大広間から食堂に辿り着く。
食堂には得体の知れない肉料理や酒瓶、血のように真っ赤なワインが入ったグラスが置かれていた。テーブルの一つでは、人間の皮膚からはぎ取った仮面を被ったような人物が、ガツガツと手づかみで肉料理を口にしていた。仮面の人物が座っているテーブルの付近には、彼の得物と思われる、斧や鉈が置かれている。得物の刃の部分は真っ赤に染まっていた。リシュアとエシカは食堂を通り過ぎる。仮面の人物は、二人に何の興味も示していないみたいだった。
「今回のあの変な奴も、俺達に興味を示さなかったな」
「ええっ」
「この館の主は、確かにもしかすると、俺達に危害を加えるつもりは無いのかもしれない」
何となく、館中を徘徊している正体不明の化け物達は個々の意志を持っているというよりも、館の主の意志に従っているように思えた。次は長い回廊が広がっており、回廊を抜けた先には橋があった。
橋の下には、この館の面積を考えるとある筈の無いものが広がっていた。
それは、灼熱に燃え盛る溶鉱炉だった。橋の下は真っ赤な炎が燃え上がっていた。橋は鉄骨の作りになっているので、二人は難なく橋を駆け抜けていく。下を見ると、炎の精霊のようなものが奇妙なダンスを踊っていた。
「やはり、怪物達は、俺達二人に強い敵意を感じない。こうしてみると、お化け屋敷のショーを見せられているみたいだ」
リシュアはそんな感想を告げる。
最初の化け物の行動のみが引っ掛かるが、それだって、お化け屋敷に入れば、客を襲おうとするアトラクションだって存在する。
「本当に、この館は不思議な場所ですよね」
橋の先には、何対もの長いカギ爪を持った巨大な人の腕が壁から生えており、まるで奇怪な花のように揺れていた。鋭いカギ爪は一本、一本が大鎌のように見えた。切り裂かれたら致命傷を負いかねないだろう。二人は思い切って、腕達の中心を横切る。
……やはり、無数の怪物の腕は二人を襲わない。ただ揺れて動いているだけだった。
その空間も通り過ぎると、次は四階へと続く階段が見つかった。
二人は階段を登っていく。
階段の途中には、無数の牙が生えた口があり、今にも二人に噛み付きそうだったが、新鮮な肉が二つも動いているというのに、まるで気概を加えなかった。
そして、二人は四階へと上がる。
古いスクリーンのようなものが四階の部屋にはあった。
スクリーンからは、人影が映し出されていく。
<ようこそ。私の戦慄の館に。私の創り出したアトラクションは楽しんでいただけたかな?>
二人はそんな事を言われて困惑する。
「なあ。もしかして、此処って、やっぱり“お化け屋敷”なのか?」
リシュアは訊ねる。
<そうだ。ずっと昔に朽ち果てたお化け屋敷だ。かつてはよく繁盛したものだよ。君達が行かなかったルートには、もっと様々な怪物達のオブジェが仕掛けられている。存分に堪能して欲しいものだよ>
「おい。でも幻惑魔法を使って、この館に閉じ込めるってのは、ちょっと無いんじゃないか?」
<もう、本来の肉体を失ってしまった、この私の道楽に少しでも付き合って貰いたかったんだ。君達に危害を加えるつもりは無かった。ただ、ただ…………>
「ただ。なんでしょうか?」
エシカは訊ねる。
<ただ、楽しんで欲しかったんだ。……肉体を失って、私は精神だけになってしまった。けれども最高のお化け屋敷を作り、そしてその屋敷を維持したいという想いだけは捨て去る事が出来ず。この世界に精神だけで留まり続けている…………>
「それならそうと、そうおっしゃってくださったのなら…………」
エシカは少し困り果てた顔をする。
純粋にアトラクションとして楽しんで欲しいのなら、先にそう言ってくれればいい。
そうしたら、もっと気楽にこの館を探索出来たのに。
<そうだ。地下にも行ってくれないか? 君達に会いたがっている。人形の“ヨモツ”がいる。あの子は君達がとても気に入ったらしい。君達とお話をしたいそうだ>
この館の主だと思われるスクリーンに映った影だけの人物は、一方的にしゃべり続けていた。
地面の一部が割れて、おそらくは地下室へと続いていると思われる下へと続く階段が現れる。
二人は地下へと続く階段を降りていく。
螺旋階段になっていた。
階段を折り途中に、数々の人魂が現れ、悪魔の姿をした影など現れる。
此処は“お化け屋敷”。来た者を楽しませるアトラクション。
「彼の想いに応えて、アトラクションとして楽しみませんか?」
エシカは呟く。
「そうだな。そうするか。しかし、ヨモツって人形がいるんだろ。会いに行ってやるか」
リシュアも頷いた。
めくるめくる幻影のスペクタクル。
かつて繁盛していた頃の名残が、そこには残っていた。
二人は地下へと辿り着く。
沢山の古びた人形やマネキンが飾られていた。
手に手に斧や鉈を手にした、怖ろし気な武器を手にした大男の人形達も飾られていた。
しばらく進むと、祭壇があった。
祭壇には蝋燭が立てられており、炎が揺らめいていた。
中央には、朽ちた少女の人形が鎮座していた。
<ようこそ。私のお化け屋敷へ。貴方がたのような人達をお待ちしておりました。私は館の主であるヨモツと申します>
「あんたのこのお化け屋敷、色々、怖かったぜ」
<最高の褒め言葉で御座います>
ヨモツは嬉しそうな声だった。
<よければ、またこのお化け屋敷に遊びに来ていただけませんか?>
ヨモツは訊ねる。
「いいけど。そう言えば、お前は一体、なんなんだ? いや、お前らかな?」
<このお化け屋敷は、かつて魔物達が人間のオーナーに誘われて、人間を怖がらせる場所を作ろうとしたものです。四階にいた、今は魂だけで、かろうじてスクリーンに留まっている方は、このお化け屋敷のオーナーなのです>
「そうか、人を怖がらせて、楽しませようとしたんだな。でも、朽ちて誰も来なくなった」
<はい。私達はいつでも、いつまでもお待ちしております。どうかまた立ち寄った時に来てください>
ヨモツはそう告げる。
「ええっ。また立ち寄った時は、是非、この館の中に入ろうと思っております。その時はまた最高の恐怖をお届けしてくださいね?」
エシカは優しく笑って、人形の頭を撫でる。
ヨモツは嬉しそうだった。
「じゃあ。俺達はそろそろ帰りたいんだけど…………。腹も減ったし」
<玄関は開けておきました。これで貴方達は外に出る事が出来ますよ>
「行こう。エシカ。ラベンダーが腹を空かせて待っているかもしれない」
ガタン、と、天井の一部が落ちてくる。
どうやら、地下から一階へと続く階段みたいだった。
二人は階段へと登る。
リシュアは振り返り、人形のヨモツに告げる。
「また遊びに行くよ。最高の恐怖を楽しみにしている」
ヨモツはとても嬉しそうな表情をしていた。
†
そして二人はラベンダーや御者と合流した。
<そうか。幽霊や魔物達が経営しているお化け屋敷に行ったのか。いつかローゼリア辺りを誘って、俺も行きたいものだな>
ラベンダーは興味深そうな表情をしていた。
「私達はもうお化け屋敷を楽しんで、疲れましたから、もう馬車の中で寝ますね」
「ラベンダーも俺達に付いてこれば良かったのに」
エシカとリシュアの二人は笑う。
夜はしんみりと更けていった。