目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
大神殿の国『ヒュペリオン』 2


 街中が暗闇に包まれていく。


 天体観測所の前は、長い階段が存在し、観光客で賑わっていた。

 階段の前には、この国の特産品を売っている出店などが点在していた。


 四名は階段を登っていく。

 それなりに長い階段だった。


 天体観測所のある頂上に辿り着くと、ヒュペリオンの街並みを見渡す事が出来た。イエローチャペルの街並みと同じように、街々の明かりが星々のように煌めいている。

 エシカは楽しそうに笑っていた。

 エシカの無邪気な反応に、リシュアとティアナは微笑む。


 そして天体観測所の入場券を出入り口の店員から購入して、施設の中へと入る。


「今日は比較的、空いている方らしいです。先ほど小雨が降ったからですかね。行列が出来る日もあるのだとか」

 ティアナは軽やかにステップでもするように階段を登っていた。

 ティアナはこの天体観測所の中に入って、本当に楽しそうだった。


「星を望遠鏡で見れるだけだろ。楽しそうなんだな」

 リシュアが苦笑する。

「それがとても良いのですよ。一度、見てみたら生涯、忘れられないものだともお聞きします」


 そして四名は天体観測所の望遠鏡がある間へと辿り着いた。

 望遠鏡は二種類あり、一つは空に向いて設置されているものと、もう一つは街中に向いて設置されているものだった。


 リシュアは街中に向いて設置されている望遠鏡に眼を通す。


 すると、先ほど、街中を見渡せた場所よりも、遥か遠くまで望遠鏡は見る事が出来た。街一面。この国、一面だけでなく、国の外の森や渓谷、遠くの離れた街まで観る事が出来た。


 今度は空へと焦点を当てた、もう一つの望遠鏡に眼を通してみる。

 すると、星々が映し出されていた。

 望遠鏡のレンズか、それとも内部に何か細工がされているのか、星と星を繋ぎ合わせる線が映し出されていた。線によって、それらは天秤や獅子、水瓶を持った女性の形に見える絵のようになっていた。所謂、星座という奴だろう。

 人々は星を眺めながら、星々の位置から、空に絵や物語を想い描いたのだろうか。


 リシュアは望遠鏡を動かす。

 しばらく動かしていくと、博物館で見た多頭の頭を持つヘビ。ヒドラの星座が空に映し出されていた。リシュアは感銘を覚える。


 首を刎ねていっても、無限に首が再生する怪物か。とても不思議で奇妙な怪物だった。リシュアは、このヒドラという怪物に対して奇妙な造形美のようなものを感じ取ったのだった。


「本当にこれは凄いですねっ!」

 エシカは星座を見ながら、はしゃいでいた。


 ラベンダーも楽しそうだった。

 何でも巨人の星座を見て、心が躍ったそうだった。


 たっぷり、一時間以上も、四名は天体観測所の頂上で、星座を眺めていた。

 この施設は、空を巨大なスクリーンに変えていた。


「そう言えば、明日は別の施設に向かいませんか?」

 帰り道。階段を降りていく際に、ティアナは三名に提案する。


「今度はどんな施設なんですか?」

 エシカははしゃぎ声だった。


「美術館です。神話の怪物達の絵が飾られていると聞きます。怪物ばかりの絵が多いそうですが。リシュアさんと青い妖精さんは、怪物がお好きなようなので」


「私も神話のモンスターには強く惹かれましたよ! 私も是非、行ってみたいですっ!」

 エシカは無邪気に笑った。


 階段を降りる時、雨が降っていた為に、まだ地面が乾いていないみたいだった。登る時よりも降りるのに苦労し、手すりを握り締めながら、ラベンダー以外の三名は慎重に階段を降りた。


 長い階段を降りた先に、一人の男が四名を見ていた。

 銀色のコートを纏った黒髪の人物だった。

 頭をすっぽりと、フードで隠している。

 男はどうやら、目線からして、ティアナに興味があるみたいだった。


「何か?」

 ティアナは男に訊ねる。


 男はフードを外す。

 美しい顔立ちをした黒髪の青年だった。


「私はデルフォと申します。この街で託宣者(オラクル)をやっております。貴方は占い師でしょう? それも強力な力を持った。私は貴方に興味を持ったのです」

 デルフォはうやうやしく、ティアナに頭を下げる。


<おい。妙なナンパかよ。面倒臭い男は嫌われるぞ>

 ラベンダーは鬱陶しそうに男に告げる。


 ティアナは少し困った顔をしていた。


「何故、私が占い師だと分かったのですか? 貴方は私の故郷で、私の噂を聞いているのですか? 私のお客様の中に、貴方が現れた事はこれまで無かったのですが」

 ティアナは露骨に警戒心を露わにしていた。

 いつも、誰にでも優しく物腰の柔らかい仕草である彼女を見ていると、珍しい反応だった。


「いえ。私には分かるのです。貴方が占い師である事も。それに、見た者の素性は大体、分かりますよ。そちらのお二方もです」

 デルフォは、リシュアとエシカをまじまじと眺めていた。


 リシュアとエシカ、双方も不快感が込み上げてくる。

 ……自分達の経歴も過去も何もかも知っているのか?


「立ち去ってくれ」

 リシュアも嫌悪感を露わにする。


「お前が何者なのかは分からない。だが俺達にとって、不愉快極まりない人間である事だけは分かる。だから、もう行ってくれないか?」

 リシュアは、エシカを守るように彼女の前に立った。


「これは失礼しました。この私は託宣者をやっているが故に、どうしても数奇な運命の者を見ると。とても興味が湧いてくるのです。職業病のようなものです。今日はこれで失礼します」

 そう言うと、銀色のコートの男はその場を去っていった。


 しばらく、四人の間で沈黙が流れる。


「あの。ティアナさん、リシュア。託宣者(オラクル)とは、どういった職業なのでしょうか?」

 エシカは少し困惑しながら、二人に訊ねる。


「国の専属占い師のようなものです。王族達や貴族達の未来を予言する。あの方がどれだけの地位があるか分かりませんが。託宣者という職業であるからには、最低でも、小さな貴族のお抱えの占い師という事になりますね」

 ティアナは溜め息を付いた。


<という事は、最悪の場合。奴は王様の専属占い師である可能性もあるのかな。それはやっかいだな>

 ラベンダーが付け足した。


 ティアナは、何となくエシカとリシュアの事情を知っている。

 二人はティアナに自分達の事情を詳しく教えていないが、それでもティアナの力があれば、何となく二人の事情を“視て”。ある程度、知っているのであろう。それでいて、ティアナは当たり前のように、二人の友人でいてくれている。ヘリアンサス国に報告する、といったような行動はまず起こさないだろう。ティアナに対しては、何となく、そのような信頼感があった。


 だが、今、現れたデルフォという男は駄目だ。

 もし、デルフォの目的が、ティアナではなく、エシカとリシュアの場合は最悪な結果を招くかもしれない。言葉には出さずとも、何となく、四人の中で、その事情は共有する事が出来た。


「私にだって、探られたくない事情は幾らでもあります。自ら他者の運命を見ておきながら、このような事を言うのは、傲慢なような気もしますが」

 ティアナはそう告げた。


<あの男は危険だが。ひとまず、宿に戻ろう。宿に戻った後、四名で話し合おう。今日は大きな施設を二つも回った。三名共、疲れているだろう?>

 ラベンダーはそう締めくくった。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?