目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
不気味な森の屋敷 1

 大神殿の街『ヒュペリオン』までは随分、距離があった。

 ヒュペリオンの街の周辺には、沢山の怪物が封じ込められており、都市には何名のもの託宣者が存在しており、怪物を封じ込める役割を担っているらしかった。

 街といっても、立派な国家と呼べる場所で、リシュアの故郷であるヘリアンサス国と貿易を結んでいる国だ。旅人は入国手続きが必要になるだろうが、リシュアはどうやって身元を偽装しようか考えていた。


 身元がバレれば王宮魔法使い達に連絡が行くだろう。

 入国手続きの件を失念していたのは、世間知らずのリシュアにとって、かなりの失敗だった。


「どうしようかな。やっぱり大国ヒュペリオンに行くのは止めにするか?」

 リシュアはエシカに訊ねる。

<俺が何とかする。何とでもなる>

 ラベンダーは断言した。

 ……この青いドラゴンなら、本当にどうにでもしてしまうのだろう。リシュアはラベンダーが本当は一体、何者なのか疑うか深く詮索しない事にした。


「で。どうするんだ? ラベンダー」

<身分証の偽造を作る。それだけだ。他にも幾らでも方法はある」

「……そうっすか…………」

 相変わらずの力技だった。


 馬車は街道を進んでいった。

 夕暮れになったので、御者は馬車を休ませる。

 三名は街道の近くの森で、焚火を行った。イエローチャペルを出る際に食料は沢山、買ってある。パンや干し肉、野菜の塩漬け、魚の燻製などを口にする事にした。


「おい。甘い砂糖たっぷりのコーヒー淹れたけど飲むか?」

 リシュアはコーヒーを淹れたカップを二人に渡す。

「ありがとう御座います。それにしてもコーヒーに甘い砂糖は疲れが取れますね」

 エシカは嬉しそうにコーヒーを飲んでいた。


「そうだな。旅の疲れが癒やされる」

 そう言いながら、リシュアは甘い砂糖とミルク入りのコーヒーを二杯も三杯も飲んだ。砂糖が身体の中に染み渡る。リシュアは思わず、草木の茂る大地に寝転がった。


 ふと、リシュアは森の奥に細道のようなものを見つけた。

 そこは舗装されているように見える。


「なんだろう? あそこに道がある」


 リシュアは、ぼうっとした表情で道を見ていた。


「行ってみますか?」

 エシカはいつも通りの、のほほんとした態度で訊ねる。

 リシュアは起き上がると、森の奥にある道へと向かった。エシカもリシュアの後を追う。


<俺は疲れているから、この辺りでうたた寝するからな。お前ら二人で見てこい>

 ラベンダーは興味を示していないみたいだった。


「分かった。ちょっと見てくるだけだ。何があるか」

<変なモンスターに襲われても知らないからな>

 ラベンダーはそれだけ忠告すると、焚火を消して横になる。


 リシュアとエシカの二人は、森の奥へと進んでいった。

 空は月や星の明かりが輝いている。

 二人共、それなりに夜目が利くようになった為に何とか道を不自由なく進む事が出来た。道を進んでいくと、次第に暗くなっていく。リシュアは懐から鞘に収まった短剣を取り出す。鞘からリシュアの魔法によって、光が放たれる。二人はそれを松明代わりにして道を進んだ。


