が揺らめき、地面自体が変形して、巨大な牙が現れる。


「なあ。もしかして、この場所って地形自体が生きているのか!?」

 リシュアは絶句していた。

 馬車をひく黒い犬達は、何度も、地形からの攻撃を避けていた。岩石が飛んできて、幌に傷を入れる。地面は次々と大きな牙が生えていた。


 馬車は何度も揺れ、飛び跳ねていく。

 この馬車には魔法が掛けられているのだろう。馬車の幌から鳥の翼のようなものが生えてくる。黒い犬達は馬車に合わせて、空を駆け抜けていく。

「まさか。馬車で空を飛ぶ事になるなんて思ってもみなかったよ」

 リシュアは感心する。

「それにしても、大地自体が襲ってくるなんて思ってもみませんでした」

 エシカは変形していく地面。木々を見て少し楽しそうな顔をしていた。


 しばらく空を飛び続けた後、馬車は地面に着陸する。

 その後、何事も無かったかのように、幌に生えた翼は消えて、黒い犬達は峠を走っていく。


「お客さん方、凄い胆力(たんりょく)を持ち合わせているのですね。大抵の者は此処を通る際に泣き叫び、神に祈りを捧げますよ」

 御者はエシカ達を見て唸っていた。

「色々、危険な目にあってきたからな。それにしても、あの怪物達は一体なんなんだ?」

 リシュアは御者に訊ねる。


「この峠自体が大地の精霊の身体の一部なのです。王宮魔法使い達がこの峠を渡る為の魔法を開発し、ブラック・ドッグに馬車をひかせるのが適切だと考えに至る前までは、この峠を渡った者で、生きて帰った者は誰一人としていませんでした」

 御者は額の汗をハンカチで拭う。

 本当に、対策が立てられるまでは、此処は冥府の入り口となっていたらしい。


「でも、対策を立てる事によって、何とかなるもんだな。俺は何だか、少し楽しくなってきたよ」

 リシュアは先ほどまで馬車が空を飛んでいて、少し高揚(こうよう)しているのか、本当に楽しそうな顔をしていた。


 しばらくの間、何事もなく馬車は動き続ける。

 途中、何やら奇妙な黒いモヤのような魔物達に襲われたが、全てブラック・ドッグの口から放たれる稲妻によって消し飛ばされていった。


「囲まれたようです…………っ!」

 御者は叫ぶ。

 周りには、炎をまとった獅子のような怪物達で溢れ返っていた。獅子の怪物達は、次々と馬車を目掛けて襲い掛かってくる。


 リシュアは懐から短刀を取り出して、光の切っ先を照射する。

 光の切っ先は、ヒドラのように、分裂し、襲い掛かってくる炎の獣達を薙ぎ払っていった。

「もう少ししたら、休憩出来る場所に辿り着けると思います。それまでの辛抱ですっ!」

 御者は少し半泣きになっているみたいだった。


 ティアナはこんな状況かでも、何やらタロットカードをめくっていた。

 ラベンダーは面倒臭そうに、隅の方で寝転がっていた。

 月夜に照らされて、巨大な魔物の影が浮かび上がる。

 それは、巨大な眼の怪物だった。

 まるで、城くらいの大きさをしている。

 眼の怪物は、空を飛び続ける中、黒い犬がひく馬車を見つけたみたいだった。

 ぎょろり、と、目玉が動く。


 目玉の怪物から、沢山の小さな目玉達が現れて、馬車へと向かっていく。目玉は炎をまとった獣に触れる。すると大きく爆発した。あの小さな目玉達は触れると爆弾のように爆発するのだろうか。


 リシュアは光の魔法を放つ短刀を掲げて、目玉達を迎撃しようとしていた。

 御者は馬車の奥に入って、うずくまりながら神に祈りを捧げていた。

 エシカもティアナも、この危険な事態を楽しんでいるみたいだった。


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