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大神殿の国『ヒュペリオン』へと三人は辿り着いた。
入国手続きの際には、一時間半程で、ラベンダーが何処かで偽造してきた二人の顔写真の乗ったカードが手に入った。リシュアとエシカの身分は吸血鬼の領主が収める街エトワールの平民という事になっていた。偽名や生年月日なども勝手にラベンダーの手によって作られていた。
そういうわけで、一国の王子としてのリシュア。
災厄の魔女としてのエシカの身分を隠して、二人は平民としてこの国に入国する事が出来た。
門番である兵士達は、まるで二人の素性を疑わなかった。
街の中に入ってみると、まるで古代都市を訪れたような気分になった。
数々の石の彫像が飾られ、各地に神殿などがある。
街の目玉の観光スポットは何といっても、天空の星々を見上げる天体観測所らしい。
泉が溢れている神殿の処に向かうと、見知った人物に出会った。
イエローチャペルで出会った占い師のティアナだった。
「よう。あんたも此処にきたのか」
リシュアはティアナに挨拶する。
「此処の神殿を一通り見て周ろうと思いまして。そう言えば、リシュアさんとエシカさんも、この国を目指していましたね。先に私の方が着いてしまったみたいですが」
<寄り道をしていたからな>
ラベンダーが口を挟む。
「あら。青い妖精さんも、こんにちは」
ティアナはラベンダーを見て嬉しそうに笑う。
「これからどうするんだ? 俺達は宿を取った後、観光地でも見て周ろうと思っているんだけど。そうだな、天体観測所には行ったのか?」
「天体観測所ですか。昼間は開いていないとお聞きします。皆様、空の星々を。星座を見るのを楽しむ為の施設らしいですから」
ティアナは微笑みを浮かべて答えた。
「じゃあ。夜に四名で一緒に天体観測所に行くか?」
「喜んでっ!」
ティアナは嬉しそうな顔をしていた。
そして、ティアナも同行する事になった。
†
この国には、偉大な英雄の怪物退治の話が彫像と共に語り継がれていた。
彫像は博物館に展示されており、博物館は天井の無い庭のような場所だった。まるで、そこは古代の世界を体現したような雰囲気を出していた。
客達は、みな、それぞれこの天蓋(てんがい)の無い真昼の日差しが立ち込める巨大な庭園を行き来して、神話の像を見てそれぞれに想いを馳せていた。展示されている石像や壁画の前には、石板があり、物語の文字が細かく刻まれていた。
特にリシュアが興味を引いたのは、多頭のヘビの怪物であるヒドラを退治した英雄の物語だった。ヒドラは首を幾ら切っても、切った先から首が複数生えてきたが、人間で言う処の心臓部位に当たる核が入っている首を切断したら動かなくなったそうだ。
そして、そのヒドラは動かなくなったが死ぬ事も無く、この地の何処かに眠っているらしい。そのヒドラという強大な不死のモンスター。リシュアは興味深く彫像の前に書かれている文章を読んでいた。
ヒドラの彫像は今にも動き出してしまいそうなくらいに、精巧に作られていた。
エシカは別の物語に興味を示したみたいだった。
彼女は壁画を眺めていた。
それは冥府の世界に恋人を探しに行った男が、恋人を連れて戻る事になるが。冥府の出入り口を抜けるまで、決して恋人の顔を見てはならないという物語だった。恋人を探しに行った男は、冥府の出入り口に辿り着く直前に、恋人の顔を確認してしまい。すると、愛する女はそのまま冥府の風によって灰と化してしまったのだという。
「これは愛する者を再び手に入れようとした男の、人間の心の弱さを物語にしたものでしょうか」
エシカはリシュアに訊ねる。
「そうだな。まあ神話だから、本当の話かどうかは分からないけどな」
他にも、この土地には強大な力を持つ巨人達や怪物達が封印されているらしい。
また、この場所は古代の神々や英雄が眠る地だとも言われている。
全てはおとぎ話の域を出ない。
