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大神殿の国『ヒュペリオン』 3

 宿に戻って、エシカはお風呂に入っていた。

 バスルームの中には一人しか入れなく、ティアナからは今日はお風呂に入らず、明日の朝にでも入ると言われ、エシカは長風呂を楽しむ事が出来た。


 この街の文化なのか、宿のお風呂場にも、神話の壁画が描かれている。

 ちょうど、エシカが博物館で見た、冥界に愛する妻を探し求めて向かった男のように、もし、リシュアが遥か遠くの手の届かないような場所に連れられていってしまったら、リシュアは迎えに来てくれるだろうか…………。


 更にそうする事によって、無事、二人共、その場所から逃げ帰る事が出来るのだろうか。


 あの物語は不滅の愛とも取れるし、悲恋の愛のお話とも取れる。


 そんな事を考えながら、エシカはぶくぶくと顔半分を湯舟に沈め、泡を立てていた。


 ……自分は罪人。

 …………たとえ、今の自分が過去の自分と違うと言えども、過去の自分は沢山の人間を殺した大罪人だ。他人に命を賭して守られる価値があるのだろうか。


 エシカはリシュア達には言っていないが、毎日のように、自分が炎の魔法を使って都市を燃やす光景を夢に見る。その自分を俯瞰(ふかん)している別の自分がいる。災厄の魔女エシカは笑っている。焼ける都市、焼ける人々を見ながら、嘲り笑っている。


 本当は守られるべき人間でも、今、このように自由を生きていい人間ではないのだろう。それでも、世界を見て周りたい。旅をしたいという願望に抗う事が出来なかった。


 リシュアやラベンダーの二人は、怪物の物語に惹かれているみたいだった。

 エシカは怪物なのだろうか?

 彼らはエシカの姿を想像して、怪物をイメージしているのだろうか。……いや、それは考え過ぎか。災厄の魔女としてのエシカを彼らは知らない。……けれども、いつか、エシカを怪物に見立てる日が来るのではないかとエシカは想った…………。


 エシカがお風呂で物想いに耽っている間。

 ティアナが占い道具のタロットカードや、神秘的な石を取り出して、何やら占いをしているみたいだった。ティアナが占いにより出た結果を何やら一人、呟いている声が聞こえる。ティアナの方も、もしかしたら、色々なものを抱えているのかもしれない。エシカはそんな事を想った。


 彼女の事は何も知らない。

 これから知ればいい。


 きっと、ティアナはエシカの正体を知っている。

 知っていて受け入れてくれている。


 エシカは自分を受け入れてくれる者達を想い、お風呂場の窓から見える月に手を合わせ、一人、天に向かって感謝するのだった。


 今日も月夜が綺麗だ。



 ティアナは朝にお風呂に入っていた。シャワー音を聞いて、エシカは目覚めた。

 寝間着から、普段着の旅のワンピースに着替える。


 窓から見えるヒュペリオンの街は、街全体が大神殿のような景観になっており、改めて美しい美と芸術の街なのだと思った。


 しばらくして、ティアナは身体を拭いて、寝間着姿で出てくる。


「エシカさん。うなされていましたね」

 ティアナはそうエシカに告げる。


 うなされていたか…………。

 多分、毎晩、うなされているのだろう。宿の中でも、馬車の中でも。でも、あえてリシュアもラベンダーもそれは当たり前の事として受け取っているのだと分かった。最初の頃こそ心配していたのだが。


「ではお互いに準備が出来たら、今日は四人で美術館に向かいましょうか」

 ティアナは優しく笑う。

 エシカも笑った。


「その前に朝食を」

「あ。そうでしたね」

「私は食いしん坊なのです。朝食抜きなんてまずありえませんね」

 エシカは冗談を言う。

 ティアナは笑った。


 そして、二人は階段を降りて、宿の食堂へと向かった。

 リシュアとラベンダーの二人はとっくに、食堂にいた。


「今日の朝食はパンケーキとヨーグルト。そして少量のラム肉を煮込んだスープだってさ」

 リシュアは献立を見ながら笑う。

 リシュアも食いしん坊だ。ラベンダーも。


 エシカとティアナは思わず笑う。



 そして、四名は美術館へと向かった。


 美術館は博物館や、天体観測所とは違い、小さな施設らしかった。街の賑やかな中心部とは少し離れていた。エシカは地図を熱心に見ながら、迷う覚悟をしていたが、ティアナはかろやかに脚を踏んでいた。


「私と一緒にいれば、はぐれる事も、迷う事も無いと思いますよ」

 ティアナは不思議な事を言う。

 おそらく、彼女の持っている力なのだろう。


「けれど。今日は物騒な輩と必ず出会います。せめて十全に絵画を堪能する事が出来れば良いのですが」

 ティアナは溜め息を付く。


 一時間半程して、四名は小さな小屋へと辿り着いた。

 そこは、どうやら美術館らしかった。

 入館料を支払い、四名は美術館の中へと入る。


 最初に目にしたのは、髪の毛が怖ろしい無数のヘビの姿をしている女の絵だった。ゴルゴンという名の怪物らしい。みなで美術館の中を進んでいく。


 山羊や獅子、狼の複数の頭部を持ち尾がヘビになっている怪物であるキマイラ。

 地獄の門番をしているとされる、三つの頭を持つ巨大な番犬であるケルベロス。

 旅人に謎かけをするとされる魔物、獣の身体に鳥の翼を生やし、人間の顔をしたスフィンクス。

 迷宮に潜んでおり、牛の頭を持った怪物であるミノタウロス。

 強大なドラゴンの姿として描かれた神々に匹敵する力を持つテュポーン。

 そして、炎の肉体や、氷の肉体を持つ巨人達。

 リシュアが惹かれるヒドラの絵画もあった。


「私は旅で、ミノタウロスを見た事があります。ゴルゴンもです」

 ティアナはそんな事を言う。


「実在するモンスターなのですか?」

 エシカは訊ねる。


「そうですね。ミノタウロスは、闘技場で剣闘士達と戦っておりました。ゴルゴンと出会った時は、本当に死を覚悟しました。でも、運命は私の死を望んでいなかったみたいです」

 ゴルゴンの視線には、石化の魔法があるのだと聞く。

 ティアナは本当に恐ろしい存在だったと語った。


<つまり。この国『ヒュペリオン』では、世界各地で現れるモンスター達を、神話の物語として語り伝えているのだろうな>

 ラベンダーはそう理解したみたいだった。


「成程なあ。じゃあ、この先の旅路で、ヒドラやゴルゴン。巨人やケルベロスといったモンスターと出会う事もあるかもしれないという事だな」

 リシュアはそうまとめる。


<そういう事だな。英雄達がどのようにして、怖ろし気な怪物達を倒していったのか。何かのヒントになるのかもしれないな>


 館内の休憩所には、一人の老人がいた。

 老人はのんびりとした顔をしながら、パイプ煙草を口にしていた。

 老人は四名を見て微笑む。


「やあ。旅の人達。この美術館の絵画の半分近くは、わしが描いたものなのだよ。残りの半分はわしの弟子達が描いたんだ。みな優れた画家だ」

 老人は嬉しそうだった。


「ヒドラの絵に強く惹かれました」

 リシュアは告げる。


「そうか。あれはわしの一番弟子が描いた力作だ」

 老人は笑った。


 館内は閑散としており、今日の入場者はリシュア達だけみたいだった。



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