 この辺りに底なし沼があるかもしれない。

 あるいは、気配を殺した不気味な魔物に襲われるかもしれない。

 それでも二人は好奇心に勝てずに道を進んだ。


 ……なんと、その道は舗装されていて、石や木の蔓に阻まれる事なくスムーズに進む事が出来たのだ。この先に誰か人が住んでいるかもしれない。

 近くで大量のコウモリの羽ばたく姿が見えた。

 コウモリ達は何かをねぐらにしているみたいだった。


 リシュアとエシカの二人は息を飲む。


 そこは洋館だった。

 外装はボロボロに朽ちており、周りは蔦(つた)がこびり付いている。

 霧のようなものが立ち込めていた。


「なんだろうな? 此処?」

 リシュアは嫌な予感でいっぱいになる。

「なんでしょうか? 入ってみますか?」

「ラベンダーの忠告に従った方がいいんだけどな。危険な魔物の類が中に潜んでいるかもしれない」


 二人はしばらくの間、顔を見合わせた後、結局、洋館の中へと入る事にした。

 明らかにヤバい空気がする洋館だったが、何故か二人は催眠術にでも掛けられたかのように気付けば洋館の中へと入っていた。無性に洋館の中が気になって仕方が無かったのだ。


 扉に手をやる。

 鍵は掛かっていない。

 湿気のようなものが充満している。

 リシュアは光るナイフを翳(かざ)しながら、辺りを見ていた。

 二階へと続く階段が見える。

 階段の途中には肖像画があった。

 壁を見ると、蜘蛛の巣だらけだ。

 明らかに館の奥へ進むと、かなりマズイ事態になりかねないのが分かる。


「どうする? やっぱり戻るか?」

 リシュアはエシカに訊ねる。

「あの…………。入る扉がいつの間にか閉まっていて、開ける事が出来ませんっ!」

 エシカは叫ぶ。


「なんかお決まりのトラップに掛かってしまったみたいだな。……仕方無いなあ。何処か出口を探すか」

 リシュアは小さく溜め息を付いた。

 二人は階段を登っていく。

 二階へと続く階段は曲がりくねった螺旋の形状をしていた。

 二階へと辿り着くと、いくつもの扉があった。


「で。何処から入ろうか?」

 リシュアはエシカに訊ねる。


「左端の一番奥の扉から中に入っていきませんか? 順番に」

「じゃあ、そうするか」

 二人は一番左の扉を開けた。窓があれば、割ってでも外に出るつもりだった。


 中は閑散としていた。

 子供部屋だった場所だろうか。オモチャのヌイグルミなどが置かれている。子供サイズのベッドもある。

 リシュアとエシカは身を引き締めた。

 この部屋には窓らしきものがない。

 すぐに引き返そうと決めたが…………。


 この部屋で気配がする。

 それはベッドの下から這いずり出てきた。


 不気味な姿の怪物だった。四足歩行で体毛が無く、半透明だった。まるで人間のような手足をしていた。頭部は鱗の無い爬虫類のような形をしている。口の中には大量の牙があった。


 最初に魔法を唱えたのはエシカだった。

 暗闇を生み出す魔法が、魔物の周辺に集まっていく。暗闇でも眼が慣れているのか、最初、化け物は戸惑っていたが。次はエシカは炎の魔法を追撃した。魔物の脚は止まり、まるで人間のような悲鳴を上げていた。


「逃げようっ!」

 リシュアはエシカを連れて、子供部屋の扉を閉めた。

「あれは一体、なんなんでしょうか?」

「分からねぇ。でも安易に部屋に入るのは危険だな」

「それなんですが。扉を閉めると、一向に追ってきませんね?」

 エシカはふと気付く。

 化け物が追ってくる気配がしない。

 もしかすると、あの部屋に留まっており、あの部屋から出られないのかもしれない。


「もしかすると、俺達はまずい幽霊屋敷に閉じ込められたのかもしれないな」

 ラベンダーを置いて、この屋敷の中に入り込んだのは間違いだったかもしれない。そもそも何故、入り込んでしまったのか。まるで催眠術にでも掛けられたかのように、二人は屋敷に入っていた。


 洋館の中には無数の気配がうごめいていた。

 明らかに二人が入り込んできたのを嬉々として喜んでいるみたいだった。

 洋館の中にいる者達は、アンデッドの類なのか、あるいは別の得体の知れない化け物なのかは分からない。とにかく二人はどうにか、館の外に出ないか探ってみる。今にして思うと“幻惑魔法”の類が、館の周辺に仕掛けられたのかもしれない。


 だから二人共、明らかに危険そうな館だと分かっていながらもふらふらと入り込んでしまった。

 一度、二人は階段を降りて館の一階に戻る。


「回復魔法やある程度の毒や呪いを解く魔法は私が使う事が出来ます」

 エシカはリシュアと自分自身に、幻惑魔法を解除する魔法と掛ける。

 案の定、二人共、この館に魅了されてしまうという幻惑魔法の類を喰らっていたみたいだった。おそらく館の周辺に漂っている霧のようなものだろう。


「多分。この館は迷い込んできた者達を沢山、喰らっているだろうな」

 リシュアはそう結論付ける。

「ええ。入ってきた扉がまったく開きません。おそらく、そういう仕組みになっているのでしょう」

 もしかすると、窓を開けたり割ったりして出る事も出来ないかもしれない。


「館の主に会いに行きませんか? そういう存在がいるのでしたら!」

「ああ。そうするしかないだろうな」


 三階へと続く階段は見つからない。

 なら、まだ明けていない別の部屋へと向かうべきなのか。


「また化け物が現れたら二人で対処しよう」

「はいっ!」

 階段を再び上り、今度は二人は一番右奥にある扉を開く事にした。

 中は書斎になっていた。酷く埃臭い。

 二人は辺りを警戒しながら、また化け物に襲われないか、いつでも攻撃魔法を唱えられる準備をしていた。だが、この部屋は不気味な謎の虫が壁を這っているだけで特に何も無い。窓ガラスがあったリシュアは窓ガラスを開こうとする。当然、開かない。今度は置いてあった椅子を思いっきり窓ガラスにぶつけてみる。腕が酷く痺(しび)れる。ガラスはヒビの一つも入らずびくりともしなかった。