あくまで、それは“神話”の話なのだろう。
一通り、像を見終わった後、ちょうどぽつりぽつりと小雨が降ってくる。
天井の無い博物館の中にいた者達は、雨で少し慌てていた。
「全部、鑑賞するのに、丸二時間近くも掛かりましたね。リシュアは、どのお話がお好きでしたか?」
「俺は怪物退治の話だよ。巨大な幾つもの頭のあるヘビの怪物を退治する話だ」
リシュアは答える。
「私は冥府に行った恋人を連れ戻す為に、冥府に旅をする男のお話でした」
エシカは楽しそうに笑う。
その後も、様々なこの地の神話や伝説について語り合う。
博物館の出口では、ティアナが待っていた。
「ティアナさんはどうでしたか? 此処の博物館は?」
エシカは訊ねる。
「ええ。彫像も壁画も、石板に刻まれた物語を読むのも、とても素敵でした。ただ、私が此処に来たのは、少し理由があって。その理由の為に、眩暈がして…………。途中からこの出口の辺りで休んでいました」
「眩暈がしたんですか?」
エシカはきょとんと訊ねる。
「はい。凶兆のようなものを、この街から感じられるんです」
ティアナは優れた占い師だ。
彼女の言う凶兆というものは、とても不吉なものなのだろう。
「とにかく。ティアナ、顔色が悪い。いったん、宿に向かおう」
リシュアは気遣う。
ティアナは嬉しそうな顔をした。
博物館を出てから、四名は宿を見つけ、宿を取った。
部屋は二つ。
リシュアとラベンダー。
エシカとティアナで分かれた。
やがて、夕食の準備が開かれる。
ミートソース入りのグラタン。
ヨーグルトを掛けトマトを添えたラム肉のステーキ。
ハーブがふんだんに盛り付けられたチーズ。
ガーリックポテト。
それから、甘い葡萄のジュースだった。
ティアナは先ほどよりは元気そうで、夕飯を食べていた。
<もう身体は大丈夫なのか?>
ラベンダーが、ガーリックポテトを美味しそうに口にしていた。
「私の場合は、発作のようなもので………………。あの博物館の館内の力に当てられたのかもしれませんね。あそこには沢山の人々の想いが積み上げられていますから」
<そういうものなのか>
ティアナはチーズをトマトと一緒に口にして、葡萄ジュースを飲んでいた。
リシュアとエシカの二人も、いつも通りマイペースに夕飯を口にする。
「青い妖精さんは、意外にもお優しいのですね」
<まあな。いきなり倒れでもしたら、俺達の旅に支障を来たすし、寝覚めも悪い>
すっかり、ティアナからのラベンダーの相性は“青い妖精”というものが定着していた。ドラゴンもある種、妖精の種類に分類されるのだろう。だが、一般的にはドラゴンは強大な怪物のイメージが強いのだが。
ラベンダーは、すっかりティアナに懐いているみたいだった。
リシュアとエシカの二人は、それを見て微笑ましく思う。
「ちなみに青い妖精さんは、あの博物館で、一番、どの物語がお好きでしたか?」
ティアナは訊ねる。
<巨人族の進軍だ。最終的には神に選ばれた英雄に多く倒されたらしいが、一部は世界の各地に封印されていると言われているらしいな。神々でさえ倒せない巨大な人間か。実に興味深くてな>
「妖精さんは、強い怪物の物語がお好きなのですね?」
<占い師。そういうお前は、どのような物語に惹かれた?>
「私ですか……………」
ティアナは少し考える。
「私は運命の女神達の物語に興味を示しました。この世界は運命の女神の手によって、糸巻き棒によって紡がれているのだと。運命を紡ぎ、断ち切る事も出来るのだと。そのような物語に惹かれました」
<やはり、お前が占い師だから、そういうものに興味があるのか?>
「そうですね。私が占い師だからでしょうね。人間に運命というものはあるのかと、常々、考えております」
ティアナはすっかり元気を取り戻していたみたいだった。
外を見れば、小雨はとうに止み、空からは月の光が輝いている。
星々も煌めいていた。
ティアナの体調も良くなった事だし、夕食を終えれば、天体観測所に向かう事が出来るだろう。