「やっぱり、この館は俺達をずっと閉じ込めたいみたいだな」

「そうみたいですね。処でリシュア。上へと続く梯子(はしご)を見つけましたっ!」

 エシカが指差した場所は、本棚の奥にあった上へと続いている梯子だった。リシュアが先にその梯子を上っていく。


 どうやらその梯子は三階まで続いているみたいだった。


「どうですか? リシュア?」

「かなり、まずいな…………」

 リシュアは息を飲む。

 辺り一帯には、人間や迷い込んだ動物の骨が散乱していた。何者かに喰われたのか、それとも館から出る事が出来ずに餓死してしまったのか、まるで分からない。先ほど、奇妙な姿をした化け物に襲われた為に、もしかしたら館の中で餓死するよりも先に化け物に食べられる確率の方が高いかもしれない。


 その場所は長い廊下になっていた。

 奥を光で照らしても、朽ちた壁くらいしか見当たらない。


「リシュア。私も上に上がった方がいいですか?」

「そうだな。今の処、化け物の類は見つかっていない。ただ、魔法で撃退する準備は整えてくれっ!」

「分かりました!」

 エシカも梯子を上って、三階に辿り着く。

 しばらくの間、廊下を歩く事になった。みしりぃ、みしぃ、と、不気味な音が鳴り響く。二人は息を飲んだ。


 しばらくして、廊下の突き当り。T字路に差し掛かる。


 光を照らした先に、大きな角を生やした悪魔の陰のようなものが現れたからだ。リシュアはエシカを抱き締めて、壁の隅で息を殺していた。エシカは二つの意味で心臓がドキドキを高鳴っていた。

 悪魔の影は二人を無視して、来た道を通り過ぎていった。


「……一体、何なんだ? あれは? エシカ。あの化け物の影じゃなくて、本体みたいなものが見えたか?」

「……いいえ。実体のようなものは見当たりませんでした」

「じゃあ、角の生えた悪魔の姿をした何かが、影だけで動いて廊下を通り過ぎていったって事か?」

 意味が分からない。

 意味が分からないからこそ、不気味だった。

 二人は悪魔の影が向かっていった先ではなく、悪魔の影が現れた左側の通路へと向かう事にした。

 しばらくの間、進んでいくと、大きな広間のような場所に出た。広間の向こう側には食堂らしき場所がある。


「どうします? 進みましょうか?」

「進むしかないだろう。此処を抜け出すには」

 リシュアは短剣の先から光を照らしながら、身長に当たりを伺っていた。

 天井の方を見る。

 天井には、人間程の大きさをしたコウモリが何体か張り付いていた。くちゃくちゃと、大きな蜘蛛のようなものを食べているみたいだった。

 完全に異形の者達が潜む館だった。


 巨大コウモリを刺激しないように、二人はゆっくりと広間の奥へと向かっていく。


「ふと気付いた事があります。リシュア」

「なんだ?」

「最初に二階の部屋の中で出会った化け物ですが、扉を閉めると、これ以上は襲ってきませんでした。それに先ほどの悪魔の影、天井の巨大コウモリ。怪物達は私達をもっと積極的に襲おうと思えば襲う事が出来るのではないですか?」

「確かに…………。何か法則性みたいなものがあって、俺達は上手く怪物に狙われない法則を踏んでいるのかな」

「いえ。もしかしたら………………」

 エシカは少し考え込む。

「もしかしたら?」

「怪物達で驚かせていますけど。この館の主は、もしかすると、私達に何かやって貰いたい事があるのかもしれません」


 リシュアはそう言われて少し考える。


「早急な判断だと思う。単にたまたま条件を満たしていなかったから襲われなかっただけかもしれない。それに最初の怪物は、部屋を出るまで、俺達を喰い殺そうとしていたよ」


 リシュアはエシカの意見を聞きながらも、あくまで一切の油断をせずに館の探索を行う事に決めた。油断から化け物に喰い殺されるなんて、まっぴらごめんだった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?